2025年6月号「対話」

 

第二次トランプ政権の誕生により、アメリカそして世界の気候変動対策が揺らいでいる。

人類は共通の課題を前に協力できるのか? 

技術の発展で気候危機を乗り越えられるのか?


うえのたかひろ:1979年東京都生まれ。2002年東京大学教養学部卒業、04年東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻修士課程修了後、一般財団法人電力中央研究所に入所。研究分野は地球温暖化対策、経済産業省及び環境省の各種検討会(カーボンプライシング、グリーン金融、移行金融など)の委員を務める。COPには通算16回参加。0607年アメリカ未来資源研究所客員研究員。著書に『グリーン戦争―気候変動の国際政治』、編著書に『狙われる日本の環境技術―競争力強化と温暖化交渉への処方箋』、共訳書に『サステナブルファイナンス原論』。


すぎやままさひろ:1978年埼玉県生まれ。2001年東京大学理学部地球惑星物理学科卒業後、07年までマサチューセッツ工科大学理学部地球大気惑星科学科にてPh.D.(気候科学)、および工学部にて修士号(技術と政策)を取得。東京大学サステイナビリティ学連携研究機構特任研究員、一般財団法人電力中央研究所社会経済研究所主任研究員を経て、14年より東京大学政策ビジョン研究センター講師、17年同准教授、23年より現職。専門は気候政策、長期的なエネルギー政策、ジオエンジニアリング。主な著書に『気候を操作する : 温暖化対策の危険な「最終手段」』、共著に『気候変動と社会 基礎から学ぶ地球温暖化問題』など。


 

 

1期目以上に過激な手段に踏み込むトランプ

 上野 今年1月にアメリカでトランプ大統領が就任して以来、その政策や言動は世界の協調体制に大きな揺さぶりをかけています。気候変動対策も例外ではなく、アメリカの動向は国際的な足並みを乱しかねない重要な論点となっています。そこで本日は「トランプ2・0と気候変動─止まる政策、進む技術」というテーマでお話しできればと思います。

 私は大学で国際関係論を学んだ後、電力中央研究所に入所し、以降一貫して国際的な気候変動政策の研究をしてきました。アメリカの環境経済学系シンクタンクに1年間滞在した経験もあり、それ以来アメリカの気候政策を継続的に見てきており、昨年は、これまでの研究成果をもとに『グリーン戦争─気候変動の国際政治』を上梓いたしました。本日ご一緒する杉山さんとは、学生時代からの旧知の仲ということで、対談を楽しみにしていました。

 杉山 よろしくお願いいたします。私も少し自己紹介をさせてください。私は気候変動対策における、統合評価モデルやエネルギーシステム分析、太陽放射改変や二酸化炭素除去のガバナンスを専門としています。また、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書では主執筆者も務め、昨年『気候変動と社会 基礎から学ぶ地球温暖化問題』を編集委員の一人として上梓いたしました。上野さんとは異なるバックグラウンドですが、本日は政策と技術という視点から、気候変動対策の現状と今後の展望について考えていきたいと思います。

 さっそくですが、アメリカの気候変動対策の現状について整理していきます。今年1月、トランプ氏が大統領に就任してから目まぐるしく物事が変わっていますが、そもそも気候変動対策において、第一次トランプ政権とは何が違うのでしょうか?

 上野 トランプ1・0でも、パリ協定の脱退やオバマ政権が導入したクリーン・パワー・プラン(CPP :火力発電所からのCO2排出量の規制)の撤回など、アメリカの気候変動対策は大きく後退しました。そうした意味ではトランプ2・0は1・0の焼き直しと言えなくもありません。

 その中で、大きな違いは二つあります。一つ目は、スピード感です。これは気候変動政策に限らず、政権運営全体に共通していますが、ものすごく動きが速い。1期目では就任から約4カ月後にパリ協定脱退を発表。しかし、2期目では就任当日に脱退を宣言。さらに、脱炭素を大幅に後退させるような大統領令を矢継ぎ早に出しました。これは、1期目はスタートで出遅れ、その影響が最後まで尾を引いたことの反省からきているのでしょう。

 二つ目は、1期目以上に過激とも言える手段に踏み込もうとしている点です。まずは国内面から。もともとアメリカの環境保護庁(EPA)は、大気浄化法に基づいて温室効果ガスの排出を規制していました。この枠組みは、オバマ政権下で確立し、自動車や火力発電所、油田・ガス田などに対する温室効果ガス排出規制が導入されています。

