『公研』2020年9月号「めいん・すとりいと」

鈴木一人

 新型コロナウイルスの感染は日本だけでなく世界でも収束せず、Black Lives Matter運動や米中対立の深刻化など、暗いニュースが多い中、明るい光をともしてくれたのは9年ぶりにアメリカから宇宙飛行士を乗せたロケットが国際宇宙ステーションに飛び立ち、無事に帰還したことであった。

 しかも、このロケットと宇宙船はNASAが開発し、運用しているものではなく、民間企業であるスペースXが開発したことで、宇宙開発が新しい時代に突入したことも世界に知らしめることとなった。このスペースXは電気自動車のテスラモーターズを創設したイロン・マスクが設立した企業で、過去にNASAのプロジェクトに関わった技術者などを集めて、全く新しいコンセプトでロケットを開発し、世界を驚かせ続けている。とりわけこれまでは使い捨てだったロケットの第一段を安全に着陸させ、再利用できるようにしたのは画期的なアイディアである。さらにこのスペースXは火星への人類の移住まで視野に入れており、そのためのロケット開発も着々と進めている。

 これだけ新しいことを実現する企業が現れたことで、これまで「国家の事業」として、国の技術力や経済力を示し、国威発揚の手段として使われてきた宇宙が、民間企業による「ビジネス」に移行しているという印象を多くの人に与えている。スペースXは国際宇宙ステーションが将来民営化され、そこをホテルとして使い、旅行者を連れて行く手段としてロケット開発をしている。実際、NASAも宇宙ステーションに民間人が滞在する場合、一人当たり一日3万3750ドル(約370万円)に加え、光熱費やインターネット使用料まで決めている。

 そうなると、もう国家は宇宙開発から撤退することになるのだろうか。宇宙開発は国家を代表する事業ではなくなるのだろうか。結論から言えばそうはならないだろう。米中対立は「新冷戦」と呼ばれる状況になりつつあり、宇宙は米中の力を競い合う舞台として役割を果たすであろう。もちろんアメリカは既に宇宙飛行士の月面着陸や火星探査車による探査など多くのことを成し遂げており、中国はキャッチアップする立場である。しかし、中国も月の「裏側」に人類で初めて探査車を送り込み、様々な野心的事業を進めている。また米中とも宇宙空間を軍事的な目的で利用しており、宇宙技術の優劣が軍事的な能力に影響するようになっていることを考えると、国家が宇宙開発をすべて民間に委ねることはないだろう。

 これからの宇宙開発は、国家が民間の力を活用しながら効率的に宇宙開発を進めつつ、国家の能力を誇示し、軍事的な優位性を獲得するよう関与し続けることになるだろう。そんな中で日本は、これまでの技術開発を中心とした宇宙開発から、民間企業の育成に重点を移して行く必要がある。日本には有望な宇宙ビジネスはいくつか存在するが、まだその数も規模も十分競争できる段階にはない。世界の宇宙開発が新たな局面に入る中で、国家と民間企業の役割を再構成し、民間企業の競争力を高めつつ、国家として注力すべき領域を定めていく必要がある。6月30日に発表された宇宙基本計画では安全保障や月探査など魅力的な計画が並ぶが、伝統的な国家主導の宇宙開発のイメージから脱却しきれていない。アメリカもNASAが民間企業を使い、顧客となることで企業を支援してきた。日本も同様に政府が顧客として宇宙ベンチャーを支援できるようになれば、また新しい宇宙開発のあり方が見えてくるだろう。北海道大学教授

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