『公研』2019年7月号「対話」

土屋 大洋・應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授×鈴木 一人・北海道大学公共政策大学院教授

宇宙とサイバーは新防衛大綱でも最重要課題に位置づけられた。
日本はどのような備えと考え方が必要になるのだろうか。
マルチドメイン時代の安全保障の姿を考える。

多次元統合防衛力と「ウサデン」

鈴木 今日は安全保障分野における宇宙・サイバーの役割をテーマにお話ししていきますが、まずは昨年12月に閣議決定された新しい防衛大綱(防衛計画の大綱)について考えたいと思います。土屋さんは有識者会議「安全保障と防衛力に関する懇談会」に参加されていますが、どんな雰囲気でしたか。

土屋 防衛大綱は10年間隔で見直すことになっていました。前回の見直しが平成25年でしたからまだ5年しか経っていませんが、安全保障をとりまく情勢が大きく変わっていることもあり、改定することになりました。前回との大きな違いは、内閣官房の国家安全保障局(NSS)ができてから初めての見直しだったことです。従来は防衛省が主導していましたが、今回はNSSと防衛省が協力してつくった。そういう意味では、首相官邸の役割が増したことが大きな違いだろうと思います。

 今回の防衛大綱は、多次元統合防衛力がキーワードになりました。この多次元は領域を意味しています。今日のテーマである宇宙、サイバースペースを含め陸、海、空の五つの領域があって、日本独自のものとしてそこに電磁波が加わりました。この六つの領域を統合させていくことが多次元統合です。

鈴木 最近では「ウサデン」という言葉が使われるようになっていますよね。宇宙(ウ)、サイバー(サ)、電磁波(デン)の頭文字を取った言葉です。多次元統合はクロスドメインやマルチドメインの和訳ですが、陸海空をまたがる統合運用の考え方は以前からありました。今回はそこに宇宙、サイバー、電磁波が加わったわけですが、大綱を読んでも多次元統合の姿はよく見えてこない印象を持ちました。

 伝統的に防衛大綱の別表と一緒につくられる中期防衛力整備計画(中期防)はお買い物リストでもあって、戦車何両、戦闘機何機といった数字を見ることで、やろうとしていることをうかがうことができました。その数字の積み上げがトータルの防衛力でもあった。けれども宇宙・サイバー領域は、従来の戦力とはやはり異質で、何を買うのかに注目しても意味がないですよね。コンピューターをどのくらい揃えたらサイバー攻撃に勝てるとか、宇宙防衛にどれだけの数の衛星が必要になる、といった考え方は馴染まない。今回の多次元統合のビジョンについて懇談会ではどのような議論がされたのですか。

土屋 懇談会では最初は「領域横断(クロスドメイン)」と言っていましたが、その言葉は

 アメリカではその時点ではやりが終わっていたんです。オバマ政権の時に散々使われて、アメリカ太平洋軍の司令官だったハリー・ハリスがいろいろなところで熱心に説得していました。空と陸を組み合わせるエア・ランド・バトルや空と海を合わせるエア・シー・バトルのように二つの領域をクロスさせる発想ですね。ハリスは来日する度に安倍総理と官邸で会っていましたから、そこから日本政府にこうしたアイデアが入ったのだと思います。

 トランプ政権に変わる前後から太平洋軍の幹部は、「マルチドメイン」という言葉を使うようになりました。これからの戦いは、五つの領域が一斉に動くことになるというわけです。ハリスの言葉を使えば、「陸軍がハッキングをしたり、陸軍が相手海軍の艦艇と戦ったり、あるいはミサイルを打ち落としたりする」と。領域が一斉にまざり合ったかたちで起きる戦闘が「マルチドメイン・バトル」です。バトルという言葉は戦場を想起させるので、最近はマルチドメイン・オペレーションと言いますが、マルチドメイン時代は平時から作戦活動が展開されることになります。一見すると平和でも、宇宙・サイバーの領域ではいろいろなことが起きています。

 それに対応して、アメリカはサイバーと宇宙分野にしっかりとした統合軍をつくりました。自衛隊も統合運用を重要視していると一生懸命に主張していますが、自衛隊には米軍と違ってコマンド(統合軍)がありません。ここが根本的な違いです。アメリカの陸海空、海兵隊、新しく創設される宇宙軍はいわゆる軍種としてのフォース(軍事力)です。実際に戦闘する際にはコマンド、統合軍をつくります。太平洋軍も統合軍の一つだし、昨年できたサイバー軍も統合軍の一つです。宇宙に関しては、フォースとしての宇宙軍とコマンドとしての宇宙軍の両方をつくろうとしています。

 鈴木 すでにコマンドのほうはできました。

土屋大洋・慶應義塾大学教授

 土屋 日本の場合は、コマンドをどうするのかという議論はあまり俎上に上がっていません。日米共同運用は防衛大綱の重要なテーマですが、米軍と共同でやる部分を増やすのであればコマンドの議論は避けて通れないはずです。今回の防衛大綱の別表には、最終的に「共同の部隊」という欄ができて、コマンドを意識したつくりになってきました。ただし、宇宙については航空自衛隊のなかに入っていて、必ずしも共同の部隊ではありません。将来的には、ウサデンをまとめた共同コマンドに近い部隊をつくるのだとは思います。