 こうした規制の前提となるのが、「温室効果ガスがアメリカの一般市民にとって危険である」という認定、いわゆる危険性認定です。オバマ政権が2009年12月にこれを認定したことで、大気浄化法のもとで温室効果ガス排出を規制できるようになったのです。

 杉山 トランプ1期目では危険性認定には触れてこなかったわけですね。

 上野 はい。当時も保守派の一部から見直しを求める声があったものの、「危険性認定には手をつけない」と明言し、実際にここには触れませんでした。ところが2期目では一転、就任当日の大統領令を受けて2025年3月、EPA長官のリー・ゼルディン氏が「危険性認定の再検討に着手する」と発表しました。

 この動きの問題点は、単なる規制の撤回では済まないところにあります。危険性認定を見直す方法は様々あり、まだどうなるかはわかりませんが、「温室効果ガスは気候変動の原因ではない」とし、気候変動の科学的基盤そのものを否定する可能性もあるのです。

 杉山 危険性認定はアメリカ温暖化対策の中核なのでしょうか?

 上野 そうですね。一部例外もありますが、規制政策については、この認定からほぼすべてが派生していて、出発点となるものです。危険性認定の見直しとは別に、火力発電所などの個別の温室効果ガス排出規制も撤回のプロセスも進んでいますが、ここは1期目と変わりありません。

 

 

気候変動における国際協調に背を向けるアメリカ

 杉山 気候変動対策は国際協調も重要ですが、ここはどうでしょうか。

 上野 国際面で言うと、パリ協定の脱退は就任前から公言していましたし、想定内です。しかし、今回は気候変動における国際協調の基盤である国連気候変動枠組条約(UNFCCC)からも、根っこから脱退してしまうのではないかという懸念が生まれています。この懸念は、選挙戦中からささやかれていました。

 私はUNFCCCを脱退するのなら、パリ協定と一緒に就任当日に発表するだろうと予想していました。しかし、実際には発表はなく、脱退の可能性は大幅に下がったと見ていました。ところが、その後、事実上の脱退に近い動きが出てきています。たとえば、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の場では、国務省がアメリカ政府の交渉をリードするのですが、中でも中核を担うのが専門部局のOffice of Global Changeです。この部の廃止を国務長官のマルコ・ルビオ氏が宣言しました。

 もう一つ、UNFCCCには強制力のある排出削減の義務はないものの、比較的重要な義務として「毎年の排出量報告」があります。今年4月がその報告提出の期限でしたが、現時点でアメリカは提出しておらず、その兆しもありません。意図的に義務を放棄していることは明らかです。つまり、実態としてはUNFCCCも脱退に近い状況にあるのです。

 2月4日には「あらゆる国際機関と国際条約に対する米国の参加を見直す」という大統領令も出ていて、180日以内にその作業を完了するとしています。なので、UNFCCCの脱退があるとすれば、8月上旬なのではないかと思います。

 杉山 UNFCCC脱退はかなり大きな動きになりますね。深刻です。具体的に何が起こるのでしょうか。

 上野 まず毎年のCOPへの参加資格を失うことになります。これは1990年以前から続けてきた気候変動に関する国際協調に完全に背を向けることを意味します。

 より深刻なのは、UNFCCCから一度脱退すると、パリ協定への復帰も困難となる可能性があることです。UNFCCCへの復帰をめざす場合、上院で3分の2以上の賛成が必要となるかもしれず、そのためには共和党の支持が不可欠です。しかし、これは政治的ハードルが非常に高い。さらに、パリ協定に参加できるのは、UNFCCC締約国に限ると規定されているので、UNFCCCに復帰できなければ、芋づる式にパリ協定にも復帰できない。こういった構造があるのです。

 トランプ大統領がどう判断するかは、バイデン前政権でパリ協定に復帰したことをどれぐらい問題視しているか、そして将来の民主党政権による協定復帰をどれほど妨害したいかによるところがあります。ここまで踏み込んだことをするのが第二次トランプ政権なのです。

 杉山 そうですね。今回の混乱が学術分野にも影響を及ぼしているのを、私も強く感じています。たとえば、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第3作業部会では、アメリカのKatherine Calvinさんが共同議長を務めているのですが、現在その活動がかなり止まっている状況です。

 すでに第7次評価報告書の作成が始まり、著者の選定が進められている段階ですが、アメリカ政府としては現時点で著者を推薦できず、学会推薦などの迂回が必要だそうです。さらに、IPCC著者会合への出席に関しても、旅費などの補助が一切出なくなっており、アメリカの研究者が国際的議論に参加すること自体が難しくなっている。そうした意味でも、学術活動全体が大きな打撃を受けていると感じています。

