『公研』2024年6月号「めいん・すとりいと」
今年4月からNHKで放映中の朝ドラ「虎に翼」が巷で話題である。日本で女性として初めて弁護士・判事・裁判所所長となった三淵嘉子さんをモデルにしたドラマである。放映されるごとにネット上でも様々な感想が飛び交う。私の直接見知っている友人知人たちの多くもこのドラマの面白さについて語り、盛り上がっている。私も、もともと主演を務める伊藤沙莉さんのファンだったのでドラマ開始前からとても楽しみにしていたのだが、予想以上に毎回心を揺さぶられている。
特にヒロインの寅子(ともこ)の描き方がとてもよいと思う。少なくとも私にとっては極めて自然でリアリティがある。これまでの朝ドラのヒロインは、「親しみやすさ」を演出するためなのか、不必要にドジで抜けているキャラクターに設定されることがままある。しかし彼女に関してはヒロインのモデルになった三淵嘉子さんが極めて優秀だった、ということもあるが、そういう余計な演出はない。
また寅子は疑問に思うことには「はて?」を連発し、自分の考えていること、やりたいこと、やりたくないことをはっきり口にする。女らしいとされている「慎ましやかさ」は、寅子の目線からは本音を隠して「すん」としている、と捉えられ、むしろ彼女の疑問は「はて?」と深まっていく。既成の「女らしさ」を超え、自己を追求する人間として描かれているのは実はヒロインだけではない。彼女の学友である4人の女性たちはもちろんのこと、母のはる、親友にして兄嫁となった花江も、それぞれが自分の考えを持ち、そのために能動的に動く。様々な立場の女性のリアリティに光が当てられていると思う。
さらにリアルだと感じたのは、寅子が弁護士資格を取った後の物語である。「女性」弁護士であるということで仕事が集中する状況、ロールモデルもなく、彼女は疲弊していく。まるで均等法施行直後の総合職女性を見ているようだ。そして彼女が妊娠すると、これまで彼女のキャリアを応援し、引き立ててくれていたはずの大学の恩師らが、激務と妊娠によって体の調子を崩した寅子に仕事を辞め子育てに専念するように諭す。彼らのこの「思いやり」は、母たるもの子育てを優先すべきという社会規範の強烈な強さをも反映している。そして寅子はキャリア継続を断念する。共働きが増えた現代でも、こうした現実は本質的には変わっていないのではないか。
このドラマは「食」が絡むシーンも多い。寅子の実家、猪爪家の食卓を囲むシーンは、一家の豊かさと仲の良さを物語る。学友たちが集って勉強するのは甘味屋で、その主人とおかみさんが優しいまなざしと共に供するあんみつやお団子はとても美味しそうである。寅子を娘のようにかわいがる裁判の傍聴マニアの寿司屋の親父は、めでたいときにはどーんと大きな寿司桶に立派な寿司を詰め、差し入れにくる。そして夫である優三さんと、登戸の河原で焼き鳥を頬張るシーン。つらいときには一緒に美味しいものを食べよう、という言葉を聞きながら共に鶏肉を口にした寅子は、「社会的信用を得るため」の結婚相手だったはずの彼にころっと参ってしまう。この展開をイージーだという人もいるかもしれない。しかし、美味しいものを美味しいね、と微笑みあいながら心温まる時間を過ごせる相手はとても貴重である。心奪われるのに十分値するではないか。
そしてその夫が帰らぬ人となったとき、泣きながら手にしていた焼き鳥を包んでいたのは、新たに制定された「日本国憲法」の条文を記した新聞紙だった。これを読んで奮い立った彼女はまた再び法曹の世界へと戻る決意をするのである。しかしこの物語はさらにリアリティを追求する。その後司法省に就職した寅子は、キャリアを維持することを重視する余り、「はて?」を封印し不可解な笑みを浮かべながら周囲の男性に当たり障りのないことをいう「すん」とした女性になってしまう。彼女のような人ですら、ときにこうした処世をせずにはいられなくなる現実を、人ごととは思えない働く女性は多いと思うのである。
戦前、寅子は弁護士になったときのスピーチで「困った人を救い続けます、男女関係なく!」と言い放っていた。ここでは、ジェンダーを超えた「人間」を尊重する視点も明確に打ち出されている。紙面の関係でここでは十分触れられないけれども、男性陣もその強さも弱さも含め、とても魅力的に描かれている。是非老若男女問わず観ていただきたいなと思う。
神奈川大学教授