『公研』2024年4月号「対話

 

ウクライナ戦争から2年が経ったが、ロシアの攻勢は未だに続いている。

開戦当初から課せられているロシア制裁は効果を発揮しているのだろうか?

 

  東京大学公共政策大学院教授  Compliance and Capacity Skills International
アジア太平洋 CEO
  鈴木一人  竹内舞子

 

すずき かずと:1970年生まれ。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大学大学院人文社会科学研究所准教授、北海道大学公共政策大学院准教授、同教授などを経て、2021年より現職。13年12月から15年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーを務める。著書に『宇宙開発と国際政治』など。

たけうち まいこ:東京大学法学部卒業後、2001年防衛庁へ入庁。07年ハーバード大学東アジア地域研究科修了、22年ニューヨーク大学ロースクール修士課程修了。16年から21年に国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員を務める。23年より現職。独立行政法人経済産業研究所コンサルティングフェロー兼任。

 

すべての国がロシア制裁に参加しているわけではない

 竹内 本日は「制裁」をテーマに議論していきたいと思います。私は、2016年から21年まで国連安保理の北朝鮮制裁委員会専門家パネルの委員を務めた経験があります。また、鈴木先生は同じく2013年から15年の核合意成立まで、国連のイラン制裁委員会の専門家パネルをご経験されています。今日はそうした経験も踏まえて、制裁の基本を確認していくようなお話をできればと考えています。

 ロシアがウクライナへの武力侵攻を開始してから2年以上が経過しました。開戦直後からロシアには様々な制裁を実行しています。最初にポイントとして押さえておきたいのは、これらの制裁を課しているのはアメリカを中心にした有志国であって、国連安保理によって決議されたものではないことです。国連に加盟しているすべての国がロシア制裁に参加しているわけではないので、その効果は限定的にならざるを得ないところがあります。

 そのポイントを踏まえた上で、まずは今のロシアへの制裁が効いているのかどうかについて考えてみたいと思います。ロシアは今でも戦争を継続していますから、その事実だけをもって「制裁だけでは侵攻は止められない。制裁は効いていない」と結論付ける意見もあります。これは、「核・ミサイル開発を放棄させられていないのだから、北朝鮮への制裁は効いていない」という主張と同じ考え方ですよね。制裁の最大の目的は、ロシアにウクライナ侵攻をやめさせることですから、その意味では確かに目的は達成されていない。

 しかし、だからと言って制裁がまったく効いていないわけではないと私は見ています。いま行っている制裁のなかで最も大きな制裁は、ロシア産の石油にバレル60ドルという価格上限を設定したことだろうと思います。「オイルキャップ」と呼んでいますが、産油国に課す制裁としてはよく知られた方法です。市場価格より値引きされて流通することになります。
私はこの枠組みは、ロシア産石油をEUなど多くの国が輸入している、さらには、この制裁に参加していない中国やインドが輸入することが止められないという現実の制約の中でとれる案としては評価しています。ロシアは、石油から得る利益を減らすことになりました。

 制裁の目的は、いくつかの段階に分けて考えなければならないと思うんです。最終的には戦争を止めさせることにありますが、その前段階として外交テーブルに着かせて停戦を促すことや、ロシアの利益を減らすことも制裁の目的だと私は見ています。
鈴木 制裁の目的には段階があるという考え方は、その通りだと思います。ただし、オイルキャップの成果については、私は違った見方をしています。まずロシアの収入を減らすのであれば、価格だけではなくて量も減らさなければならないはずでした。ロシア産石油は上限をバレル60ドルに設定されましたが、市況によって価格は変わるものです。市況価格が60ドルに近づけば、ロシアの損失は少なくなります。場合によっては、60ドルを下回ることもあるかもしれない。市況価格が60ドルを超える額だったとしても、そもそも量をたくさん出せばロシアの収入は確保されることになります。

 そして収入がある限り、継戦能力は継続されることになります。ロシアに与えるダメージは、相対的には小さいものにならざるを得ないと思います。

竹内 確かにインドや中国は、安くなったロシア産の石油を買い続けています。これらの国にとっては、安く石油を購入できることはメリットに他ならない。さらにはイギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国は、第三国経由で精製されたロシア産原油を調達しています。「これはロシア産ではない」と解釈して、普通に輸入を続けているという現実があります。

 制裁の仕組みを考えた時点で折り込み済みだったのかもしれませんが、制裁には必ず「抜け穴」が生じます。例えば、北朝鮮にいくら制裁を課したとしても、北朝鮮の資源や製品に中国が経済的な価値を見出していて、各国が制裁を履行しなければ、抜け穴を用意することになってしまう。同様にイラン制裁の場合は、まず有志国だけで履行しなければならないこと。さらに結局、第三国の意志が徹底されなければ、制裁は想定した通りには履行されないところがありますよね。

 本来であれば、ロシアの外貨獲得に打撃を与えるのであれば、ロシア制裁はオイルキャップではなくてエンバーゴ(embargo:禁輸措置)するのが理想的だったのだと思います。さらに理想を言えば、その措置をすべての国がかつ履行していれば、ロシアの外貨収入に打撃を与えたのではないでしょうか。しかし、すでに議論した通り、実際には、外交政策としてこの制裁に加わらない国を強制することはできない。仮にエンバーゴをしても、ヨーロッパ諸国のように制裁破りをする国は出てくるので、いずれにせよ効果は限定的なものに留まってしまったのかもしれない。

 

ロシア産石油の禁輸措置は不可能なのか?

