翻訳家 山形 浩生

6月16日:東京からキューバへ

 ギリギリまで査証がおりず、もうこれは延期しかないか、と思ったところで、やっと出発前日にキューバ行きの査証が発行された。やれやれ。ほとんど無人の成田空港から、マスクは義務づけられているとはいえ、ほぼ通常営業に戻っているパリのシャルル・ド・ゴール空港を経て、ぼくは2年ぶりにキューバに向かった。

 キューバについてのイメージは様々とはいえ、かなり好意的なものが多い。ある意味でここは、いまだに由緒正しき社会主義を貫き、計画経済を実施している、数少ない、いやほぼ唯一の国だ。キューバは医療と教育は無料で、建前上は生活に困ることもない。豊かではないかもしれないが、格差は少ない理想の国だ。カストロやチェ・ゲバラの共産主義革命の夢を捨てられない人びとは、本気でそういうイメージを抱いている。

 そしてまた、ヴィム・ヴェンダース監督『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』などでキューバの文化に惹かれた人びともいる。古くてぼろい町並みを走る50年代のアメ車と、鳴り響く音楽に踊り。これも人びとを魅了してやまないイメージだ。

 この両者はキューバの漠然としたイメージの中で、見る人次第でまったく独立していることもある。だが相関している面もある。ある種、キューバの文化的な豊かさの一部は、まさに人びとが貧しくて娯楽が少ないからこそ持続している。そしてその一方で、映画の中で華やかだったブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブが潰れ、優れたミュージシャンたちが自殺寸前に追いやられるのは、90年代半ば。まさにソ連東欧崩壊にともなってキューバの社会主義経済がどん底に落ち込んだせいだった。

 そしていまのキューバ経済は、その時期を上回るとさえ言われる苦境に陥っている。そんな中で、いやまさにそういう状況だからこそ、今後のキューバ経済発展の可能性について検討しようというのが、今回のキューバ訪問の大きな目的ではあったのだが……。

キューバが直面する三重苦

 この時期のキューバは、三重苦とも言うべき状態に置かれていた。米国の制裁、コロナ、経済改革だ。

 まず、米国の制裁だ。2014年にオバマ大統領は、キューバとの関係正常化をうちだし、それを期にキューバを取り巻く環境は一気に明るくなった。これまでとは比較にならないほど大量の観光客が押し寄せ、新規のレストラン、民泊、その他観光需要をあてこんだ新しい活動が次々に登場し、街は大いに華やいだ。

 ところが2016年に当選したトランプ政権は、即座にそれをひっくり返した。ハバナへのクルーズ船や商用フライトを次々に制限し、キューバと取引のある企業に対して訴訟をちらつかせ、台頭しつつあった観光業は大打撃となった。さらに、退陣間際のトランプ政権はキューバにテロ支援国指定をかけ、おかげでキューバへの送金や貿易を含む金融取引はきわめて困難になった。ぼくも成田空港の外貨両替で、目的地がキューバだと言うと、両替を断られた。おかげで、食料品と燃料のほとんどの輸入に頼るキューバは、外貨が調達できずにいまや食料危機とエネルギー危機に陥っている。

隔離/滞在先のホテルからの光景。正面がホテル・ナシオナル

 さらにコロナだ。当初は急増したコロナは、2020年半ばには激減。キューバ医療の勝利だと喜んだのもつかの間、その後また急爆発。空港閉鎖を含むロックダウンに準ずる厳しい措置を執っても、状況は一向に改善する様子はなく、特に2021年に入ってからは、人口一千万人ほどのキューバで一日の新規感染者数が千人を超え続けていた。6月に入ってそれがジワジワと増え続ける状況だ。

 そして、その最悪の状況の中で、キューバはこれまた大きな経済改革を打ち出した。二重通貨制度の廃止、生産手段の所有と運営の分離、経済全体での自律性の大幅な拡大、金銭経済の範囲拡大といった、これまで考えられなかったような大きな経済改革が断行された。社会主義経済をやめるのではなく、それをさらに前進させるため、というのが一応の建前ではある。社会主義の計画経済の歪みが目立ってきた中で、確かにこれは必要な改革ではあった。だが、コロナと米国の制裁で状況が最悪のときに、社会経済の根幹を揺るがすような改革は、当然ながら混乱を引き起こしているというのがもっぱらの噂だった。

