2025年5月号「対話」
日本でも外国人の労働者や居住者を日常的に見掛けるようになった。彼らはなぜ本国を離れ、どのような在留資格で日本で働いているのだろうか? また、入管の現場では何が起きているのか。移民・難民問題を議論する上で、前提とすべきことを確認する。
ジャーナリスト 元東京出入国在留管理局長
三好範英 福山 宏
ふくやまひろし:1960年長崎生まれ。東京大学法学部卒。84年法務省入省。91年独シュパイヤー行政大学院修士取得。95年在ニューヨーク日本国総領事館領事、外務省旅券課長、成田空港支局長、東日本入国管理センター所長、広島、福岡及び大阪入国管理局長などを歴任。2015年東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程単位取得満期退学。18年東京入国管理局長・東京出入国在留管理局長。2021年法務省退官。
みよしのりひで:1959年東京生まれ。東京大学教養学部卒。82年読売新聞社に入社。バンコク、プノンペン、ベルリン特派員、編集委員などを経て2022年からフリーランスのジャーナリスト。著書に『ウクライナ・ショック 覚醒したヨーロッパの行方』『特派員報告カンボジアPKO 地域紛争解決と国連』『戦後の「タブー」を清算するドイツ』『ドイツリスク「夢見る政治」が引き起こす混乱』(山本七平賞特別賞)『移民リスク』など。
街で見かける外国人労働者たち
三好 今日は東京出入国在留管理局長を務めた福山宏さんと、移民・難民問題について一から考えていきます。私はドイツの特派員をしていたことから、この問題に関心を持ち、帰国してからも日本の状況にも意を注いできました。今年2月に『移民リスク』(新潮新書)という本を出版し、今まさに問題になっている埼玉県川口市や蕨市のクルド系トルコ人や、移民先進国とも言えるドイツの現状を報告しました。今回の「対話」では私の経験も取り入れながら議論を進めていければと思います。
まずは議論を始めるきっかけとして、日常的に見かけるようになった外国人について整理したい。いくつかの例を挙げれば、都市部のコンビニでは外国人従業員を日常的に見かけるようになって久しいです。また、自分のお店を経営している人もいます。インド人やネパール人がカレー屋を出すのはわかりますが、居酒屋をやっている例も見かけます。東京の新宿区歌舞伎町では飲食店の呼び込みをする黒人たちが目につきます。こうした外国人はどのような経緯で日本に来ているのか。何の在留資格を持っているのでしょうか。
福山 御著、刊行直後に拝読いたしました。国内の法制度と運用が正確に記述され、さらに、内外、特に川口市および蕨市とトルコにおける現実の姿が実際の取材に基づいて非常にわかりやすく描かれていて、正に「論より証拠」、数少ない貴重な資料だと感じます。
それでは、ご質問に関してです。コンビニで見かける外国人の従業員は、留学生が入管から資格外活動許可を得たうえでアルバイトとして勤務している事案ですね。居酒屋の「経営」でも、純粋な経営であれば「経営・管理」の在留資格の可能性がありますが、店頭での稼働はこれに該当しないので、在留資格「永住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」「定住者」(以上四つで「居住資格」)の人たちでしょう。居酒屋店舗での稼働という在留資格がない反面、居住資格には行動の制約がないためです。それ以外は不法就労です。
インドカレー店の経営も同じですが、調理人であれば「技能」という在留資格です。外国独特の料理を提供できる「技能」という在留資格は、本国で調理人として10年以上の実務経験があるなどの条件を満たしている人に限って認められます。しかし、外国独特の料理を提供しない居酒屋の調理人は「技能」に該当しないので、「永住者」以下の居住資格又は資格外活動許可を得ている人たちで、それ以外は不法就労者の可能性があります。夜の新宿の街での客の呼び込みも、客の呼び込みという在留資格は存在しないので、居住資格か資格外活動許可が考えられますが、それ以外は不法就労者の可能性があります。
三好 出入国在留管理庁(入管庁)によると、昨年一年間の、ほとんどが観光客ですが、外国人入国者数は3600万人余りと過去最高。昨年末の在留外国人数は約377万人でこれも過去最高となりました。不法残留者は7万4863人となっています。審査の上、退去強制(送還)令書が発付されて、すぐに出国、送還しなければならないのに出国しない人、いわゆる送還忌避者が、ちょっと古いですが22年末現在4200人余りいます。川口市、蕨市にも、難民申請や訴訟を繰り返すことで長期間、日本に留まっているクルド人送還忌避者がかなりの数います。その現状に対して「入管庁はもっとしっかりしろ。なぜ送還できないんだ」という声もXの投稿に目立ちます。何が送還を難しくしているのでしょうか。
送還を難しくしている要因
福山 皆様のご指摘はごもっともです。送還が進まなかったのは担当者であった私の責任です。しかし、このように送還を難しくしている原因には、様々な要因が関係しています。言い訳になりますが、2010年の政権交代直後に交わされた法務省と日本弁護士連合会の協定がその最大の契機となったと考えています。
