『公研』2024年12月号「対話」※肩書き等は掲載時のものです。
「高齢者が得をして、現役世代ばかりが損をする」──。
年々深まる世代間対立。
解決のカギはどこにあるのか?真の制度改革とは?
しまさわまなぶ:1970年富山県生まれ。94年東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)入庁。秋田大学教育文化学部准教授などを経て、2022年より現職。専門は経済政策論、財政学、マクロ経済学。著書に『教養としての財政問題』『シルバー民主主義の政治経済学─世代間対立克服への戦略』『年金「最終警告」』など。
まちどり さとし:1971年福岡県生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程退学。博士(法学)。大阪大学大学院法学研究科助教授などを経て、2007年より現職。専門は比較政治論。著書に『政治改革再考:変貌を遂げた国家の軌跡』『代議制民主主義』『首相政治の制度分析』『政党システムと政党組織』『政治改革再考―変貌を遂げた国家の軌跡―』など。
今の年金制度だと現役世代が損をする?
待鳥 今年は自民党総裁選から衆議院総選挙まで、日本政治の転換期となり得る選挙が行われました。中でも衆議院選では「現役世代の手取り増」を前面に押し出した国民民主党が若い世代から支持を集めるなど、世代間格差やシルバー民主主義への注目が高まっています。本日は、私の専門である政治制度と、島澤先生ご専門の経済という二つの視点から、シルバー民主主義について現状を整理するような議論ができればと思います。
シルバー民主主義とは、少子化、高齢化の進行によって有権者の中で高齢者が多数派となり、これらの層の政治的影響力が増すとされる現象を指します。早速ですが、島澤先生がシルバー民主主義を研究されるきっかけはどこにあったのでしょうか。
島澤 私は大学で研究する前、1994年に経済企画庁に入庁していたのですが、その頃からすでに少子高齢化による日本経済の衰退の懸念は問題視されていたため、私は少子高齢化について研究をしていました。なかでも世代会計という手法で社会保障や財政を分析していたのですが、そこで付随的に出てくるのが「世代間格差」という問題です。それがなぜ生まれて、なぜ訂正されないのかに興味を持ち、一つの仮説である「シルバー民主主義」に注目しました。
待鳥 世代間格差は今の日本を象徴するような論点ですよね。ただ、日本にはジェンダー格差や地域格差など様々な格差が存在します。そのなかで、島澤先生が世代間格差に注目する理由はどこにあるのでしょうか。
島澤 やはり経済学が専門なので、経済に最も大きな影響を与えているのは何なのかと考えたところ、世代間格差に行き着きました。世代格差は、言うならば世代間再分配の結果です。現役世代から取り、それを高齢者世代に渡すシステムが世代間再分配です。これが本来予定していたよりも現役世代にとって大きな負担になっているのではないかという問題意識が一つあります。と言うのも、現役世代から取りすぎた結果、「手取りが少ないので結婚できない」「子どもを持てない」など、日本経済の先行きにものすごい悪影響を与えているのが世代間格差なのです。
待鳥 島澤先生が執筆された記事をいくつか拝読したところ、世代間格差が起こる背景には、制度設立時の社会事情を踏まえてつくられた制度を、時代の変化とともに変えてこなかったことに大きな要因があると認識しました。現在のかたちの年金制度が成立した戦後直後の1961年は、高齢者は戦争の影響を受けて貧しく、人口に占める割合もわずかでした。そのような人たちを、現役世代が支えていたとしても負担はそこまで大きくありません。
しかし、今の高齢者は昔のように貧しくないですし、何よりも昔と比べて人数が圧倒的に多くなっています。そのような高齢者を少数の現役世代で支援するのは、どうも納得がいかないという考えは確かに成り立ちます。
他方で、いくつか気になるところもあります。まず、世代間格差論についての基本的な疑問として、マクロの視点で見ると現役世代が損をしているように見えますが、ミクロの視点で見た場合、はたして本当に損をしているのかという点です。例えば、親世代に十分な年金が支給されているから、子から親へ仕送りが不要になるという家庭もあるはずです。そう考えると、現役世代はそこまで損をしていないのではとも思います。
日本は家庭内に世代間扶養が存在します。そのため、現行の年金制度を廃止して年金支給水準が下がると、子ども世代が何かしらの支援を始めるでしょう。そうなると年金制度の改革は実質的にどれほど現役世代の負担を軽減できるのか、と少し疑問にも思うのです。
島澤 公的な世代間の仕送り、つまりは年金制度を私的な親子間の家庭内扶養に当てはめて考えると、実はそこまで現役世代は損をしていないのではないか、という議論ですね。年金制度の問題点は「損をする人と得をする人」のように、個々人で差が生まれるところにあります。私的な仕送りだと現役世代、つまり子ども世代の経済状況によって仕送り額を決められます。一方、年金は公的に決まったものなので、年金制度があることで仕送りの分が浮くから助かる家庭と、むしろそれが負担になる家庭など、負担に感じる程度は様々です。ここの差が問題なのです。
さらに、現行の年金制度では、現役世代の所得によって負担する社会保険料が異なるのですが、最も負担が大きいのが中間層の少し上の層であるというデータが出ています。要するに、この一番損をしている層が世代間格差をどう捉えるかによって、日本社会におけるこの問題の大きさが決まります。