到着から強制隔離へ

 パリからの便は、満席に近い状態ではあった。観光客はほとんどいないし、キューバでのビジネスもさほど多くはない。ほとんどは出稼ぎキューバ人の帰省のようだ。

 ハバナのホセ・マルティ国際空港に到着すると即座に、入国審査の前でPCR検査が実施される。そして、荷物を受け取ると強制隔離先にバスで向かうことになる

 強制隔離は、旅行者の自費だ。政府指定のホテルで1週間ほどの専用パッケージを予約しておかないと、入国できない。また、空港での検査で陽性になると、指定病院への強制入院となる。

 ぼくのいたホテルは、かつて映画『ゴッドファーザー2』で、アル・パチーノが滞在していたあたり、といえば多少はイメージも湧くだろうか。旧市街からは少し離れた新市街とも言うべきあたりで、キューバを代表する名ホテルの、ホテル・ナシオナルが真正面に見える。

 この地区の大きなホテルは、ほとんどすべて革命前にアメリカのマフィアが作ったと言われる、通称マフィアホテルだ。当然、まわりにはバーやクラブもある。が、もちろんそうしたところはすべて、現在閉鎖されている。人が集まるような施設は、観光目的もそうでないものも、すべて営業停止中だ。日没は8時過ぎだけれど、その頃にはもう町はほぼ無人で、もともと少ない車も (ガソリンがないのだ)、ほぼなくなる。

 隔離期間は部屋からは出てはいけない。食事も全部運んでこられ、毎日体温チェックがある。公式には強制隔離は10日とされているが、5日目にPCR検査が行われて、6日目に陰性が確認されたら、外には出られる。ただし、外でも厳しいコロナ対策は続いている。マスクなしの外出は禁止され、見つかれば罰金だ。また、飲食店は屋内での飲食禁止で、テイクアウトのみ。さらには、夜9時から朝の5時までは原則として外出禁止なので、片づけや通勤時間も考えると6時くらいにはほぼオーダーストップだ。

平均的なキューバのテイクアウト

 ただし、テイクアウトだからといって、別に料理の質が落ちるわけではない。というのも、残念ながらキューバの食事はもともと、必ずしも質が高いわけではないからだ。多くの人は、キューバには何かエキゾチックでおいしい料理があると思っている。が、実はない。米、鳥か豚か魚、そして根菜と豆。この組み合わせしかない。味付けは、塩だけ。それが普通だ。

 理由の一つは、キューバがあまりに長いこと配給制だったことだと言われる。革命直後は、そもそも飢えないことが重要だ。質より量の世界だ。おいしい料理を工夫しようなどという発想がそもそもなく、あるものを最低限の調理で食べるのが当然だ。

 そしてもう一つの理由が、物流だ。キューバの物流は決してレベルが高くない。そもそもの物流の哲学は、燃料消費を徹底して抑えるために、荷物が集まるまでまって、大量に一気に、一カ所に運ぶというものだ。新鮮さなど、二の次、三の次なのだ。だから、キャベツやほうれん草といった葉物の野菜が普通に並び、黒くならないバナナがいつでもあるという日本のような状況はない。当然ながら、生産も輸送も、日持ちのする根菜が中心になってしまう。

 そして当然、アメリカの禁輸に伴う物資不足も影響する。朝食でも、ハムがない、卵がないというのは日常茶飯だ。そのときあるもので、やりくりするしかないのだ。

物資不足の状況

 街に出ると、とにかくあらゆる場所で行列が見られる。何らかのマーケットや店舗があれば、とにかくまずは行列するのが作法となる。おおむね、最も需要が高いのは植物油と鶏肉だ、とのこと。2時間、3時間の行列はザラだ。ぼくたちのような外国人は、そもそも何が出ているのかさえわからないし、とても張り合えない。

 こうした決まった店舗だけではない。町を歩いていると、突然人が駆け出す。そしてひとしきり大騒ぎがあって、何やら即座に行列ができる。たまたまそのとき、そこに何かが入荷したからだ。さっきも述べた通り、物流はなるべく荷物を貯めて、一気に一カ所に輸送したがる。だから、いつどこに何がやってくるかは、必ずしもはっきりしない。たまたま通りすがりに、どこかで何かが売り出される。だからとりあえずは、走って行列をして、買えるものは買う。それはタバコかもしれない。コーヒーかもしれない。大豆油かもしれない。

急に始まったタバコの販売。人びとは一瞬で行列を作る

 その情報は即座に携帯で広まる。転売を制限するため、買える上限は決められているのがふつうだ。でもみんな、ある時に買えるだけ買うのがセオリーとなる。次にいつ手に入るかわからない。要らなくても他のものと交換すればいい。そして、その場でまわりの人から身分証を集めて、とにかくあるだけ買いこもうとする即席転売屋がすぐに発生する。

