2022年2月号「issues of the day」

 アメリカ人の60%はジョン・ケネディ元大統領の暗殺にCIAが関与したと考えており、同じく20%が9・11の同時多発テロは政府が仕組んだものとみており、同じく25%がオバマ元大統領はアメリカ生まれでないと信じているという。飛行機雲は空中散布された兵器であるという「ケムトレイル論」ですら、アメリカ人の10%程度が信じているとされる。

 われわれは、いまや「インフォデミック」に直面している。すなわち、人々が大量の虚偽を含む情報に取り巻かれ、それらが時として、われわれが暮らす社会に致命的とも言える悪影響を及ぼしかねない状況である。

 昨年1月に発生した米国連邦議会議事堂襲撃事件においても、明確な根拠なく、2020年の大統領選挙で不正な選挙操作が国民の見えないところで行われたという陰謀論的思考にとりつかれた人々が暴徒と化し、議事堂へと雪崩れ込んだ。

 

なぜ陰謀論に惹かれるのか
 2021年度、ノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサ氏は、こうした状況を見て「フェイクニュースが民主主義を後退させている」と指摘した。フェイクニュースが民主主義を揺るがす根源的病理という見解は、日本でも多く見聞する。はたして、このような見方は正しいのだろうか。

 そもそもフェイクニュースとは何か。フェイクニュースは、誤情報(misinformation)と偽情報(disinformation)から構成される。ニール・シェトリ(ノースカロライナ大学教授)とジェフリー・ヴォアズ(アメリカ国立標準技術研究所)によれば、誤情報とは、誤解を招くような情報などを含む、誤った情報のことである。対して、偽情報とは意図的に人を欺くためにつくられた情報を指す。いわゆる陰謀論は、この偽情報の代表的なものである。陰謀論の定義であるが、カレン・ダグラス(ケント大学教授)やジョゼフ・ウチンスキ(マイアミ大学教授)らの定義を総合すると、「社会的・政治的に重要な出来事や状況が発生した原因を、特定の国家や人種集団・政党など、二人以上の強力な主体が自らの利益のために企てた、真実か否かが検証できない秘密裏の陰謀のせいであると説明しようとするもの」が陰謀論である。

 人はなぜ陰謀論に惹かれるのか。特定の陰謀論を信じる人は無関係の他の陰謀論も信じる傾向があるため、陰謀論を好む人には特定の心理的素因があるのではないかとする説もあれば、実存が脅かされている人ほど陰謀論に惹かれる、自らが帰属意識を抱く集団と異なる集団に対して、人は陰謀論的思考を抱きやすくなるなど、多様な研究成果が報告されている。陰謀論的志向を抱きやすい人は教育水準・所得水準・ニュースメディアリテラシーが低い傾向にあるという研究結果もある。

 アメリカに特化してみれば、(特に日本では)陰謀論的思考は保守派やトランプ支持層に特有の傾向と考える人が多いように感じられる。その見方は正しいのか、と問われれば、筆者の回答はイエスであり、同時にノーである。確かに、多くの研究が保守的政治志向を持つ人々は、陰謀論を支持する傾向が強いことを明らかにしている。同時に、陰謀論支持態度は極左にも多いとする研究結果もあれば、無党派層や第三政党支持層のほうに陰謀論支持が高いとする見解もある。

 

陰謀論は異議申し立てでもある?
 陰謀論がわれわれの社会に悪影響を与えているという見方についても、複雑な見方が成り立つ。陰謀論者は政治参加に後ろ向きで、政府に抗議する際に暴力的手段を許容する傾向が強い。特定の人種や集団に対する偏見を抱きやすいという研究結果もある。気候変動など科学的知見に対する疑義、あるいはワクチン拒否と陰謀論的信念との間に相関があることも指摘されている。これらは陰謀論の悪影響と言えるだろう。反面、陰謀論が表明されることが、人々が政府について正当な疑義を抱くきっかけになり、政府が改革を試みることにつながるという見解もある。つまり、陰謀論は、一種の「異議申し立て」としての役割を果たしているかもしれない。そうであるとすれば、「陰謀論・即・悪」という認識自体、正確とは言えない。

 こう考えれば、フェイクニュースが民主主義を揺るがす根源的病理であるという見解に対しても、「フェイクニュースが民主主義に悪影響を与えていることはおそらく確かだが、それだけが民主主義の動揺を招く原因かどうかは明言できないし、アメリカに関していえば、それがトランプ支持者や保守派に特有かどうかもはっきりとはわからない」としか言えないのだ。

 専門家が「わからない」と発言することは、受け手からすれば、曖昧で不安な状態におかれることを意味する。だが、われわれは、わからないことはわからないこともあると理解したうえで、世界で起きている出来事も多くは明確な答えを持たない、不確かなものとして受け止める強靭さを持つべきではないだろうか。そのような強さこそ、フェイクニュースの誘惑に打ち勝つ第一歩ではないのか。

 

津田塾大学教授 西川 賢

 

 

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