 鈴木 中国も宇宙、サイバーが入っている戦略支援部隊をつくりましたし、この流れが世界のトレンドになっていることは確かです。ただ、私が違和感を覚えているのは、自衛隊はいわゆる専守防衛を領域防衛で考える性格が根強く残っていることです。地理的な空間で区切って対応しようと考える。それから、自衛隊が国外に出ることに対してコンセンサスがあるわけではありません。他方で、サイバーと宇宙は空間的な制限がない世界です。衛星はぐるぐる地球を回っていますし、サイバーは世界中どこからでもつながってきます。そう考えると、日本の領域防衛の発想と宇宙・サイバーは、すごく相性が悪い気がするんです。従来型の領域防衛に対して、サイバーの専守防衛をするにはどのように考えればいいのでしょうか。

サイバースペースは物理インフラ

土屋 それはサイバースペースを何をベースにして考えるかだと思います。私は、サイバースペースは簡単に壊せると思っているんです。サイバースペースをどこかにぽかんと浮かんでいるようにイメージされる方がいますが、実際は端末ですよね。コンピューター、スマホ、ケーブルでつながっているのか無線でつながっているかは問わず、通信回線、そしてその先にあるサーバー(記憶装置)です。サイバースペースはそれらが組み合わさってできているだけのもので、物理インフラなんです。

 けれども、そのインフラの上に乗っかっているデータだけを見るとよくわからなくなってしまう。グーグルのGメールのデータはどこにあるのかと聞かれても、一般ユーザーはわかりません。ただし、設備はどこかにはあって、ぽかんと浮かんでいるわけではありません。端末、回線、サーバーは日本の主権下にあるわけですから、従来型の領域ディフェンスで対応できるのではないか。

 仮にそこへの物理的な攻撃があれば、それは単純な話ですよね。あるいはソフトウエア的な攻撃を受けたことで機能不全を起こすことになった場合でも、同じく管轄的な対応で片付けられるのではないか。日本は島国なので特殊ケースかもしれませんが、「自分たちの領海・領土内にあるサイバー施設は自分たちのものだ」と定義しやすいところがあります。

 アメリカの企業は世界中にサイバー施設を持っています。今まではそこへの攻撃についてはあまり意識していませんでしたが、トランプ政権になってからは「前方防衛」と言い出すようになっています。アメリカ国内に対するサイバー攻撃が起きる前に、自分たちはあらかじめ世界中のサイバー空間における監視をしておく。アメリカへの攻撃があらかじめ予見できた場合は、「それを潰す」と宣言してしまった。

 日本はそこまではできません。国内のサイバー関連設備に対して何らかの物理的な攻撃が起きた時には、通常の判断ができます。けれども、実際のサイバー攻撃は、そのほとんどが国際法で言うところの攻撃ではなくて、サーバーからデータを盗んだり、ソフトウエア的にユーザーの端末を使えなくしたりする行為です。もちろんこれらは犯罪ですが、紛争行為とはなかなか捉えられない。サイバー攻撃は広範囲に及んでいて、そのなかから「攻撃だ」と見なせるものを確定しなければなりません。この切り分けが重要になりますが、ここが難しい。

 なぜなら、グレーゾーンがものすごく大きいからです。いまサイバー空間ではサイバー・エスピオナージ(スパイ活動)がたくさんが行われています。中国やロシアの政府機関、軍、スパイ機関がアメリカなどの民間企業に対してサイバーを通じたスパイ活動を行っていて、アメリカはそれにかなり怒っています。企業からデータを盗んだり人々の頭の中をかき乱したりする行為が横行していますが、これらを紛争や武力行使と捉えることは難しいんです。日本もこの対処法を考えなければなりませんが、トランプ政権の前方防衛のような物理的な先制攻撃までは、考えを詰められていません。

鈴木 防衛大綱にウサデンが入ったのはそのあたりを意識しているのではないですか。防衛大綱は攻撃に対する妨害という原則だけが書かれていて、個別の対応についてはっきり書きたがらないですよね。解釈の幅を持たせていて、柔軟性を担保している印象があります。

土屋 もともと2014年3月にできたサイバー防衛隊は、対象範囲が非常に狭くて、自衛隊と防衛省のネットワークしか守れないんです。従来の解釈では、防衛出動命令がかからない限り自衛隊は民間の防衛には出ていけません。今回そこから一歩前進したのは、日本に対してサイバー攻撃を行っていることが特定できたのであれば、非常時に限りその相手を妨害できるとしたことです。これは防衛的ではありますが、日本がサイバー攻撃をできる可能性を残しました。

