2021年6月号「issues of the day」

 本稿が出る頃には、日本で高齢者以外の一般向けコロナワクチン接種にメドどがついているだろう。ワクチンの実際の入荷が1カ月ほど遅めだっただけで、「ワクチン敗戦」と悪口を言われつつも、実際に接種が開始されてからのペースは速く、この調子で進めば今年度内、いやうまくいけば2021年内にすら完全終息のメドがつくかもしれない。

 多くの先進国でもすでに接種率が数十パーセントをこえて、経済は完全復活モードだ。中国は、経済活動がすでにコロナ前の状況を突破して、国内航空旅客も元通り。また患者数も死者数も相変わらず日本より高いのに、ワクチン接種の先行でいい気になっている英米では各種活動の制限がほぼ完全に解除されて、人々はドッと街に繰り出している。生き残っている飲食店その他は連日満員御礼どころではなく、それを支える物流や雇用がパンク状態。経済成長率も、すでにプラスに転じている。

 この時点で、2020年前半のコロナ初期に行われていた、深刻ぶったさまざまな議論をふりかえるのは、悪趣味ながらもちょっとおもしろい。みなさんご記憶だろうか。当時やたらに「ウィズ・コロナ」だの、文明の転機だの、新たな生活様式だのニューノーマルだのといったお題目が出回ったのを。コロナを機に、資本主義も生活もすべてが変化を余儀なくされ、人類文明の新時代がやってくるのだ、といった話があったのを。

 で、ここからが本題の、温暖化/炭素排出制限の話となる。コロナ冒頭では、特に中国のロックダウンで工場の稼働や物流が止まり、炭素排出が大幅に下がった。そのとき、まだコロナをそれほど深刻視していなかった欧米は、これぞ温暖化対策の好機と沸き立った。文明のあり方を問い直し、低排出の新常態へ! へたに経済回復しないよう邪魔してやろうと言うに等しい「グリーンリカバリー」などという標語と組織まで登場していた。

 ところがその後、そうした勇ましいお題目を掲げた意識の高い国々でコロナが深刻になり、経済が停滞すると、そんな話はどこへやら。コロナが終わっても、さらに我慢して経済停滞を続けろなどという話を、国民に提起する度胸のある政治家はいない。いても、それにおとなしく従うなんて、日本人ですらあり得まい。目先の回復を謳歌できずに、何のためのコロナ脱出か。

 結局、意識の高い人々にとってすら、まして地べたのパンピーたるぼくたちにとって、温暖化対策だの排出削減だのの優先度は、その程度だということだ。人はコロナで求められた程度の経済停滞にすら耐えられない。まして、それを今後数十年にわたり続けろ(停滞した状態を横ばいで続けろ、ではなく、コロナ並のマイナス成長でどんどん経済活動を下げろということだ)、という主張に、現実味はあるだろうか。あと20年かそこらで炭素排出ゼロ、などという目標のためには、それが必須だ(それでも足りない)。

脅しは盛りすぎだった?

 2021年後半で世界は急激に回復して、排出削減の話はしばらく、何事もなかったように忘れ去られることだろう。可能性としては年末あたり、自分たちの排出が元の木阿弥になったヨーロッパ諸国は、急に後ろめたさをおぼえて、発展途上国にグリーンリカバリーを押しつける活動に精を出し始めるかもしれない──各種のODAや、あるいはいま彼らが画策している炭素関税を通じて。

 しかし、それでも炭素排出量は増える一方となり、気温上昇を1・5度だの2度だのに抑えるという目標はますます遠のくだろう。気候危機だのティッピングポイントだの地球破滅だのといったプロパガンダは、ますますヒステリックになるだろう。

 でもいまや多くの人はコロナのおかげで、経済活動を抑え文明のあり方を見直すといったお題目が、具体的にどんなものかを思い知っている。そのトラウマは、当分なくならないはずだ。気候変動抑制のために経済活動を抑えるという話はすべて、強い拒否反応を示されるはず。

 やがて「このままでは今世紀半ばに生物半減、灼熱地獄、海面上昇で日本沈没、人類滅亡確定だから学校に行ってもムダ」といった脅しが、実はあまりに盛りすぎた極端な話だったことが確定するだろう。

 こうした話のほとんどは、「非現実的なほど最悪の仮定をおいたワーストケース」でしかないからだ。多くの人は、ますます不信に陥り、次第に嘲笑するようになって、やがて見向きもしなくなる──十年くらい先には、そんな状況になっているようにも思う。いま騒いでいる人たちは、「自分たちは可能性を指摘しただけ」と弁解するか、たぶんいつも通り、しれっと口をぬぐって誤魔化すことになる──

 ポストコロナの世界は、案外そんなふうに波及するのかもしれない。そして経済活動は抽象的なマネーゲームなどではなく、ぼくたちの人間活動そのものの結果なのだということが認識されて、資本主義の見直しが進むことまでぼくは期待しているのだが、まあそこまで行きますかどうか。翻訳家 山形浩生

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