『公研』2021年10月号

 

中国の政策の変質が国際社会を揺るがす

 中国は、2020年のGDPが14兆ドルと世界第2の経済規模を持ち、米国の21兆ドルに迫る勢いだ。日本の5兆ドルに比べるとほぼ3倍となっている。2000年に米国経済の8分の1、日本経済の4分の1の規模しかなかったことを考えると、中国の政府や国民が経済発展の成果を誇りに思うこともよくわかる。今や生産拠点としてグローバル・バリュー・チェーンの中心的な存在であるだけではなく、先進国、新興国、資源国にとって極めて重要な市場となっている。つまり「世界の工場」であると同時に、「世界の市場」でもある。この性格は、2008年のリーマン危機に始まる世界金融危機、そして今回のコロナ禍のなかでより明白になってきた。
 中国は、これまでも、北京オリンピック(2008年)、上海万博(2010年)などの度に、それが終われば高成長は重要な屈折点を迎えるという見通しを覆してきた。豊富で低廉な労働力の投入に基づく成長は限界を迎える、GDPのなかで純輸出(経常収支黒字)が大きく、主な最終需要は米国などから来ているので世界金融危機は決定的な影響を与える、技術的な進歩は外国に頼っていて独自のものはあまりない、といった指摘も、今から考えてみると当たってはいなかった。
最後の点に関しては、理工系の学生の絶対的な数、科学技術への国の潤沢な支援、外国の技術の大規模な実装による習熟(たとえば日本の新幹線などの技術を生かした高速鉄道網建設)、国内プラットフォーム企業の保護と育成なども技術的発展を助けた。
 それでも、現在の中国経済に課題は山積しており、これまでどおりの高成長は望みにくい。生産年齢人口は2014年頃から縮小を始めており、人口も今後減っていく。長年の一人っ子政策の結果としての急速な高齢化も、財政の負担や社会のコストを引き上げる。さらに、世界金融危機以降、不動産投資や公共投資を中心に内需主導の成長を進めてきたことから、最近の不動産大手、恒大の返済困難に象徴されるように、政府も民間も債務が積み上がっているという問題もある。技術レベルが先進国の水準に「収斂」していくと、従来のような高成長を維持することは難しい。
 さらに、最近起きているのは、中国の国内政策、経済政策が急速に内向きになり、「共同富裕」の名のもとに、共産党のコントロールが強まっているように見える、質的な変化だ。これは、中国の経済発展を阻害する可能性があり、世界経済にも大きな懸念材料になっている。また、対外的により強硬な姿勢、拡張主義に傾いているように見えることも、地政学的な安定を揺るがすだけではなく、各国との関係の悪化は、中国経済自体の成長減速の重要な要因ともなる。
 中国はどこへ行こうとしているのだろう。この問題は、21世紀前半の世界における国際政治・経済上の最も重要なテーマの一つであることは間違いがない。

 