 今までは防戦一方でしたが、相手が何かやっていることがわかれば、国外であってもそれを潰しにいくことができる。ここには二つの制約があります。まずは非常時に限ることで、平時にはできません。それから相手が誰なのかを正確に特定したうえでなければ、反撃できません。サイバーセキュリティの世界では、誰に攻撃されたのかを確定することを「アトリビューション」と呼んでいます。日本はこのアトリビューション能力をどこまで持てるのかが今後の課題になってきますが、これはなかなか容易ではありません。例えば、北朝鮮から来ているように見えるサイバー攻撃が、実際は他の国が行っていたりします。それを北朝鮮からの攻撃だとこちらが判断して、防衛的なサイバー攻撃を行ってしまうと言いがかりになってしまう。

 アメリカはNSA(国家安全保障局)が高いアトリビューション能力を持っています。よく「日米同盟のもとで情報をもらえばいい」と言う方がいますが、そんな簡単に情報はくれませんからね。インテリジェンスの世界では、共有は交換を意味しますから、こちらがどれだけいい情報を持っているのかにかかってくる。

鈴木 ギブ・アンド・テイクですよね。安全保障を考えるうえで改めてポイントになるのは抑止の概念です。つまり、「やられたらやり返す」という懲罰的抑止によって抑止は成り立つわけです。日本はやり返すことには憲法上の大きな制約があるのでそれは想定せずに、やって来る相手をとにかく排除して追い返すかたちで専守防衛をやってきました。これを拒否的抑止と言います。このやり方では、こちらか相手がバテるまでずっと排除しつづけなければなりません。懲罰的抑止つまり、やり返すほうは基本的に米軍に頼ってきました。

 サイバーの分野はどちらかと言えば、専守防衛に向いているのだと私は思います。自分たちのサーバーやシステムを守ることがサイバー防衛の基本になるので、相手が来なくなるまでずっと守り続ける。これは拒否的抑止的な側面ですが、今回の防衛大綱では、「やり返す」という懲罰的抑止を取り入れました。問題はどうやってやり返すのかです。やられた時に、やり返す能力を持っていることをどのように示すのでしょうか。

土屋 それは、核ミサイル時代の抑止とはまったく違うものになるのだと思います。核抑止の世界では、自分たちが相手国を攻撃したときに、相手国の反撃によってどれだけの被害を受けるのかをお互いに計算することが重要です。第一撃能力、第二撃能力と呼んだりしますが、その能力を見極めるわけです。

 サイバーの世界ではそうした抑止は成り立たないのではないか。サイバー兵器を定義できたとして、それを持っているアクターの数はものすごく多くなります。大国であれ小国であれ、国家だけを考えていれば簡単ですが、それ以外の人たちもたくさんいます。そういう人たちとの間で抑止が成り立つのかと言えば、ほとんど成り立たないのではないか。誰がどれくらいの兵器を持っているのかが見えていないので、核ミサイル時代のような計算ができません。アメリカやイスラエルにサイバー攻撃を仕掛けたら、やり返されるだろうとみんな何となくわかりますが、アクターが小さくなると「こんな人たちはサイバー兵器を持っていないだろう」と油断してしまうかもしれない。そうなると、そうした勢力に対する抑止はほとんど効かなくなる。

 研究者のなかには、「米中間ではサイバー犯罪やスパイ行為が頻繁に行われているが、お互いに破壊的なサイバー攻撃は起きていない。だから抑止は効いている」と言う人もいます。ですから、大国間では抑制されるのかもしれません。けれども、ロシアが2016年の米大統領選挙で行ったような介入は、グレーゾーンのギリギリまで手を突っ込んでくる行為です。2018年のアメリカ中間選挙でもやはりロシアは同じようなことをやろうとしました。それに対してアメリカは前方防衛を本当に発動して、アトリビューションをやってロシア側から選挙に介入してきた人たちを突きとめています。その人たちに「お前がやっているのはわかっているぞ」とメールを送りつけたり、コンピューターにダイレクトにメッセージをポップアップさせて「やめろ!」と警告したりしています。さらには、彼らのネットワークを遮断することまでやって、かなりの成果を上げました。

 だから、そこまでの能力を持っている人たちは懲罰的抑止の能力を持っていると言えますが、日本はそこまでの能力を持っているとは少なくとも周りは見ていない。だからと言って、「持っていません」と言うのもおかしい。どれだけの能力を我々が持っているのかは、この世界では隠さなければなりません。もちろんサイバー攻撃は切り札ですから、普段はなかなかやらないとは思うんです。ただし、次に大国間で何かが起きた時にはそれが出てくると思います。クロスドメイン、マルチドメインの戦いが本当に始まった時には、従来型の抑止はもう効かないのではないか。

ハマスのサイバー攻撃に物理的に反撃したイスラエル

鈴木 この5月には、イスラエルがパレスチナのイスラム過激派組織ハマスのサイバー本部に対する攻撃を行いました。ハマスがサイバー攻撃をしているとイスラエルが判断して、しかも、サイバー攻撃が行われている施設を特定してミサイルで空爆しました。

土屋 ドローンからボンとやった。

鈴木 サイバー攻撃に対して物理的な反撃を行ったのは、これが史上初の事例ではないですか?

