『公研』2021年2月号「めいん・すとりいと」

呉座勇一

 2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代考証を、歴史学者の坂井孝一さん、木下竜馬さんと共に行うことになった。主人公は、承久の乱で後鳥羽上皇を破った鎌倉幕府2代執権北条義時(北条政子の弟)で、小栗旬さんが演じる。脚本は三谷幸喜さんである。

 さて、時代考証の仕事とは何か。基本的な業務は、三谷さんの台本草稿を読んで、事実関係(いつ、どこで、誰が、何をしたか、など)の誤りを指摘することだ。

 しかし、それだけではない。三谷さんが誤解・勘違いをしているわけではなく(むしろ、そういう事例は少ない)、意図的に歴史的事実と異なる話、史実として確認できない話を書くことがある。いわゆる脚色・創作である。

 一例を挙げよう。史料にはAという人物が行ったと書かれている出来事を、Bという人物の話に改変する、ということがある(Aは劇中に登場しない)。

 歴史ドラマはただでさえ登場人物が多い。まして鎌倉時代が舞台だと、視聴者に馴染みのない無名の人物も少なくない。彼らを全員登場させると視聴者が混乱するので、複数の人物を一人に集約する、ということがしばしば行われる。Bのキャラクターを際立たせるため、エピソードを増やす、という計算もある。大河ドラマはあくまでフィクションなので、この種の脚色もある程度は仕方ない。

 ここで時代考証が取り組むべき仕事は、「本当はこれをやったのはBではなくAだ」という自明の事実を確認することではない。「AではなくBがやったと改変しても不自然ではないか」という検討だ。「Bほどの身分の高い人物がこのような汚れ仕事を自らやるはずがない」といった、当時の常識に基づく見解を提供するのだ。

 史料から確認できない話を創作した場合はどうか。たとえば源頼朝は伊豆に流されてから挙兵するまで20年間を同地で過ごしているが、その間、何をしていたかほとんど分からない。史料が乏しいからだ。北条政子と結婚したとか、政子との間に女の子ができたとか、そういう大きなライフイベントが判明する程度で、日々の暮らしは判然としない。『鎌倉殿の13人』の主人公である北条義時とどのような関係だったかも、どんな話をしていたかも、全く不明である。

 けれども、それではドラマにならない。よって脚本家が想像で埋めるしかないが、その想像がこの時代の価値観や社会状況に照らして「あり得そう」かどうかを考えるのも、時代考証の仕事である。

 もちろん、歴史的事実の問題ではなく仮定の問題なので、私たち時代考証にも絶対の自信はない。「頼朝と義時が挙兵前にこんな話をしていたとしてもおかしくないか」といった問いに唯一の正解はない。歴史学者同士であっても意見が分かれて不思議はない。

 加えて、頭でっかちの歴史学者の考察よりも、三谷さんの脚本家としての嗅覚の方が、歴史上の人物の本質を衝くことも時にあるだろう。したがって、時代考証の見解は三谷さんの脚本の内容を拘束するものではない。私たちの意見を聴いた上であえて、それを採用しないということもある。

 ただ今のところ、「こういうシーンは不自然か」といった問題に関して時代考証陣の間で大きな見解の相違は出ていない。三谷さんも私たちの考えを尊重してくれている。

 大河ドラマは歴史学界の最新学説の発表の場ではないが、新説を上手く取り込むことでドラマの可能性が広がることは事実である。『麒麟がくる』の新鮮な信長像も、近年の学界の研究動向を踏まえたものだ。『鎌倉殿の13人』にもご期待いただきたい。 国際日本文化研究センター助教

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