「共同富裕」に基づく大企業への規制強化

 中国の当局者の目からすれば、経済格差の拡大は許容範囲を超えているし、企業家や富豪たちの行動は目に余るものがあり、共産党の権威を使ってでも早急に是正が必要だということになる。確かに、社会主義を標榜しているはずの中国の都市と農村、沿海部と内陸部、教育などによる格差はあまりにも大きい。中国の富裕層は欧州のシャトー、ワイナリー、ヨット、日本の不動産などを買い付けている。中国には、そのような富裕層がどのようなものに投資をし、贅沢に消費をするにはどうしたらよいのかを教えるアドバイザーのような仕事まであると報じられている。学費の高い米国の大学に留学する共産党幹部や富裕層の子弟たちが、週末に集まってスーパーカーを自慢しあっているというようなニュースも目にする。
 そもそもなぜ日本円で数千億円以上に上るような蓄財を行うことができるのか。腐敗の問題も付きまとう。共産党幹部やその家族、共産党革命以来の幹部の血を引く「太子党」とのコネクションがビジネスを有利にし、資金が還流する仕組みがあると言われることもある。中国では、土地は公式には私有制ではないことから、農民などからより簡単に土地を接収することができることも背景にある。習近平体制の当初、反腐敗運動が大規模に行われたが、腐敗は中国共産党の統治の正当性を揺るがしかねないところまで来ていた。しかし、この反腐敗運動ですら、「紅い貴族」は温存したままだという批判がある。
 「共同富裕」という概念自体は1950年代からあるが、2021年8月17日の党中央財経委員会第10回会議で習近平国家主席が改めて取り上げ、具体的内容が鮮明になって以来、大企業に対する厳しい政策を説明する言葉となった。その兆しは2020年秋頃から明白になってきていた。2020年11月には、アリババ系の金融関連会社アント・フィナンシャルの香港・上海での上場が2日前になって突然延期された。国内でももてはやされてきたアリババの創始者のジャック・マー(馬雲)氏は、しばらくの間、公の場に出てこなくなった。
 小規模な養豚事業から巨大な農業企業を育て、ある時期までは模範的なカリスマ経営者であった孫大午氏は、当局への批判も辞さないことで知られていたが、国営企業との紛争に巻き込まれて2021年7月に公務執行妨害等で18年の懲役刑を言い渡された。2021年7月には、ニューヨークで上場したばかりの配車アプリの「滴滴(DiDi)」が、個人情報保護が不十分であるとの理由で同社アプリのアプリショップでの削除を命ぜられ、NY市場でも株価が暴落した。また、同月、オンライン教育を行ってビジネスを拡大してきた各社が、教育費増大と子供への負担を招いて少子化の原因になっているとして、利益追求のビジネスモデルの中止を求められ、これも株価が急落する事態に陥った。8月末には、未成年者に対してオンラインゲームの利用を週に3時間以内にするという規制が発表され、多くのゲームの発売禁止などの措置もとられている。
 「共同富裕」という旗頭に加え、「社会主義の核心的な価値にそぐわない」との理由で、華美な生活を隠さなかった芸能界のセレブへの締め付けも急速に厳しさを増しており、脱税や性的犯罪などの嫌疑に基づく訴追やソーシャル・メディアでの攻撃が相次いでいる。韓国の人気ポップスグループBTSのメンバーの中国におけるファンサイトが9月に突然閉鎖されたのは、ファンの集団的な行動が社会の安定を損なう可能性があるからだと伝えられた。
 9月13日には、中国当局が、10億人の利用者を擁するアント・グループの電子決済サービス「アリペイ(支付宝)」事業の分割をめざしているとのニュースを英紙フィナンシャル・タイムズが報じた。同紙の社説は、その目的として、アリペイが持っている利用者のデータを国が一部所有する新しいジョイントベンチャーに引き渡させ、国による社会の監視を容易にすることにあるとしている。9月24日には、中国人民銀行が、仮想通貨の決済や取引情報の提供などを違法な金融活動と位置づけ、全面的に禁止すると発表した。
 このほか、個人情報の扱い、安全保障に関するデータの保護、公正な競争の確保などの理由でハイテク大企業への規制を強化し、罰金を取る措置が矢継ぎ早に取られている。これに対し、テンセントとアリババがそれぞれ1000億元(1兆6000億円)の寄付を発表するなど、プラットフォーム企業の創業者たちはこぞって共同富裕政策のなかに含まれる「第3次分配」(自主的な寄付により第三者に富を分け与える)の実践を急いでいる。

 