土屋 やったほうが認めた事例としては、最初だと思います。

鈴木 イスラエルとパレスチナのガザ地区のハマスは、長く紛争状態が続いていますからお互いのことをよくわかっています。イスラエルからすれば、「サイバー攻撃が来るだろう」と見張っていたら、「やっぱり来た」と。しつこくサイバー攻撃されていたので「とにかく根本から絶て!」という感じで攻撃してしまったのだと思います。

土屋 ハマスからのサイバー攻撃があってから、イスラエルは数時間で報復しています。そんな短時間でアトリビューションができるとは思えませんから、イスラエル軍は事前にかなり特定できていたのでしょう。私は現地を見てきたわけではありませんが、ミサイルを撃ち込まれた建物は特定のフロアだけやられていて、ビルは全壊していなかったそうです。付随的な被害をなるべく避けようとした意図をみて取れます。

 仮に日本が同じようなことをするのであれば、アトリビューションの精度に相当な自信がなければムリですよね。これは昔、本当にあった話ですが、北朝鮮のサイバー部隊が中国の天津のホテルに潜伏して、そこからサイバー攻撃を行っていたことがありました。それが暴露されて、中国政府がそこに手入れに行くことになりました。このケースで仮に日本側が事前にその情報を掴んだとして、ドローンを飛ばして天津のそのホテルにミサイルを撃ち込むことが可能なのか。

鈴木 まあ、ちょっと考えにくいですね。

土屋 中国がどう反応するのかわかりませんからね。日本がそこまでのことをやれるかどうかは、ずいぶん先の話なのだと思いますが、諸外国では同様のケースが増えるだろうと認識していて、いま国際法学者がイスラエルとハマスの事件をどう捉えるべきか激しく議論しています。

鈴木 今までの国際法では、もう現実が解釈しきれない状況ですね。陸海空のいわゆる物理的な戦力同士の戦いを制御するために戦時国際法があって、戦争時にはどういうことが許されて、何がダメなのかルールづくりしてきました。けれども今回のイスラエルの事例は、サイバー攻撃に対する物理的な攻撃という新しい現実を突き付けています。

鈴木一人・北海道大学教授

 もう一つ国際法上最大の難関と言えるのは、主権の問題です。先ほどの北朝鮮の例にしても、中国の天津のホテルから中国に隠れて日本を攻撃してくるわけですから、主権はぐちゃぐちゃになっている。これまでの紛争を例にとると、このケースでは中国は曲がりなりにも領域による管理で、北朝鮮の行動を認めたと見なすことができます。逆の立場で言えば、日本にいる米軍が北朝鮮に向けてミサイルを撃つことと同じです。物理的な攻撃は、その攻撃が行なわれた領域の地理的な管轄と結び付けられていました。つまり、原則的にそこを管轄している国家の責任で管理されているんです。

 ところが、サイバーや宇宙はそこがややこしくなる。北朝鮮の人たちが勝手に──もちろん中国は審査をして入国を認めているわけですが──中国に入ってきて何らかの設備を黙って設置して、日本にサイバー攻撃をしている。その際日本は、中国に対して攻撃するのが適切なのかどうか。現在の国際法で言えば、明らかに中国領域に対する日本の攻撃と見なされます。ですから、今の国際法の主権や管轄権という概念を使っている限り、北朝鮮のせいで日中戦争が始まってしまう。

土屋 考えてみると、9・11を引き起こしたアルカイダに対するアメリカの報復も似た状況だったのかもしれません。米軍はアルカイダが逃げ込んだアフガニスタンを攻撃しました。ブッシュ政権は、テロを引き起こす勢力の温床となったアフガニスタンのタリバン政権には責任があるという考え方で、アフガンへの攻撃を正当化した。そういう面では、先例がなかったわけでもない。

 ちょうど9・11が起きた頃にサイバー犯罪条約をヨーロッパが提唱して広がっていきました。ヨーロッパ主導だったので、アジア太平洋で批准したのは日本、オーストラリア、スリランカだけでした。中国も入っていないし、北朝鮮も当然入っていない。韓国、ロシアも入っていません。もしこの条約をすべての国が批准していれば、自国から発信したと思われるサイバー攻撃の挙証責任は、その国が負うことになります。つまり、日本から見て中国から来ているように見える攻撃は、それが北朝鮮によるものか中国によるものか特定できないにしても中国政府が責任を持って説明して、データを提供する義務が生じます。必要があれば、中国内のデータにも日本がアクセスできるようになります。条約ではそう決めていますが、もちろん入っていない国にそれを求めても意味がありません。ロシアや中国は「サイバー犯罪条約は主権の侵害である」と主張していて未解決のままです。

鈴木 9・11のアナロジーは納得ですね。現代の安全保障の世界では、領域を飛び越える脅威や手段がありますから、他国の主権を侵害することをいかに正当化するのかが求められます。テロリストを匿うことは犯罪であるからアフガニスタンへの攻撃は正当化される、というのがブッシュ政権の立場でしたが、それ自身もまだ国際法的には正当とされているわけではありません。

