鈴木 一人 『公研』2016年3月号「めいん・すとりいと」

 2015年7月にまとまったイラン核合意から半年という驚異的なスピードでイランによる合意義務の履行がなされ、2016年1月16日に制裁解除がなされた。これにより、イランは国際社会に復帰し、「普通の国」として原油取引などを復活させるだけでなく、これまで凍結されていた資産が解除され、イランは一気に経済改革に向けて進むことになりそうだ。

 欧州各国は新たに開かれたイラン市場を虎視眈々と狙っており、韓国やインドも前のめりになっている。日本も官民を挙げてイラン市場への参入をめざしているが、他国と比べるとやや腰が引けた印象は否めない。その最大の理由は、なんと言ってもアメリカの制裁がまだ残っているということにある。

 日本や欧州は国連安保理決議に基づき、イランを制裁していたがゆえに、根拠となる国連安保理決議が「履行の日(Implementation Day)」と呼ばれる制裁解除の日に合わせて廃止されたことで根拠を失い、それに伴い全面的に制裁を解除した。しかし、アメリカは一九七九年のイラン・イスラム革命以来、イランに対しては多層的な制裁を科しており、イラン核合意においても部分的な制裁解除で留めることを明記していた。

 そのため、制裁解除が適用されることになったのは「二次制裁(Secondary sanctions)」に限られ、「一次制裁(Primary sanctions)」だけが残ることになっている。二次制裁とは、日本を含むアメリカ国外の企業に適用されていたアメリカの制裁のことである。これまでフランスのBNPパリバ銀行や三菱東京UFJ銀行がこの二次制裁によって課徴金を課されるということがあったが、これが解除され、日本や欧州の企業がイランと取引をしてもアメリカの法律で罰せられることはなくなった。しかし、アメリカ国内に適用される一次制裁は継続するため、アメリカに本拠を置く企業はイランと取引をすることはできず(海外子会社を通じた取引は可能)、またアメリカを経由する取引も認められない。

 これで問題になるのはドルによる決済である。イランとの取引を国際金融システムを通じて決済しようとすると、ドルを使う場合、ほとんどが米国内の銀行を経由することになる。この際、アメリカの管轄権の中でイランと取引をすることになるため、アメリカの一次制裁の対象となる可能性が高い。加えて、アメリカは再保険制裁も継続しているため、イランとの取引でアメリカの保険会社と再保険契約を結ぶことができない。

 また、イランの革命防衛隊(IRGC)の関連企業と取引をする際も、アメリカの制裁の対象となるリスクがある。アメリカは核開発に関する二次制裁は解除したが、イランによるテロ支援や人権侵害に対する制裁は維持している。そのため、テロ支援の中核と見られているIRGCに対する制裁は継続されている。しかもIRGCは巨大な基金を運営しており、テヘラン証券取引所に上場する企業の30─40%とも言われる企業に出資している。これらがどこまでアメリカの制裁対象企業となるかは明白ではないため、イラン企業と取引する際にはIRGCの関与に関する調査が不可欠となっている。

 しかし、イランは人口の7割が35歳以下の若い国家であり、制裁によってインフラの老朽化や製油施設の不足が目立っており、外国からの投資や技術支援に飢えている。二月には国会議員選挙と最高指導者の罷免権を持つ専門家会議の選挙が控えており、経済改革を公約に掲げるロウハニ大統領と改革派の政治家たちは目に見える成果を求めている。アメリカの制裁のリスクやイラン国内の法制度の不備などいくつものリスクはあるが、アメリカ企業が参入できないうちにイラン市場に足がかりを作るのは魅力的でもある。北海道大学教授

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