何が問題なのか

 中国の格差問題に「共同富裕」の考え方を適用するという方向性は間違っていない。今の中国で、鄧小平以来の「先富論」(先に富むものを許容し、経済の発展を図る)を修正し、所得や資産の格差を是正する「共同富裕」ということが強調されるのはよく理解できる。中国国内でも、豊かさに取り残されていると考える階層からは強く支持されている。
 実際、グローバル化の進展とインターネットをはじめとする高度技術は、世界中で技術、教育、資本を持っている人々の独り勝ちの現象を生んでおり、多くの国が再分配を強化する政策への転換を図っている。議会の賛成を得てどこまで実施できるかどうかは不明だが、米国のバイデン政権の「中間層のための米国」を取り戻すという歳出・税制改革もその流れに沿ったものだ。
 日本では、極めて累進的な所得税や相続税、公的な教育や医療の提供、公共事業、農業政策、地方への税収の分配などが、社会の分断を比較的小さなものに留めてきた。カナダやオーストラリア、それに中国などで相続税自体がないのに対し、最近でもその強化を図っている国は日本ぐらいだ。その日本でも、非正規労働などに起因する貧困や階層の固定化が大きな問題になっており、再分配の強化が論じられている。
 中国では、社会主義国とは思えないような所得や資産の格差に対して、本来は、まず農村戸籍と都市戸籍を分けている「戸口」制度の廃止を加速し、農村から都市に出てくる農民工にも社会保障や子弟教育の権利を平等に与えるべきだ。共同富裕で「第2次分配」と位置付けられる公教育、医療などの公的サービスの充実、累進所得税の強化、相続税や固定資産税の導入なども必要だ。
 実際そのような税制改革を進めるという考えは以前からあるが、私有財産や所得格差を否定している社会主義の原理と合わないことも影響しているのか、既得権益層の反発を恐れて十分には進んでいない。さらに、ルールに基づき腐敗や地方政府による権利の濫用などを封じて、経済活動自体が適切な所得の分配、すなわち「第1次分配」をもたらすようにすべきなのだが、そうはなっていない。
 筆者は、アジア開発銀行(ADB)の総裁時代に、各国出身のエコノミストたちとテーマごとに15章からなる包括的な『アジア開発史──政策・市場・技術発展の50年を振り返る』(勁草書房から2021年8月出版、英語版原本は2020年1月にAsia’s Journey to Prosperityとして出版)の執筆に加わった。そのときにわかったことの一つは、日本と中国では、財政資金の都市と地方の間の移転が逆だったということだ。戦後の日本では、国土の均衡ある発展や国民の平等という考え方が強く、また、議員定数の割り当てが地方に有利になっていたこともあって、財政資金は都市部から地方に流れるのが当たり前だった。
 一方、中国では、輸入代替的な政策をとりながら、自国で重化学工業化を進めるために、財政資金はむしろ農村から都市部に配分するという政策がとられた。教育の水準や国有企業が提供してきた医療や年金など社会保障の水準も農村と都市では大きく異なり、戸口制度がその格差を固定してきた。
 ADB総裁として2013年から19年末まで中国を何度も訪問した際に、当局者との面談で一番強調したのは、格差是正の制度作りの必要性だった。これに対し、ある財政部高官は、中国の発展はまだ相続税や固定資産税などを整備するところまで来ていないと述べたが、私からは、共産党の権威が強いときに難しい改革を行わなければ期を逸し、格差はさらに拡大して社会の不安定性を招くだろうと応じた。
 巨大プラットフォーム企業が、膨大なデータを集積し、それを元に莫大な利益を得て、社会や経済への実質的なコントロールを強めていることが独占禁止法、安全保障、個人情報などのさまざまな観点から問題となっていることは、いわば世界共通だ。米国の公正取引委員会の委員長に、プラットフォーム企業への規制を主張する若いコロンビア大学准教授のリナ・カーン氏が任命されたことは大きな話題となった。仮想通貨に対しては、米国金融当局にも利用者保護の観点から問題があるだけではなく、マネーロンダリングなどに活用されるとして厳しい対応をすべきであるとの意見がある。米国証券取引委員会の委員長には、金融規制強化派のゲーリー・ゲンスラー氏が任命された。
 つまり、繰り返しになるが、中国が「共同富裕」やプラットフォーム企業の規制の必要性などの考え方に基づき、新しい政策を目指していくことには何の問題もない。格差是正政策は、むしろ遅すぎるくらいだ。問題は、このような政策を、きちんとした手続きに基づき、よく周知を図ったうえで、予見可能な制度の改革で進めるのではなく、予測困難な、大企業、富裕層たたきにも見えるような形で突然実施し、市場、内外の投資家にもショックを与えていることだ。

 