宇宙はゴミであふれている

土屋 それでは話題を宇宙に移しましょうか。宇宙は、上空何キロから先が全人類の所有ということになっているのでしょうか。

鈴木 実は国際法上は決まっていないんです。

土屋 領空は何キロまでと決まっていますよね。

鈴木 国によって80キロだったり、100キロだったりします。上空3万6000キロという国もあって、それを採用しているのはブラジル、コロンビア、エクアドルなどの赤道上にある8カ国です。今はもう有効ではないとされていますが、1976年にコロンビアのボコタで採択された「ボコタ宣言」があります。赤道上には地球の自転と同じスピードで動いている衛星があり、この衛星は地球上から見上げると、ずっと同じ方向に位置していることから静止衛星と呼ばれています。放送衛星や通信衛星を受信するアンテナは、一定の方向をずっと向いていますよね。

土屋 日本から見ると、ちょっと南の方角を向いていますね。

鈴木 日本の緯度は大体40度から35度ぐらいなので、アンテナを赤道のほうに向けて30数度に設定すると、衛星の電波が受けられる。赤道上の国は静止している衛星がある上空までが「自分たちの領空だ」と主張していて、そこに衛星を置いているやつらは「金を払え」というわけです。これがボゴタ宣言の考え方ですが、可哀想なことに世界的にはこの主張はほとんど無視されています。ネタのような話ですが、どこまでが国家の領空なのかきちんと定まっていないことを理解できる例だと思います。

 それから、宇宙空間では衛星は止まっていられないことも大事なポイントです。静止軌道にある衛星は、地球から見ればかろうじて止まっているように見えますが、基本的に衛星は縦横無尽に地球の周りを回っています。縦方向、横方向それから斜めに回っているのもいっぱいある。なので、宇宙の特定の空間を支配したり、区切って管理したりすることもできません。

土屋 軌道に所有権はないんですね。でも、みんなが勝手に衛星を上げていたらぶつかってしまいますね。

鈴木 当然ぶつかる可能性はあります。

土屋 それを防衛省はSSA(Space Situational Awareness:宇宙状況把握)として監視するわけですね。

鈴木 いま宇宙空間には、人工的につくられたものだけでも億の単位の物体が存在しています。そのうち役に立っている衛星は1400から1500ぐらいで、残りはすべてゴミ(デブリ)なんです。ほとんどが微小デブリと呼ばれる小さな破片で、SSAでも見えないレベルのものです。使い終わった衛星のような、見える大きさのデブリだけでも数万あります。

土屋 新しく衛星を打ち上げる時には、その億単位のデブリにぶつからないように計算するのですか。

鈴木 基本的には大きなデブリにはぶつからないように計算しますが、予定した軌道に打ち込めるかどうかは定かではなく、しばしばロケットに不具合や障害があって、狙ったところに必ずしも行けるわけではありません。それでも衛星が生きていれば、上がったり下がったり自分の力でコントロールして、予定軌道に入っていきます。

土屋 小さなデブリが当たっただけで大損害が出るとよく聞きますが、人工衛星が大破したというニュースは見たことがありません。

鈴木 それがいくつかあるんですよ。可哀想な事例がエクアドルです。2013年にエクアドルが国家事業として初めて打ち上げた「ペガサス」という衛星がありますが、軌道に入って2週間も経たないうちに微小デブリにぶつかって使えなくなりました。

デブリは兵器にもなり得る

土屋 そこにデブリがあることに気づいていなかったのですか。

鈴木 小さいデブリとなると見えないんですね。だから、衛星が止まった原因も正確には確認できなくて、「おそらくデブリだろう」としか言いようがない。ただし、電気系統の故障といった原因で機能が停止したとは考えにくい状態でした。いきなりボンッとシャットダウンしたので、「デブリに衝突したのだな」と判断されました。宇宙の場合は、サイバーとは違う意味でアトリビューションがすごく難しい。見えないものにぶつかる可能性があるので、機能が急に停止する事態に陥っても原因を突き止めることが困難です。攻撃された場合でも「あの国のせいだ」とはなかなか言えないところがある。

土屋 そうすると、事故だったのか攻撃だったのかもわからないことが多い。

鈴木 そうなんです。それこそSFのように聞こえるかもしれませんが、衛星の軌道がわかっていれば、そこにデブリをぶつけることで撃ち落とすこともできます。相当精度の高い計算が求められますが、やろうと思えばできないことはない。

土屋 地表を観察する軍事目的のスパイ衛星もありますが、その軌道は公開されていないのですか。

鈴木 公開されていませんが、観察していれば特定できます。今はアマチュア天文家でもスパイ衛星を追いかけているマニアがたくさんいます。もちろん衛星は移動できるので、そこにデブリをぶつけようと計算しても回避できる可能性はあります。ただ、デブリ攻撃は何回も繰り出して一回当たればいいわけです。その気になればデブリなんていくらでも放出できますからね。もちろん、そんなことをやる国は、今のところはありません。

 宇宙空間のややこしさは、仮に日本の民間企業が運用している衛星が攻撃されたとしても、それを日本への攻撃と見なすことができるかどうか議論が残るところにもあります。公海で船が攻撃された場合であれば、船籍によってその国の法律が適用されることになっています。日本の商船会社の船であってもパナマ船籍だったり、トリニダード・トバゴ船籍だったりしますよね。置籍船という考え方です。日本の船会社が持っている船であっても、そこは形式的にはパナマの領土みたいな格好になっているわけです。

