鈴木 一人 『公研』2018年3月号「めいん・すとりいと」

 年が明けて最初の海外出張はローマにある国際問題研究所で行われた、EUと日本の戦略対話だった。トランプ時代のアメリカ、ロシアの脅威、中国の台頭などを議題に、共通の価値を持つ日本とEUがどう連携できるかを議論したが、中でも盛り上がったのは朝鮮半島情勢を巡る議論であった。

 この会議にはイタリアに限らず、欧州各国からアジアを専門にしている研究者が集まっていたこともあり、参加者の北朝鮮問題に関する知識や理解はかなり高いレベルであった。しかしながら、彼らの朝鮮半島情勢を巡る見解は、日本からの参加者と大きく異なっており、その結果、議論は白熱した。

 彼らは北朝鮮との対話を強く支持しており、北朝鮮の核・ミサイル開発は交渉によって止められると固く信じているようであった。特に、日米が進める「最大限の圧力」に対しても懐疑的であり、北朝鮮の暴発や経済的混乱は望ましい結果をもたらさないという認識を持っていた。この点は、北朝鮮の脅威を強く感じている日本側の参加者にとっては大いに違和感があった。

 彼らの議論の背景にあるのは、第一にアメリカのトランプ政権に対する拭いがたい不信感である。度重なる同盟国軽視の発言やNATO首脳会議で見せた欧州各国に対する敬意の欠如など、冷戦期から築き上げてきた欧米を結ぶ信頼関係がトランプ政権の下では何の役にも立っていないことは明らかであった。北朝鮮問題に関してもトランプ政権は予測不能で、好戦的な姿勢を見せていると理解しており、それを止めるためにも、対話の重要性を強調すべきという認識があるように思えた。

 第二に、イラン核交渉の成功体験である。欧州各国、とりわけ英仏独は2002年からイランとの交渉を粘り強く続け、2015年のイラン核合意が成立するプロセスではオバマ政権と協力して、イランの核兵器開発を封じ込めることに成功したことを誇りに思っている。北朝鮮に対しても制裁を続けながら対話を呼びかけることでイランと同様の合意を得ることはできると信じているようだった。彼らの目には経済的に結びつきの強いイランの姿は大きく映るが、北朝鮮は遠く、直接の脅威でもないため、身近な参照事例であるイラン核合意のイメージを強く投射しているように見受けられた。

 しかし、なんと言っても大きいのは、欧州各国における民主主義や自由などの価値を重視した政治観であろう。これは北朝鮮と言うより、文在寅政権に対する評価に強く表れていた。ロウソク革命によって朴槿恵政権を引きずり下ろし、民衆の力で成立した文在寅政権は、欧州において民主的政権として高く評価されており、進歩的でありながら現実的な政策を展開し、南北対話により平和を追求する政権として認識されている。その文在寅政権が進める平昌五輪を南北融和のきっかけにするという選択は欧州から見れば理想的な問題解決方法のように見えているようであった。

 自らが当事者ではない欧州各国から見れば、北朝鮮の脅威は取るに足らないものであり、トランプ政権が歪んだ認識に基づいて脅威を誇張しているように見えるのだろう。もちろんそうした解釈は不可能ではないが、あまりにも日本から見たときの感覚とズレている。しかし、これが世界の現実であり、日本と価値を共有する欧州ですら、脅威認識を共有していない。北朝鮮が世界で孤立しているというのは、むしろ日本から見た時の偏見でしかないことを改めて実感した。北海道大学教授

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