『公研』2023年6月号「めいん・すとりいと」

 

  昨年の9月末から、日本美術史を専門とする江戸東京博物館学芸員で友人の春木晶子さんとYouTubeチャンネル「春木で呉座います。」を運営している。NHK大河ドラマ『どうする家康』の歴史解説、日本史・日本美術史の講義、ゲストとの鼎談などを定期的に配信している。

 研究者が専門的知見を動画配信サービスで発信することは、今や珍しくない。特に歴史はYouTubeの人気ジャンルで、専門の歴史研究者から作家、芸能人、さらには一般の歴史ファンに至るまで、様々な歴史好きが歴史講義・歴史解説動画を配信している。歴史解説動画の配信で生計を立てている「歴史系YouTuber」も存在するほどである。

 群雄割拠の歴史系YouTubeチャンネルの中で、「春木で呉座います。」の特徴はどこにあるか。美術史研究者と日本史研究者がコンビを組んでいる点も他に類を見ないと思うが、最大の特徴は「長時間生配信」であろう。

 御存知の方も多いと思うが、YouTube上にアップロードされている動画の大半は、数分、長くても30分程度の短時間に編集されたものである。それに対し、「春木で呉座います。」の動画は、全てライブ配信である。テレビ番組に喩えるならば、収録放送ではなく、生放送ということになる(ただしライブ配信終了後に視聴することもできる)。しかも1本の番組が1時間半、場合によっては2時間を超える。大学やカルチャースクールで行うような本格的な講義をまるまる配信するので、必然的に長時間番組になるのである。

 だが、大学やカルチャースクールの講義と、YouTubeの「長時間生配信」の講義との違いは、後者では視聴者のリアルタイムの反応が見られることである。YouTubeのライブ配信では、視聴者がリアルタイムでコメントをつけることができ、チャット欄にコメントが表示される。配信者はチャット欄のコメントを確認しつつ、講義を進めることになる。

 大学やカルチャースクールでは、質問や感想は講師の講義が終わった後で受け付ける。講義中、学生・受講生の表情を見ていれば、こちらの話を理解しているかどうか、何となく伝わってくるが、何を考えているかまではわからない。

 一方、YouTubeでは講義の最中に、視聴者がコメントというかたちで感想・質問を配信者に伝えることができる。配信者はチャット欄のコメントを見ることで、視聴者の理解度を具体的に知ることができる。どこでつまずいているのか、視聴者の理解が十分でない箇所が特定できるので、その場で適切な補足説明をすることが可能なのである。

 ゴールデンウィークに、「伊豆北条氏の実像」という日本史講義を行った。ライブ配信の最大視聴者数は215、平均視聴者数は157だった。この程度の規模の聴衆は、大きな講演会や大学の大教室での授業なら集まるだろう。けれども注目すべきはコメント数であり、実に397である。大学やカルチャースクール、講演会では、せいぜい数人が質問するのが関の山であるから、講師と受講生との双方向的なコミュニケーションという点で、YouTubeのライブ配信は圧倒的に密であり、新しい教え・学びのかたちを創造しつつあると思う。

 長時間生配信の講義で、リアルタイムに寄せられるコメントに反射的に応答するのには独特の難しさがあり、一方的に講義することに慣れている講師の全員が対応できるわけではないだろう。だが、他の研究者にもぜひ挑戦していただきたいと思っている。

信州大学特任助教

https://www.youtube.com/@user-vr3sy9dj3c

呉座先生のYoutubeチャンネル「春木で呉座います。」はこちらから。

 

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