 ところが宇宙の場合は、この置籍船のような概念もないんです。一応「打ち上げ国」という概念はあって、ロケット打ち上げは国の事業としてライセンスを与えていますから、国が責任を持っています。けれども、そこに載っている衛星にも主権が延長されると見なせるかどうかは議論の余地があります。

 さらにややこしいのは、国際的に出資した企業によって打ち上げられた衛星が増えていることです。日本にはあまり例がありませんが、アメリカの企業がイギリスの製造工場で衛星をつくり、南米の仏領ギアナから打ち上げたロケットにその衛星を載せていたりします。この衛星は、打ち上げはフランス、電波はアメリカ、衛星の輸出はイギリスがそれぞれライセンスしていたりします。さらにはそのオペレーションをカナダで行っていたりもする。そうなると、どの国の衛星なのか明確にすることは難しくなります。船舶における船籍のような明白な旗がないケースが多くて、意外に難しいんですよね。

土屋 その衛星が誰かによって攻撃された場合には、アメリカもフランスもイギリスもカナダも「自分の国の衛星が攻撃された」と言うかもしれない。理論上はあり得る。

鈴木 アメリカは「攻撃だ」と言って、イギリスは「事故だ」と言う可能性もありますね。

土屋 日本の国土交通省には、航空・鉄道事故調査委員会がありますが、宇宙事故調査委員会のような国際機関はないのですか。

鈴木 ありません。ただ、そういう事故調査委員会、広い意味でのSTM(Space Traffic Management:宇宙空間の航空管制)が必要だという議論は活発になっています。「危ないからよけなさい」とか「あなたはこの軌道に入りなさい」といった管理をするべきだと。けれども、どのようにやるのかについてのコンセンサスはありません。飛行機の航空管制はICAO(国際民間航空機関)という国際機関があって、統一的なルールを運用しています。宇宙でもICAOモデルが有力になるのではと見られていますが、具体的な議論をするとなると難しい問題が出てきます。

 例えば、軍事衛星やスパイ衛星を適用除外にするのかどうか。ICAOはあくまでも民間航空が対象なので、羽田空港が管理する空域は統一ルールが適用されますが、横田基地の空域は米軍が管轄していますから適用除外になります。空域でスパッと分かれていて、ここからここまでは軍の管轄であるという区切りが明確に存在しているんです。ところが、宇宙では空間で分けることがすごく難しくてスパッと分けられないんですよね。軍事衛星であっても民間の衛星であっても、ぶつかる時はぶつかりますから管理しようがない。

アメリカの宇宙軍創設の狙い

土屋 アメリカは統合軍としての宇宙軍創設を決めました。今までも宇宙に関しては、戦略軍の中で一生懸命やっていましたが、フォースとしてもコマンドとしても独立させると言っています。ただ、何をやろうとしているか今のところよくわかりません。

鈴木 軍にとって宇宙はインフラなんですよね。つまり宇宙でコンバットができるわけではないんです。宇宙に戦車やミサイルがあるわけでもなくて、当然ドンパチやるわけでもない。

土屋 レーザー兵器なんて言うのは、まだSFの世界ですか。

鈴木 まだまだSFですね。レーザー兵器はものすごい電力を消費するので、莫大なエネルギー源を持たなければなりません。衛星でやろうとすると、とてつもなく巨大なものが必要になります。最近では粒子兵器というさらにSFチックなアイデアがあって、宇宙空間を飛んでいる弾道ミサイルを粒子ビームで撃ち落とすようなイメージです。理論上は不可能ではないが、これも現実的にはまずあり得ません。

 それではなぜ宇宙軍が必要なのかと言えば、一つは宇宙空間が死活的なドメインになってきたことがあります。今は、ドローンを飛ばすにしても衛星を通じて指示を出しています。アメリカ軍はアフガニスタンでもアデン湾でもベネズエラでもドローンを飛ばしていますが、そこまで行って操縦しているわけではなくて、衛星を通じてアメリカ国内から指示を出しています。操縦自体も衛星がないとできません。

 ミサイルもそうです。ピンポイント攻撃と言われるGPSによる精密誘導攻撃はすでにいろいろな国で使われていますが、GPS衛星がないと精密攻撃はできません。相手国で今何が起こっているのかを知るためには、偵察衛星が必要になります。ですから気象、通信、測位、偵察などいろいろなところで宇宙はインフラとして決定的な役割を果たしています。

 その結果、陸海空、海兵隊が必要に応じて勝手に宇宙インフラを整備することになって、それぞれがバラバラのかたちで技術開発や人材配置も含めた様々な調達が行われてきました。いま国防総省の中で宇宙に関する調達をする部門は60以上あるんです。だから「宇宙軍が必要だ」という人たちは、そのほとんどが組織の合理化を理由にしています。

 これまでは空軍やアメリカ戦略軍が中心になって衛星の技術開発を行っていましたが、これからは宇宙軍がそうした役割を調整することになります。そのための専門家を育てるためにも宇宙軍の創設が必要になったわけです。

