『公研』2025年5月号「めいん・すとりいと」
今年は第二次世界大戦が終結してから八〇年目にあたる。天皇陛下は、新年にあたっての感想の中で、戦後八〇年の歩みを振り返られると共に、平和の大切さを強調された。三月には皇后陛下と共に硫黄島を訪問され、今後さらに沖縄、広島、長崎へと「慰霊の旅」を続けられる予定だという。かつて上皇陛下は、天皇在位中戦没者慰霊のため一九九四年に硫黄島を、戦後五〇年の九五年には長崎、広島、沖縄などを訪問された。先の大戦に対する国民的関心が低くなりがちな昨今、天皇陛下が歴史と真摯に向き合う姿勢を率先して示されたのはきわめて意義深いことであると思う。
硫黄島では四月に日米合同の追悼式も行われたが、石破茂総理大臣が現職総理として初めて出席し、戦没者を慰霊した。合同追悼式には、日本から中谷元防衛大臣、アメリカからヘグセス国防長官も出席し、史上初めて日米の防衛相が追悼式に揃った。ヘグセス国防長官は、追悼の言葉の中で、日米同盟は「昨日の敵が今日の友となったことを示している」と述べ、それがインド太平洋地域における平和の礎であり続けていると語った。今年に入ってトランプ大統領が、アメリカの片務的対日防衛義務に繰り返し不満を述べるなど、日米同盟に不安定化の兆しが見える情勢の中で、先の大戦にさかのぼって日米両国の絆を再確認できたことの意味は大きい。
新聞各紙が熱心に関連報道を行うなど、今のところ戦後八〇年は先の大戦を振り返り、検証する良い機会になっていると感じるが、今後懸念される点もある。石破首相は硫黄島を訪問した際、戦後八〇年の節目に合わせ、先の大戦に至った経緯などを検証したうえで、首相個人としてのメッセージを出す意向を表明した。これに対して『朝日新聞』は、首相個人としてのメッセージなどではなく、閣議決定した首相談話を出すべきだと批判した(四月三日社説)。一方『産経新聞』は、戦後七〇年談話(安倍談話)によって終止符を打った「謝罪外交」に逆戻りする懸念があるとして、首相談話の発出に批判的な報道を続けている(二月一八日、三月二七日など)。このように、戦後五〇年、七〇年の際にも問題となった歴史認識をめぐる対立が再燃しそうな気配である。
歴史研究者として、歴史を検証したいという石破首相の意欲には敬意を覚える。しかし同時に、政府でそれをわずか数カ月で行うことは相当困難だとも感じる。船橋洋一『宿命の子』(文藝春秋、二〇二四年)が詳細に明らかにしたとおり、安倍談話の発出にあたって、安倍政権中枢は多大な努力を傾けた。その結果談話の内容は練られたものとなったが、それでも歴史認識をめぐる各方面の立場の相違は大きく、談話は国内外で波紋を呼んだ。これに対して現政権のもとでは有識者会議すら立ち上がっておらず、公式のヒアリングなども行われていない模様である。もし今後首相が準備不足のまま、拙速に歴史認識に関する発信を行えば、かえって政治的分断や外交上の問題を引き起こすことになりかねない。
筆者は、日本近代史を検証する契機としては、むしろ昭和一〇〇年に期待したい。今年は昭和元(一九二六)年から「数え」で一〇〇年目、来年は同年から満一〇〇年の節目の年にあたる。昨年岸田文雄内閣は、内閣官房に「昭和一〇〇年」関連施策推進室を設置しており、現在政府内では事業内容について検討が進められている。願わくはこの機会に、史料の収集、デジタルアーカイブの構築など、歴史を客観的に検証するための知的インフラの整備を進めて欲しいと思う。京都大学教授