中国経済の成長や安定を阻害する三つのリスク

 最近の中国の政策は、少なくとも次の三つのルートを通じて、中国経済にダメージを与える可能性がある。
 第1は、中国の民間企業が突然の政策変更や場合によっては処罰の対象となることを恐れ、活力が失われるリスクだ。中国の高成長は、文化大革命が終わったあと、1978年に改革開放政策に転じてから始まった。農業分野で人民公社を廃止し生産責任制を順次導入し、郷鎮企業を育成し、次いでより広範に民間企業の活動を重視する政策がとられた。
 鄧小平が「先富論」を発表し、企業家たちを励ましたのは85年、「南方巡話」で市場志向の改革を継続、加速することを示したのが92年、憲法が改正されて「計画経済」の文言が削られ、「社会主義市場経済」が目標となったのが93年のことだ。改革開放以降の経済的成功には、よいものを真摯に学ぶ姿勢、試行をしながらそれを拡大し、実践的に新しい政策をとっていく手法も貢献した。
 2012年11月に習近平が共産党総書記に選任され、13年3月に国家主席に就任したあとも、同年11月の党中央委員会全体会議(三中全会)の声明では、資源配分において「市場が主導的な役割を果たす」ということが明記された。しかし、その後は次第にあらゆる分野で共産党の指導性、優位性が強調されるようになり、最近になってその傾向が強まっている。つまり、社会主義(共産党による一党体制)と市場経済(通常は政治的・経済的自由を基礎とする)という、いわばもともと矛盾する二つの要素のうち、前者が強くなってきているのだ。
 第2は、外国との結びつきによって高い成長を果たしてきたモデルに変調が生じるのではないかというリスクだ。改革開放政策を始めて以来、中国の発展には、外国との貿易、直接投資の受け入れ、留学生の派遣、それに世界銀行やアジア開発銀行、日本からの借款、援助などが重要な役割を果たした。2001年のWTO(世界貿易機関)加盟は、中国のグローバル・バリュー・チェーンにおける役割を高め、成長加速の重要な契機となった。
 近年では、中国の産業構造はより高度な製造業やサービス業に移行しつつあり、米国などの企業や研究機関との協働も技術的発展を支えてきた。日本の戦後の成長モデル以上に、中国の成長は外国の力をうまく使ってきたし、それが中国経済のダイナミズムにつながっている。そのような深い相互関係が傷ついたときには、成長の減速は避けられないだろう。
 すでに最近の企業に対する中国の突然の政策が外国投資家の懸念を招き、金融面での結びつきまでが影響を受け始めている。高名な米国の投資家ジョージ・ソロスは、習近平の下での中国はこれまでの中国とは違う、今の体制は中国企業を一党支配の道具としてしか考えていない、中国への投資家は年金基金などを通じて間接的に中国に投資しているものも含め、「厳しい覚醒」を求められているとの意見を投稿している(フィナンシャル・タイムズ紙2021年8月31日オピニオン欄)。
 もっとも、中国は国内金融セクターの外国企業への開放を今も進めており、ブラックロック、ゴールドマンサックス、シュローダーなどの欧米の大手金融機関が富裕層向けの資産運用ビジネスへの投資を増やしているという一面もある。中国の規制にはもともと一定の不確実性があるのだから、ある程度リスクをとってでもビジネス機会を逃すべきではないという戦略だ。中国の要路との関係も深く、利益にゆとりのある金融機関ならではの判断ということだろう。
 さらに、習近平体制における空母やミサイルなどを含めた軍事力の拡大、南シナ海や東シナ海での活動、台湾に対する姿勢、国家主席の任期制限の撤廃などが、各国に中国による「現状変更」についての大きな疑念を抱かせるようになり、各国の対中政策をより厳しいものにしている。「中華民族の偉大な復興」を掲げてナショナリズムに訴えていることや、「中国製造2025」を謳って優先度の高い産業を国家主導で振興しようとしていることも、米国ほかの警戒を招いた。
 米国の対中政策は、対中貿易赤字の縮小や知的所有権の保護に焦点を置いたものから、安全保障を理由とする中国企業との取引の制限、サプライチェーンの中国依存を改める政策、米国で上場する中国企業の監査を強化する法律(拒否すれば上場廃止)、新疆ウイグルや香港の人権問題に関係する制裁と、次第により広範なものになっている。これまで中国とのビジネス上の利益を重視し、中国に宥和的だったドイツをはじめとする欧州諸国、それにオーストラリアやカナダもより厳しい政策をとるようになってきている。日本でも経済安全保障の観点から、中国との経済関係を見直す動きがある。
 一方、中国のほうもこのような動きに対抗し、かつての「自力更生」のスローガンまで持ち出して、国内技術の振興を図り、データの扱い、競争政策、安全保障上などの理由で米国証券市場への中国企業の上場などにまで制限を加え始めている。今のところ、米国を含む各国との貿易が減少するような事態にはなっていないが、今後より深刻な影響が出てくるリスクがある。
 第3の問題は、中国がかつて経済、社会に大混乱と停滞をもたらした文化大革命のような方向に向かいつつあるのではないかという懸念だ。最近の大企業や富豪への厳しい姿勢、それに対する企業などのあわただしい対応、ソーシャル・メディアでの芸能人への攻撃は、京劇の作品への突然の非難から始まった文化大革命に似ているという説がある。
 2021年8月にブロガーである李光満氏は、最近のさまざまな取り締まりは「深淵な変革」であり、中国は「資本家が一夜にして金持ちになる楽園にはならない」、「変革を拒むものは処分される」とする激しいトーンの論評を発表したが、これが人民日報や新華社通信により転載されたことが話題になった。ちなみに、文化大革命は、のちに「四人組」の一人にもなった姚文元が、1965年11月に上海の新聞に京劇『海瑞罷官』への批判を発表し、それが全国紙の人民日報に転載されことが発端となった。
 清華大学の高名な歴史教授であり、北京市の副市長でもあった呉晗によって書かれたこの作品は、明の正義派の官吏で、それがゆえに罷免されることとなった海瑞を取り上げたものだが、海瑞による民衆の冤罪救済は反革命分子らの名誉回復を、悪徳官僚に没収された土地の民衆への返還は農業集団化の否定を意図するものと批判された。
 文化大革命の再来のようなことになれば、もちろん改革開放以来の中国発展の成果の多くが失われてしまいかねない。しかし、この点については、習近平体制は文化大革命を引き起こして大躍進運動で傷ついた自分の復権を図ろうとした毛沢東とは違い、国民の支持も強く、権力基盤は安定しているので、そのような混乱を招く必要はまったくないという指摘がある。
 また、貧困にあえいでいた当時の中国人とは違い、一定の所得水準に達した中国人が簡単には「紅衛兵」のような大衆運動に動員されないという指摘もある。中国国内では、上述の李光満氏の論評に対し、共産党に近くタカ派の論調で知られる環球時報の胡錫進編集長が、今回の一連の措置はよく考えられた政策であり、漸進的な社会的進歩が目的だと反論している。ただ、インターネット社会で、一度ある方向に世論の火が付くと、強靭に見える中国の政府ですら、コントロールが難しい事態が起こる可能性には注意をしなければならない。