土屋 つまり宇宙で戦争するのではなくて、実態としては宇宙インフラ防衛隊だと思っていればいいんですか。

鈴木 「宇宙インフラ防衛隊」プラス「宇宙インフラ開発隊」ですね。

土屋 それでは、宇宙から地上を攻撃しようという狙いはないと見ていいんですね。

鈴木 宇宙から地上を攻撃することは、宇宙条約の原則上難しいんです。軌道上に大量破壊兵器を置いてはならないことになっています。仮に宇宙から地上を攻撃するのであればミサイルが使われることになりますが、その使用は禁止されています。レーザー攻撃は大量破壊兵器ではないという理屈も立てられないことはありませんが、先ほど説明したように現実的な選択ではありません。

 衛星は常に地球の周りをぐるぐる回っているので、ある特定の地域を通り過ぎるのは一瞬です。衛星は地球を大体90分で一周しますから、地上から見ると地平線から出て地平線に消えていくまで長くて15分ぐらいです。その間にピンポイントでそこを狙って攻撃することはかなり難しいですね。それをやるくらいならドローンを飛ばしたほうがよっぽどましです。

自衛隊は宇宙で何ができるのか

土屋 自衛隊も宇宙部隊をつくることになりました。自衛隊が宇宙でできることは、先ほどの宇宙監視(SSA)以外には何があるのでしょうか。

鈴木 自衛隊がやるのは今のところ基本的にはそれだけです。ただ防衛省が持つ衛星の宇宙監視施設は、世界的なSSAネットワークの一部をなす重要な役割です。日本の衛星だけではなくて、世界中の衛星を監視して衝突を避けるべく情報を集めることになります。アメリカは宇宙を軍事目的で猛烈に使っていますから、日本との間にはやはり大きな格差がありますね。

 防衛省は長いことを宇宙を使ってきませんでした。今でも通信衛星を2基使っているだけです。これにしてもPFI(Private Finance Initiative)ですから、民間企業がお金を出して防衛省のためにつくった衛星を、防衛省がサービスにお金を払って使わせてもらっている格好になっています。ですから、防衛省が所有して運用している衛星はありません。日本の軍事は、宇宙とはこれほど縁遠かったわけです。ここには大きな理由があって、冒頭にお話しした日本の領域防衛的な考え方と密接に関わってきます。米軍は世界中で展開しているので、領域で区切って一々線を区切るわけにはいきません。逆に自衛隊は国外に出る前提がないので、インフラ自体も地上ものでほとんどが賄えてしまうんです。

 将来的に宇宙システムを使って、自衛隊が中国国内でドローンを飛ばすような作戦を実行するのかと言えば、そういうことはとても考えられない。なので、宇宙は必ずしも必要とは考えていなかった。自国の領域だけ見られればいいのであれば、GPSのようなグローバルなシステムは要りません。日本を中心に回っている準天頂衛星があれば、それで十分だとも言えます。

 ところが、「これから宇宙は不可欠だ」と盛んに議論されるようになりました。確かに日本のミサイル防衛には早期警戒衛星が必要だし、私も宇宙は不可欠だと考えています。けれども、米軍が防衛のためには宇宙が決定的に重要だと考えているほどではありません。米軍が言っているから、「日本も宇宙が必要だ」と言っているニュアンスはある気がしているんですね。

 防衛大綱では宇宙、サイバー、電磁波の三つが目玉のように扱われましたが、実際に必要とされているのは、サイバーだけなのかもしれません。

土屋 とは言え、最近の発表では自衛隊は航空自衛隊の中に宇宙関連の職種をつくると言っています。懇談会での議論でも宇宙がそんなに軽視されている感じはしませんでした。今回、宇宙が入ってきたのは政治家の強い意思だったと思います。それがアメリカからのインプットだと考えれば、おっしゃる通りかもしれないですけれどもね。

 仮定の話ですが、日本の準天頂衛星が何らかのかたちで攻撃されたとしたら、自衛隊はどのように対応するのでしょうか。

鈴木 まずはアトリビューションをとることになります。宇宙で何が起きたかを把握して、準天頂衛星に起きたことを証拠として持たなければならない。これが基本になります。何をするにしても、情報が必要になる点ではサイバーと一緒です。

 次にこのケースが攻撃だったかどうかを判定することになります。そして、攻撃されたと断定できた場合にどうするか。これはもう防衛出動に踏み切るかどうかという大きな話になります。しかし、そこから先にもハードルがあります。一つは、準天頂衛星への攻撃が日本の主権に対する攻撃として防衛出動に値するのか、それを正当化できるのかを判断しなければなりません。今の自衛隊法や防衛大綱だけを見ても決断しきれないグレーゾーンが残りますから、最終的にやり返すに至るまでには日本にはまだ整理しなければならないことがあります。

 いずれにしてもまずは、情報を集める力を持つことです。いま自衛隊はSSAを通じて宇宙情報把握能力を高めてアトリビューションできる組織に構築しようとしていますが、まだまだ始まったばかりです。
平和国家だからこそインテリジェンスが必要になる