2004年の法改正により、難民認定手続き中は、送還・退去強制が一律に停止されることになりました。この改正自体に問題はなかったのですが、その濫用が違法状態のまま長期残留する外国人の増加につながりました。
濫用の契機となったのが前記法務省と日本弁護士会の協定です。この弁護士優遇の協定では、「入管法違反で入管の収容施設に収容されている外国人の仮放免許可申請の保証人が弁護士の場合、保証金を通常よりも下げて柔軟に審査すべし(許可せよとの意味)」ということになりました。次に、「難民認定申請中の人や、入管に対して訴訟を起こしている人には、適正手続き保障の観点からなるべく仮放免を許可すべし」という内容です。
被収容者からすれば拘束を解かれることが最大の関心事です。その状態の中で弁護士はこの協定を利用する、その結果実際に許可が増加する、それを見た他の被収容者が仮放免許可を求めるというのは自然の流れです。これが改正法の濫用を助長した原因でした。
さらに問題なのが、「弁護士が代理人となっている外国人を強制送還する場合には、おおむね2カ月前にその弁護士にその計画を伝えること」という内容です。それまで十分な時間的余裕がありながら何もしてこなかったのに、送還計画の通知を受けた途端、訴訟や難民認定申請を提起して送還を阻止する人たちが半数を占めていました。さらには、最高裁で敗訴が確定し、送還されるはずの人までが蒸し返し訴訟により送還を阻止しています。この弁護士優遇協定が制度濫用に途を開き、助長する契機となりました。
以上、司法試験の合格者の増加に伴って弁護士数が増えた2000年頃から弁護士の過剰とその仕事不足・職不足問題の深刻化が繰り返し報道されていた時代の出来事です。
さらに、同じ2010年には難民認定申請6カ月後には申請人に機械的に就労許可付きの在留許可が付与されることになりました。しかし、この制度は、同申請濫用の深刻化のため、2018年1月に大幅な制限が加えられた結果、2017年の難民認定申請者19629人が2018年には10493人と半減しました。申請目的が稼働であったことを示す好例です。
それから実際送還の現場でも様々な物理的抵抗をする人がいます。例えば、空港で大騒ぎして送還を中止せざるを得なくするという例があります。航空機に搭乗できたとしても、騒ぎを起こして搭乗機から降ろされ、送還が中止されるということもあります。
また、現在大半の国は送還対象者である自国民を引き取りますが、引き取らないイランのような国もあります。自国民不引取りは、相手国の主権侵害行為であり、重大な国際法違反です。自国のこのような対応に乗じて送還を逃れている人たちがいます。
入管法改正は送還を促進しているのか
三好 こうした送還忌避者の解消を一つの目的として、一昨年入管法が改正され、昨年から施行されました。送還の促進に効果を発揮しているのでしょうか。
福山 大きく変わったところは2点です。
まず一つ目は、難民認定申請をしたら退去強制手続きが停止する規定ですが、その濫用対策として、2回不認定になった人は3回目に難民認定申請をしたとしても特段の事情がない限り退去強制手続きは止まらない、つまり退去強制するということになりました。改正法施行以来17人がこの規定の適用により退去強制されました。
もう一つは、それと逆の方向で「補完的保護対象者認定制度」により被迫害者保護の対象範囲を広げ、戦争や国内紛争も対象にしました。これまでは自国政府による迫害によって逃げてきた人たちを保護する制度でしたが、2023年の改正後は紛争から逃れてきた人も難民とほぼ同様のかたちで受け入れられることになりました。特にウクライナの人々を含む昨年の認定者数は1661人でした。補完的保護対象者の認定を受けた外国人には、難民認定と同様に原則として在留資格「定住者」が付与され、長期の在留期間が付与されます。なお、昨年の難民認定以下全ての保護対象者の合計は2233人で過去最高でした。
三好 川口市、蕨市にはクルド系トルコ人が2000~3000人在留していて、そのうち、在留資格を失って本来は入管施設に収容されねばならないが、健康上の理由などで仮放免されている人が700人くらいいるようです。そしてその多くが主に解体業で不法就労している実態があります。すでに改正入管法の施行から1年近くが経過したが、「送還も進まずほとんど事態は変わってない」と地元の人は言っていました。クルド人の場合は家族で在留していることが多く、送還が難しいといった事情もあるようです。
福山 難民認定手続きは、上位の入国審査官である難民調査官が主宰するいわゆる一次審とその判断に対する不服申立てである審査請求が行われた場合民間から選出された難民審査参与員が主宰する二次審によって非常に慎重に行われるのですから、1回の難民不認定の確定により送還対象としても良いのではないかと考えます。しかし、現在は2回までの手続きが認められていることから、送還対象者は急激には増えないのだと思います。