鈴木 私はロシア産石油のエンバーゴは理論上、不可能ではなかったと思っていました。けれども、結果的にはそれはできなかったという結論に至りました。

 どういうことなのか説明します。オイルキャップという制裁のメカニズムは、60ドル以上の価格でロシア産の石油を運んでいるタンカーには保険を付けないことが前提になっています。保険が付かなければ、リスクが大き過ぎて、タンカーを動かすことはできないだろうと考えたわけです。タンカーが出港できなければ、当然、石油を輸出することはできません。

 この制裁が可能なのは、西側諸国が保険会社を一手に握っているからです。ロシア国内にも保険会社はありますが、規模が小さ過ぎてタンカーの事故が起こった場合、それに対する保険の請求に耐えられなくなります。通常、石油を運ぶような巨大なリスクを背負っているタンカーにかける保険には、再保険をかけています。この再保険というのは「保険会社のための保険」です。ロイズ、ミュンヘン・リー、スイス・リーなどが代表的な再保険会社ですが、いずれも西側の会社です。ロシア産原油を運ぶタンカーには再保険が付かないので、結果的には保険が付かないことになります。

 今回ロシア産の石油価格の上限は60ドルに設定されましたが、上限は理論上40ドルにも20ドルにも、究極的には0ドルにもできるわけです。上限価格に関わらず、再保険が付かないのであれば、いずれにせよタンカーは出港できません。出港できないのであれば、それはエンバーゴと同じことを意味しますよね。

 ところが、実際はそうはなっていません。なぜならば、保険を付けずにタンカーが動くという想定外のことが起きたからです。いわゆるゴースト・フリート(幽霊船)と呼ばれている、要するにもう保険を付けられないようなボロ船で、ロシア産の石油は運ばれているわけです。

 制裁をデザインした側からすれば、この事態は想定していなかったのではないか。想定外のことが起こった結果、当初のねらい通りには制裁は機能しないことになります。おそらく核合意前のイラン制裁ではオイルキャップがうまく機能したので、ロシア制裁でも同じことをやろうと考えたのだろうと思います。しかし、ロシアは保険が付かずとも、ボロ船で60ドル以上の値段の石油を運ぶことで制裁破りに成功してしまった。

 ですから、オイルキャップという制裁は、ロシアの継戦能力を削ぐことにはあまり貢献していないというのが私の見方です。

 

そもそも「抜け穴」ではない

竹内 制裁をデザインした側からすれば、ボロ船で保険も付けずに石油を運ぶことまでは想定していなかったわけですね。やはり制裁にはどうしても「抜け穴」が生じることになる。

鈴木 対ロシア制裁に関して言えば、「抜け穴」という言葉は明らかに間違った使い方だと私は思っています。世界でおよそ200カ国ある、主権国家の中で制裁をやっている国は40カ国に満たない。つまり、制裁をしていない国のほうが圧倒的に多いわけです。制裁に参加していない国は、抜け穴となっているわけではなくて、普段通りに貿易をしているに過ぎないわけです。喩えて言えば、巨大な道路の真ん中に制裁という石を置かれているだけで、その石をよけて車が通っているのが現状です。

 オイルキャップが制裁として機能すると思われていたのは西側諸国が保険会社を握っていたからですが、保険を付けずにタンカーを動かすリスクすら無視する事態が起きている。結局のところ、石油を買う国は山ほどあるわけです。中国やインドは安い石油を買えるのであれば、喜んでバンバン買いますよ。元々インドは原油を輸入して精製してガソリンにして輸出する商売をやってきた国ですから、精油施設のキャパシティが多いわけです。安く原油を仕入れて高く売れるわけだから、インドにとってみたらこんなに美味しい商売はない。それをインドが見逃すわけがありません。

 そうやって精製したガソリンをイギリスやヨーロッパが買ったところで責められる話ではないし(米財務省もそういう見解を出しています)、インドがやらなかったら他の国がやるだけの話です。要するにこれは抜け穴ではなくて、対ロシア制裁は最初から迂回できるようにつくってあるわけです。迂回することを抜け穴と呼ぶのは、ちょっと違うと私は思っています。

 冒頭でもポイントして挙げられていましたが、ここが国連制裁とは異なる点です。北朝鮮制裁にしても核合意前のイラン制裁にしても、国連による経済制裁は国連憲章第七章の強制措置に基づいて行っています。なので、国連憲章25条に基づいて、すべての加盟国を拘束するという立て付けになっているわけです。ですから、本来ならば国連が課した北朝鮮やイランへの制裁を、国連加盟国は破ってはいけないわけです。

 けれどもロシア制裁は、国連による制裁でないので破っても誰も文句を言いません。国際法上、間違ったことをしているわけではありませんからね。だから、これはそもそも抜け穴ではないことになります。

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