 

 

州の気候変動対策への攻撃

 杉山 アメリカは州ごとの決定も重要です。仮に連邦政府が気候変動対策への関与を弱めた場合でも、州によっては積極的な姿勢を持ち続ける可能性も大いにあります。たとえば、カリフォルニア州のニューサム知事は過去にもCOPに参加していますし、今年11月のCOP30への参加も期待されています。ニュースのヘッドラインだけでは見えてこないのが州の動きだと思いますが、ここはいかがでしょうか?

 上野 州の動きも1期目とは異なる点があります。1期目ではトランプ大統領がパリ協定脱退を表明すると、民主党系の知事の州を中心にU.S. Climate Alliance(全米気候同盟)という連合体が設立され、アメリカ=トランプとは限らないことを示しました。

 杉山 「We Are Still In(我々はまだ参加している)」のスローガンが話題になりましたね。州以外にも、数千の企業や大学、自治体もこの動きに賛同しました。

 上野 今回のパリ協定脱退表明でも、再び全米気候同盟や他の連合体が注目されましたが、前回ほどの求心力はありません。民主党に勢いがないことがその一因です。

 杉山 具体的に州レベルでの気候変動対策ではどんな動きが出てきているのでしょうか?

 上野 州政府の権限で実行できる気候変動対策の中で、注目すべきものは三つあります。一つが再生可能エネルギー利用基準制度 (RPS)です。これは電力小売会社に対して一定割合の再生可能エネルギー導入を義務付ける制度で、州政府に権限があり、今のところトランプ政権はここには攻撃していません。

 残りの二つが少し争点となっています。一つはカリフォルニア州や北東部の州が行う排出量取引制度です。この制度は温室効果ガスを排出する企業に対して、自社排出量と等量の排出枠を期日までに納付することを義務付ける制度です。企業は事前の割り当て分だけでは足りない場合、政府によるオークションや取引市場から排出枠を調達します。この制度は第一次政権でも州政府との間で少しもめ事となりましたが、第二次政権では早くもこの制度に否定的な大統領令が出てきています。州による越権行為だとトランプ政権が見なすものを司法長官が是正しろという大統領令で、排出量取引制度がひっかかる可能性があるのです。

 二つ目の論点は、カリフォルニア州の自動車排ガス規制です。これは非常に複雑で、自動車に関しては連邦政府と州政府の間で権限が入り組んでいます。アメリカでは、環境保護庁(EPA)が自動車の排出基準─つまり1マイル走行あたりに排出してよい温室効果ガスの上限─を全米一律で定めていますが、カリフォルニア州だけは、EPAが承認する場合に限り、独自の基準を設ける権限を持っています。

 この権限を活用して、カリフォルニア州のニューサム知事は、2035年以降、州内で販売される新車はすべてゼロエミッション車(ZEV)とする規制を制定しました。これを昨年12月に、バイデン政権がいわば駆け込み的に承認したのですが、それをいま、トランプ政権と共和党が取り消そうとしているわけです。

 杉山 なるほど。連邦と州のせめぎ合いが、排ガス規制の分野でも表面化しているんですね。

 上野 ここでカギとなるのが「議会審査法(Congressional Review Act)」という制度です。これは、行政機関が定めた規制に対し、議会が60議会日以内であれば無効化できる仕組みで、上下両院の承認を経て、大統領が署名すればその規制は取り消されます。

 今回、この議会審査法を使って、カリフォルニア州のゼロエミッション車規制に対するEPAの承認を無効にする動きがあり、すでに上下両院を通過しています。現在は大統領の署名を待つ段階ですが、署名されれば、カリフォルニア州の規制は正式に無効となります。

 しかし、州側は「この規制は議会審査法の対象外だ」として、訴訟に持ち込むと見られます。ただし、司法判断が下るまでには数年かかる見込みで、その間は規制が無効になった状態が続くことになります。他の州は独自の基準を設けることを禁じられていますが、カリフォルニア州の基準の採用は認められており、現時点で11州が同州の基準を採用する意向です。しかし、出発点となるカリフォルニアの基準が無効化されれば、それに追随する他の州の規制も効力を失います。

 杉山 つまり、トランプ政権と民主党系の州政府の対立では、現時点ではトランプ側が一歩リードしている状況、というわけですね。

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