鈴木一人 『公研』2014年9月号「めいん・すとりいと」

 宇宙開発は長らく政府が主導し、国家の威信や国際協調、安全保障上の技術確保をめざして行われるものと思われてきた。しかし、近年に入り、そうした構図では理解できない、新たな地殻変動とも呼べる現象が生まれてきている。

 そのひとつはNASAの商業宇宙活動へのアウトソーシングによる民間宇宙開発の進展であろう。オバマ大統領が前任のブッシュ大統領が定めた月・火星探査計画を中止し、スペース・シャトルを退役させるなど、政府が推し進めてきた宇宙事業を縮小させる政策を展開している。その背景には、議会と大統領府のねじれの関係による、予算獲得の難しさがある。また、医療保険や移民問題など国内問題が山積し、宇宙開発を政府が進めるどころの状況ではない、ということもある。しかし、アメリカがこれまで手がけてきた宇宙開発をこの場で終わりにするわけにもいかず、窮地に立たされたNASAが進めたのが、より少ない予算で効率的に宇宙開発を進めるという、民間へのアウトソーシングであった。

 こうしたアウトソーシングが可能となったのは、アメリカ社会の中に宇宙を夢見る億万長者たちがいたからである。ペイ・パルというインターネット決済サービスから始まり、電気自動車のテスラ・モーターズを展開するイーロン・マスクのスペースX(ロケット開発)や、アマゾンの創設者であるジェフ・ベソスのブルー・オリジン(有人宇宙船開発)、ホテルチェーンで成功したロバート・ビゲローが創設したビゲロー・エアロスペース(ホテル型宇宙ステーション)などがその代表である。

 彼らはIT産業などで得た莫大な資金を基に、NASAや航空宇宙産業のエンジニアを雇い、一から民間資金によって宇宙機を開発しているのである。それに目をつけ、NASAは宇宙ステーションへの物資の補給を民間企業に任せ、ついで宇宙飛行士の輸送まで民間が行えるよう技術支援や安全性確保のプログラムを立ち上げている。

 さらに、これらの企業は、これまでボーイングやロッキード・マーチンといった「古い」宇宙産業が独占してきた国防総省との契約にも楔を入れようとしている。アメリカの軍事宇宙予算はNASAのそれと匹敵するほどの大きさがあり、「古い」宇宙産業は「親方星条旗」である軍事宇宙部門に依存してきた結果、大変効率の悪い、イノベーションの滞った状態が続いていた。しかし、NASAの予算同様、軍事宇宙予算も削減の対象であり、効率化が求められている。また、二〇〇七年の中国による衛星破壊実験に見られるような攻撃や宇宙デブリ(ごみ)との衝突による衛星の喪失は、アメリカの軍事インフラに大きな影響を与えるため、国防総省は巨大な衛星ではなく、小型の衛星を多数打ち上げることでリスクを分散するという新しい軍事宇宙インフラ構築の方針も打ち出している。その方針に適しているのは「大艦巨砲主義」の「古い」宇宙産業ではなく、「新しい」宇宙産業である。

 加えて、ウクライナ情勢に端を発するロシアへの経済制裁により、「古い」宇宙産業が依存していたロシアのロケットエンジンの輸入が出来なくなった。そのため、ロケットの全ての部品をロシア抜きで作ることが出来る新興宇宙企業のスペースXを使うべき、との声も出ている。

 このように、アメリカの宇宙産業では地殻変動が起きている。果たして日本はこうした新しい動きについて行くことができるのだろうか。北海道大学教授

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