鈴木 一人 『公研』2015年9月号

 2015年7月14日にまとまったイラン核合意は「歴史的合意」と評価され、欧米メディアでは大変大きく扱われたが、日本ではあまり大きな報道がなされた形跡はない。筆者は国連安保理のイラン制裁専門家パネルの一員として核交渉を間近で観察する機会に恵まれたが、欧米の熱気を目の当たりにしただけに、日本での無関心さに拍子抜けしてしまった。

 この温度差は何に起因するものなのであろうか。唯一の被爆国であり、核軍縮・核廃絶を願う日本でも交渉によって核兵器の開発を阻止し、少しでも核軍縮に近づくイラン核合意は歓迎すべきものであるはずなのに、そうした議論が盛り上がらないのはなぜなのであろう。

 それは、イラン核合意がもたらす政治的な意味が、欧米、特にアメリカと日本では大きく違うからなのだと考えている。アメリカにとって、イラン核合意とは一九七九年にイラン・イスラム革命で生まれた体制──すなわち宗教指導者を頂点とする、イスラム教の原理を国家の基本構造とし、その拡大をめざす体制──は、アメリカにとって既存の秩序を揺るがす脅威であり、核合意がその脅威を排除できるか否か、ということが問題となっている。アメリカが想定しているイランの脅威とは、主要な産油地帯である中東の秩序というだけでなく、アメリカの重要な同盟国であるイスラエルに対する脅威ということでもある。

 核合意反対派の人たちは、イランが核合意後もレバノンのヒズボラやイエメンのホーシ派などシーア派勢力を支援し、中東の秩序変更をめざしている現状を懸念し、核合意の履行が終わる15年後には核兵器開発に邁進して中東に覇権を唱えようとすることを恐れている。イランは国連や米欧の制裁に根をあげるほど苦しんでおり、その結果として交渉に応じたのだから、その制裁を継続すればイランを罰しつづけ、覇権主義を抑えることができると考えている。

 逆にオバマ政権は、制裁が効果を上げているのを見逃さず、核兵器と制裁の問題に限定して交渉を続け、159ページに及ぶ詳細な技術的制約や核査察の約束事を踏まえた合意を作り上げたのである。これはオバマ政権が発足した当初からめざしてきた「核なき世界」への重要な一歩であり、交渉によって核不拡散を成し遂げることができたという「歴史的合意」なのである。その結果としてのイランの覇権主義的な行動に対しては、オバマ政権は目をつぶり、イランの核開発を停止させることを最優先させたと言える。

 欧州は核合意成立直後から重要閣僚をイラン入りさせ、イギリスに至ってはハモンド外相がテヘランを訪問し、2011年以来閉鎖されていた大使館を再開して、制裁解除後のイラン市場への参入に強い意欲を示している。2010年の制裁強化以前にはイランと強い経済的つながりもあり、アメリカが議会審議でもたもたしている間に油揚げをさらっていこうと虎視眈々である。

 そんな流れの中で、日本では中東秩序の問題は非常に複雑怪奇でわかりにくいと二の足を踏んでいる。イランへの主要な関心事が石油などの資源の獲得であるため、イラン核合意への関心はあくまでも制裁解除の有無やタイミングに集中しているが、アメリカの出方を見てから動き出そうとする気配が強い。そこにはNPT(核不拡散条約)で定められた非核保有国の核兵器開発の禁止や中東における勢力均衡の問題などへの関心はほとんどと言ってよいほどない。イランは、そして中東は日本にとって政治的意味がないと言わんばかりの状態である。 北海道大学教授 

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