インフラと設備の状況

 キューバといえば、古いスペイン時代の建築を背景に走る、クラシックなアメ車だ。ただし、絵はがきに出ているピカピカのアメ車は、観光用で、観光客がいない現状ではほとんどがお蔵入りだ。実際に町を走っているアメ車は、本当にボロい。鉄くずにすらならないほどのボロさで、それが黒煙をあげて走っている。別にあれは、みんなクラシックカーを愛しているから古いアメ車を使っているのではないのだ。新車の輸入には、すさまじい税金がかかるし、そもそもお国の外貨割り当てがもらえない。だからこそ、古い車をとにかくつぶれるまで使い続けるしかないのだ。ちなみにシートベルトその他の安全装備は基本的にない。事故ったら死ぬと思え、と脅される。

町並みとクラシックカー

 これは建物も同じだ。多くの建物は、ほとんど修繕とか改修の域を超えたぼろさだ。ほとんどのインフラもそうだ。減価償却が30年前くらいに終わって残存価値がゼロ以下になった代物をさらに使い倒して、スクラップ以下の代物からさらに利用価値を引き出している、という感じだ。

 多くの人は、これが単なる貧しさのあらわれだと考えている。だが実は、この国の中央計画型社会主義経済の直接的な影響でもある。ここでは、こうした資本設備──車両、建物、インフラ──の利用者や管理運営者が、新規投資を行うことで寿命を延ばすといったことは、基本的に行われない。なぜかといえば、そうした投資活動はすべて、経済を計画する役所が行うからだ。かつてのソ連のゴスプランといってピンとくる読者が何人いるだろうか。ここではそれは、経済計画省ことMEPという役所になる。そしてここは、このキューバの中央計画経済において、ほぼ絶対的な権力を持っている。

 たとえば港湾に新しいコンテナターミナルを建設するのは、通常は貨物の扱い量を増やすためだ。だが、貨物の扱い量について計画をたてるのは、経済計画省の担当だ。ライン省庁は扱い量を増やすとか、そのための投資をするとかいう計画を行ってはいけない。ライン省庁は、経済計画省の決めた貨物扱い量の中で、それをいかに効率よく、つまり低コストで処理するかを考えるのが仕事だ。たまたまどこかの援助でコンテナターミナルを増築しても、それはあくまでも同じ貨物量の処理効率を改善するため、と言い張らねばならない。たまたまその副作用で貨物扱い量が増えてしまった「だけ」なのだ! 建物も車もインフラも、古くなったら買い換えよう/立て直そう、という判断は自分ではできない。それを捨てるという判断すらできない。とにかく使い続けるしかない!

 実は先に述べた、2021年からの経済改革で様々な部分での「自律性を高める」というのは、MEPがこの投資の判断と決定権をある程度手放す、というすごい話ではある。その意味で、キューバは大きな変革期にあるのはまちがいない。が、それが即座に成果をもたらすわけもなく、むしろ戸惑いと混乱が生じるのも仕方ないことではある。そして起こったのが、7月11日の大事件だった。

7月11日:前代未聞の大規模抗議デモ

 昼ごはんを買いに出たついでに散歩していると、急に連絡が入った。ハバナ都心部の目抜き通りで、大きなデモが予定されているので、外に出るなという。

キューバ 7/11デモの様子

 キューバで政府への抗議デモが起こるのはほぼ前代未聞だ。一つの原因は、一部地方で起きた大規模な停電だ。キューバの電力設備は、1950年代のソ連支援によるものが未だに使われている。完全にガタがきているが、再建するようなお金はない。現在の設備をだましだまし使っている状態となる。

 加えて、禁輸のせいで燃料がなかなか入ってこない。最大の石油および石油製品輸入先はベネズエラだ。ベネズエラとキューバは、石油供給の代わりに医療人材や医薬品を提供する、という取り決めを持っていたが、ベネズエラの石油生産が低迷していることで、この取り決めもガタがきている。古い設備が壊れ、燃料もない状態で一部の州では大規模な停電が発生し、そのために人びとの不満が爆発した。

 それに限らず、人びとの不満は頂点に達していた。物不足はハバナでもかなりひどい。まして地方部ではそれが顕著だ。コロナに伴う様々な規制による不満もたまっている。そうしたものが一気に噴出した。アメリカのBLM運動は、確かにこれまでの黒人に対する処遇への怒りの結果だ。だがその一方で、全米各地の大規模なデモは、コロナでの各種制限に対する不満の爆発という一面もまちがいなくあった。キューバのデモも同様だ。

