鈴木 一人 『公研』2019年3月号「めいん・すとりいと」

 2018年の米中間選挙で民主党が下院の多数を占めることとなり、トランプ政権と議会の対立は不可避な状況となった。早速その衝撃が走ったのが、「壁」の建設をめぐる予算の攻防とその結果としての政府閉鎖である。トランプ大統領は強引に壁の建設に関する予算を入れることを要求し、壁の予算がなかったため拒否権を発動し、政府機関の一部の業務が止まること(即ち政府閉鎖)となった。なお、政府閉鎖とは言え、すでに予算(授権法)が成立している分野については通常通り業務が行われている。2018年末の段階では国防授権法が成立していたため国防総省や米軍にはほとんど影響しなかった。

 ただ、注意しておかなければならないのは、仮に下院で民主党が多数を取れなくても政府閉鎖は起こったということである。アメリカの予算は議会が法律として可決することで成立するが、実は2018年末の段階で本予算はとうに使い果たしており、当面の政府を運営するための「つなぎ予算(CR)」を採択するという状況にあった。CRを採択するためには債務上限、つまり政府が国債を発行して借金する金額の上限を議会が定める必要があり、その借金で政府を運営するためにCRを採択する必要がある。そして、これは通常の予算とは異なり、上院で5分の3である60票を得なければならない。

 そのため、中間選挙前の共和党51議席対民主党49議席の状態でも、中間選挙後の共和党53議席対民主党47議席の状態であっても、CRは民主党から相当な離反がなければ実現しなかった。通常CRはこのように採択のハードルが高いため超党派で合意できるよう交渉を重ねるのだが、その基本を無視して壁の予算をゴリ押ししたのがトランプ大統領だった、という訳である。

 さて、筆者は今年に入ってから三度アメリカに入国したのだが、一度目は政府閉鎖中、他の二回は政府再開後の入国であった。国境で入国管理を行うTSA(交通安全局)の予算がなくなったため、無償で働く職員や通常は入国審査業務を行わない、州警察所属の警察官が入国審査をするといった普段とは異なる光景が見られた。通常、アメリカの入国審査は時間がかかり苦痛でしかないのだが、この時は政府閉鎖という異常事態にあって、なんとか業務を継続しようとする努力に頭が下がる思いであった。

 しかし、二回目の入国の時は政府閉鎖が解除された直後であり、普段むっつりとして愛想のないTSAの職員が晴れやかな顔をして業務に当たっていたのは印象的であった。心なしか普段よりは少し入国手続きがスムーズだった気もする。やはり労働と給与というのは人の人生を明るくするものだと改めて感じた。

 ただ、それほど時間をおかずに訪れた三回目では、いつも通りの雰囲気に戻っていた。政府閉鎖の解除も一時の喜びに過ぎなかったのだと思わせられたが、TSAの職員に声をかけると「2月15日までに議会と大統領が合意に至るとは思えない。また政府閉鎖になったらどうしようかと悩んでいる」と悲痛な言葉が返ってきた。

 連邦職員にとっては死活問題であり、業務の士気にもかかわる重大な問題なのだが、当のトランプ大統領は2月5日に行われた一般教書演説でも壁の建設を行うと改めて強調した。この演説で連邦職員の人たちは改めて不安な思いを強めたのだろうと、TSAの職員の顔を思い浮かべながらトランプ大統領の顔をテレビ越しに睨めつけることしかできなかった。

 結果として2019年度予算が成立し、再度の政府閉鎖は免れたが、今度はトランプ大統領が非常事態宣言を発して壁の建設を進めることになった。民主党は反発し、複数の州が大統領を提訴する事態になったので、またしばらく壁をめぐる騒動は続くだろう。壁に固執する大統領に振り回される連邦職員は哀れである。 北海道大学教授

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