加えて現行制度の問題点は、まったく持続性がない賦課方式を採用しているところにあります。今年の出生数は70万人を下回り、現役世代と高齢世代の数の対比が今後も拡がることは明白です。それではいま高齢者に支給されている年金を負担する現役世代が、自分が支給年齢になった時、本当に年金をもらえるのかどうか不安に思うはずです。そんな不安を抱きながらも強制的に再分配をさせられていたら、不満が出てくるのは当然ですね。
現役世代に目が向けられた総選挙
待鳥 現役世代が抱える不満は10月の衆議院選挙でも論点となり、国民民主党が大幅に議席数を増やす一因になったと指摘されています。SNS戦略の成功も一因としてあると思いますが、それ以上に「現役世代の手取りを増やす」という公約が多くの人に支持されたことが大きかったのだろうと思います。現役世代の経済的利益に特化して、それを重視する政党はここ10年あまり目立ちませんでした。今回の国民民主党のように、現役世代と高齢世代という世代間の線引きをはっきりと言葉にして優先順位を付けようとするのは、日本の政党政治ではややタブー視されてきた感もあります。
その背景には、そもそも有権者がそういった線引きを受け入れてこなかったこともあります。元首相の安倍さんや菅さんも、「現役世代の手取りをどう増やしていくのか」を実はそれなりに考えていたとは思うのですが、「手取り増のために高齢者負担を増やす」という話は、あまりにも政治的コストが高すぎて、表に出せなかったのだと思います。
島澤 そうですね。高齢者の票を失いかねないです。
待鳥 ここはなかなか言及しにくいところですし、今の政治が「シルバー民主主義」と言われる所以でもあるのでしょう。
今回の選挙でも国民民主党党首の玉木氏が討論会で、高齢者医療や終末期医療における尊厳死の法制化について言及というか、口を滑らせてしまい非難を呼びました。いくら社会保険料の低下を目的としたものだとしても、明らかにそこまで踏み込んだ発言をすると、今の日本では高齢者層の支持を失いかねません。尊厳死の位置づけとしても適切さを欠きます。
有権者数の多い高齢者の反感を買わないようにすることは、政治家にとって当然の行動です。しかし、尊厳死の話はともかくも、それではいつまでたっても現役世代向けの政策は生まれません。解決策はどこにあるのかと考えた時、経済学の専門家からは、有権者の人口構成比率に応じて世代ごとの議員議席数を分配する「世代間選挙区」などというお話も出ますが、それらはどうも現実離れした印象を受けます。
では、どうすれば現実的かつ有権者に一番説得力のある方法で世代間格差解消の議論を提示できるのか。ここに私は関心を持っているのですが、島澤先生のお考えはいかがでしょうか。
年齢ではなく困窮度での線引きを
島澤 おっしゃる通り、経済学者は白地のカンバスに絵を描くようなとこがありますね。世代間格差解消の手段として未成年者にも投票権を与えるとか、平均余命に応じて世代ごとに議席数を分配する余命投票制など、投票制度の改革を提案しますが、政治的にはなかなか通らないところがあります。
そもそも、民主主義において有権者が自分の利益を第一に考えた投票行動をすることは当然のことなので、私は投票制度を変えたとしても、世代間格差は解消しないと思っています。そこではなく、受益と負担の関係を変えるべきだと思います。つまり、受益される人と負担する人の区別は年齢を基準にするのではなく、持っているか持っていないか、困窮度に応じて線引きするように変える必要がある。これが世代間格差解消の第一歩につながると考えます。「高齢世代は悪で現役世代は善」のような善悪二元論で社会を見ていては政治が進みません。社会保障制度は時代に合った物差し、そして制度に改革していく必要があると思います。
ただ、現行制度を変える時に問題になるのが、すでに高齢になって収入を得る手段を失った方々をどう支えるのかです。突然街中に放り投げるということはあってはならないので、ある程度の高齢の方々は急に支給を打ち切るのではなく、今の仕組みで守っていく必要があると思います。
具体的には、現在約250兆円ある年金積立金の活用です。積立金を活用し、基礎年金で最低限の生活を保障しながら、新しい年金制度に舵を切っていきます。この基礎年金を一段階目として、これは税金で保証する。さらに、資産を形成できる人は、二段階目として自分で積み立てを始めていただきます。NISAやiDeCoを政府が勧めるのは、この二段階方式の方向性での制度改革が今後進んでいくからでしょう。この税金と資産の二段階に舵を切っていけば、現行制度を廃止しても、そこまで大きな混乱は起きずに社会が回っていくのであろうと考えます。
しかしながら、このような改革が行われると、「現役世代が今まで払った厚生年金はどうするのか」という議論が必ず出てくるでしょう。ただ、少子化、高齢化が進行するなかで社会保障や財政などの改革を進めようとする時、損をする人が生まれてしまうのは不可避で、仕方がないことでもあります。私としては、そこは現役世代が損を引き受けてこれからの日本を支える将来世代への「捨て石」になればいいのではないかと思っています。ただ、そこまで割り切れない人がいるのも現実ですし、そういう気持ちも十分理解もできます。
待鳥 このあたりは本当に難しいところですよね。やはり、高齢世代対現役世代という構図に陥りがちですが、結局は将来世代との関係で考えていくのが大事なポイントだと思います。
島澤先生のお話にもあった、「持っているか持っていないかでの線引き」に関して言うと、最近は潤沢な資産を持った高齢者が、特に都市部で多いように思います。むしろ、高齢世代が現役世代に支援をしている家庭が一定数いるようにも見受けられます。余裕のある暮らしをしている現役世代の中には、いわゆる「実家が太い」という方が多くいるということです。
これは、所得や消費に比べて資産への課税が弱いという日本の課税形態に一因があるように思います。ここは変化の余地がありますし、上手くやれば世代内再分配の原資として活用できる可能性があるのではないかと思います。