 

中国に穏健な政策を望む

 おそらく中国政府からすれば、共同富裕は強力に進めるべき政策だし、中国は自由貿易体制を順守しているという気持ちが強い。米中対立についても、特にトランプ政権期に次々にとられた突然の追加関税や輸出管理規制は、むしろ米国がWTOによる多角的自由貿易体制を傷つけているということになるのだろう。さらに、香港や台湾に関する主張や対外政策は、19世紀半ばのアヘン戦争以来、欧州や日本などに主権を侵害されてきたことへのリゼントメント(憤慨)を背景に、中華民族のプライドを取り返すためのものであり、ことさら対外強硬的だとは考えていない。
 しかし、中国は自国の政策をどう説明するかではなく、自国が他国や市場からどのように見られているのかを冷静に考える必要がある。最近の各国の中国に対する厳しい対応は、各国が望んでその方向に行っているのではなく、基本的には中国の内外の政策が誘発したものだ。米国の世界観や行っていることが常に正しいわけではないが、世界に先駆けて君主制ではなく共和制の国家を作り、選挙による民主主義を実践し、ドイツのナチズムや日本の軍国主義と戦い、第2次世界大戦後の自由主義圏の復興を助け、世界経済をリードし、パクスアメリカーナを提供してきたことについての一定の信頼の蓄積がある。
 中国はもともと誇るべき歴史と文明を持っている大国と認識されてきた。私も含め、日本人には、論語や唐詩など中国の思想や文芸への尊敬の気持ちもシェアされている。それに、今や中国は、経済、金融、通商、科学技術、軍事などあらゆる意味での大国であり、国際社会で十分な発言力とプレゼンスを持っている。今は強国が植民地を獲得していった帝国主義の時代でもない。歴史的な問題についてはいろいろな考えがあるだろうが、現在の中国人にとって最も重要な利益であり、共産党の威信を高めるのは、リゼントメントやメンツに基づく政策ではなく、国民の生命の安全、経済的な繁栄、社会の調和、国際社会との協調を引き続き追求していくことのはずだ。
 中国のような大国の政策に外から影響を与えることは難しい。中国自身が、改革開放以降に辿った道の意味、すなわち市場の機能と外国との交流を基礎として経済発展し、共産党の思想や権力の集中を抑制し、国際社会でも名誉ある地位を獲得してきたことの意味を見つめ直し、自らの利益のためにも内外にできるだけ穏健な政策をとることを望まざるを得ない。 (終)

前アジア開発銀行総裁・中尾武彦

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