 そのスローガンは「祖国と生活」というものだった。「祖国か死か」というのは、キューバの公式革命スローガンの一つだ。このデモ参加者は、祖国を否定はしない。でもそんな二者択一はいやだ、生活だって大事なんだ、というのが主張だ。つまり彼らは政府の無策に怒って抗議はした。でも、一部の報道のように「反政府」のデモかというと、微妙なところではある。

 が、アメリカはここぞとばかり、キューバの独裁政権に怒った人びとが立ち上がった、キューバ政府は人民を物資不足に追いやり、苦しめている、破綻国家だと声明を出した。

 そしてCNNもBBCも、アメリカ側の言い分をそのまま伝えるだけだった。確かにこれまでのキューバ政府は無策で、問題をずっと先送りにしてきた。その意味で政府の責任はある。でも一方で、目先の物不足や食料難は、アメリカが無意味な制裁をかけているせいだというのもまちがいない。政府が目先の物不足を引き起こしているわけではないのだ。でも、そうした話は一切触れられなかった。

 とはいえ、空前といっていいくらいの政府抗議デモに対して政府は、まずインターネットを遮断した。そしてその翌日に、各地で政府支持の行進を組織するとともに、政府デモの首謀者とされる百人以上の人びとを拘束した。結果的にこれで、国民を弾圧する強権的なキューバ政府、というアメリカ政府の一面的な主張が裏付けられてしまうこととなった。

 デモの後で、実際問題として事態がどう展開するかはまったく読めなかった。インターネットは、ほぼ一週間にわたり完全に遮断され、その後も断続的に容量がしぼられて、状況はテレビの公式メディアを通じてしかわからない。街には警官が大幅に増え、明らかに雰囲気はピリピリしている。騒ぎが拡大する可能性も十分にあった。そんな中、デモの翌日にぼくたちはPCR検査を受け、数日後には予定通りキューバを離れることになった。

パリで乗り換え中のキューバオリンピック選手団

 帰りの便は、なんと東京オリンピックに向かうキューバ選手団と同じ便だった。まる一か月にわたり、意識にのぼることもなかった日本のできごとを目にして、ぼくはちょっとめまいのようなものを感じた。

キューバはどうなるだろう

 さて……キューバはどうなるだろう。その後の状況は、小康状態ながら先は見えない。なんでもアメリカの顔色次第というのは悔しいのだけれど、資源も経済力もない小国として、隣の世界最強国への配慮はどうしても必要となってしまう。だがバイデン政権も、キューバ政府も、今回のデモをめぐって非難の応酬をしたところで、膠着状態に陥ってしまったのもまちがいない。

 正直、アメリカがキューバに制裁をしたがるのは、単なる国内の亡命キューバ人社会への配慮と、半世紀前の革命でつぶされたメンツの問題でしかない。実利的なメリットはまったくないし、このまま締めつけを厳しくしたところで、キューバ人民が蜂起して現政権を打倒する、などというシナリオはあり得ない。

 すると、バイデン政権としても現在のキューバ政府としても、お互いにカードを小出しにしつつ、少しずつ事態を改善するのがいちばん現実的だろう。デモで拘束した人びとを釈放するかわりに、アメリカはテロ支援国指定や制裁の一部を解き、といった具合だ。

 そうすればキューバは、いま進行中の様々な改革を実行に移す余裕ができるだろう。そしてその一方で、何もしないのをすべてアメリカの制裁のせいにするといういまのやり方もできなくなる。本当に真面目に改革に取り組まざるを得なくなる。
 そうなれば、キューバが持っているポテンシャルも活かせるようになる。へんな見所もキューバにはたくさんあるのだ。ある芸術家が一人で街中を自分のアート作品に仕立てしまったフステルランディアとか。その可能性は、数年前の観光産業の躍進でも明確に示されている。新しい道がやっと開け始めたところだったのだ。

 これまでにない激震が走る中、キューバがこの先数年で、まったくちがう様相を見せてくれる可能性は、十分にあると思っている。それを少しでも手伝えればいいのだが。いま、キューバは自国開発のコロナワクチンの年内完全接種を目指している。公式発表では、ファイザーやモデルナのものに匹敵するすさまじい効果を持つとか。それが思惑通りの成果を上げれば、コロナの状況は変わる。その他の条件も好転してくれれば……。(終)

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