土屋 サイバーも宇宙もインテリジェンス能力を持つことが重要だと言うことですね。あまり注目されませんでしたが、今回の防衛大綱には「全領域におけるISR能力を高めます」と書いてあります。ISRは(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)の略で、インテリジェンス、監視、偵察を指しています。全領域は宇宙・サイバーを含めたマルチドメイン化を想定しているのだと私は理解しました。

鈴木 何をするにしてもまずは情報ですね。インテリジェンスがなければ、どう反応していいのか判断できません。伝統的にインテリジェンスをやってきたアメリカ、ロシア、中国、ヨーロッパなどと比べると、日本はインテリジェンスへの感度がすごく低い気がしています。

土屋 インテリジェンスを「スパイ活動」と見なして嫌がる人が多い印象がありますね。けれども、遠くを見る望遠鏡としての目、火薬の臭いをきちんとかぎ分けられる鼻、そして悪いことをたくらんでいる人たちの話を聞ける長い耳を持つことは平和国家日本だからこそ重要だと思うんですよね。

鈴木 日本は平和国家であろうとすればするほど、インテリジェンスは大事になると私は思っています。日本は、憲法第9条で国権の発動としての交戦権を否定しています。つまり、戦争をしないで国際紛争を解決するのが9条の考え方です。けれども、国際的な揉めごとは必ず起きます。それを解決する手段として武力を使わないというのが9条です。武力を使わずに国際紛争を解決するのは、実際にはかなり難しいんですが、日本はそれを使わない以上、話し合いや外交、経済制裁などで圧力をかけることで状況を変えるしかありません。そうすると、相手が何を考えていてどういう行動を取るのか、弱点はどこにあるのか、そして何となら取り引きできるのか。それがわからなければ、相手と有利に交渉しようがないんです。その情報を掴むためには、やはりインテリジェンスが必要です。

 インテリジェンスを毛嫌いするようになったのは、ハリウッド映画を観過ぎていることも影響していますよね。映画にCIA(アメリカ中央情報局)やMI6(英・秘密情報部)が出てくると、ところ構わず爆弾を投げたりピストルを撃ったりしますが、インテリジェンスってそういうものじゃないですから。

土屋 実際はもっと地道ですよね(笑)。

鈴木 CIAは過去にチリのアジェンデ政権を転覆させたり、クーデターや革命を主導したりした工作活動の歴史もありますが、そういうことを日本がしようというわけではない。

土屋 ああいう工作活動とインテリジェンスは切り離したほうがいいですね。日本は、ああいうことはやるべきではありません。

米中覇権争いの行方とEMP攻撃

──宇宙やサイバーを舞台に米中の覇権争いが行われるのではないかと懸念する人もいますね。

鈴木 私は覇権という表現には違和感を覚えるんです。宇宙を空間的に支配することはできませんからね。打ち上げた衛星の数や月に人を送り込んだ数を競うというレベルでの競争はあるでしょうが、それが覇権を意味するのかと言われると疑問です。覇権というのは、例えば制海権や制空権のように相手を一定の区域から排除する概念が入っていると思います。つまり、「ここからここまではオレのものだ。お前らは入ってくるな!」といった主張が受け入れられる具体的な範囲を有することだと思うんです。けれども、宇宙は無限ですから必ず隙間があって排除することはできない。

土屋 ただ、中国では「制天権」という言葉を使う人が出てきていますよね。制空権や制海権のアナロジーで宇宙を支配、コントロールすることをイメージしているのだと思います。これは素人的な考え方ですが、アメリカのGPSを撃ち落としていって自分たちの北斗だけは生き残らせるようにすれば、地上での軍事的なオペレーションで圧倒的に優位に立てるということは考えているのではないか。宇宙利用を独占するイメージです。

鈴木 なるほど。サイバーの世界では、サイバー利用を独占できると思いますか。

土屋 「制脳権」と言う人もいますが、サイバー機器を独占的に利用するのではなくて使っている人たちの頭の中にどれだけ忍び込んでいけるかを狙っているのではないか。我々はサイバー機器を使って情報などをやり取りしているわけですが、その情報自体を操作してしまえば使っている人の考えや判断を変更することもできます。それをやられるとかなり困った事態になるかもしれません。

 アメリカはオープンな社会であって言論の自由を標榜していますから、その看板を降ろすことはできません。その言論の内容自体が中国やロシアによるオペレーションによって改竄されることになれば、どうやってそれを止めたらいいのかわからなくなります。ましてや使っているチップに仕込みがあって、自分たちの隠しておきたい情報まで盗られていくことになれば、とてつもない恐怖です。

鈴木 そうしたコンテンツや認識、人の頭の中に影響を及ぼすことは、インフラに対する物理的な攻撃や支配とは違う概念ですよね。たぶん制天権も似たニュアンスがあって、一つは衛星をすべて停止させるとインフラ自体が全部止まってしまうことになります。つまり、中国にとっても不都合になる部分が相当ある。もう一つは、宇宙ではプレーヤーが多いので衛星を持っているのはアメリカだけではありません。GPSが撃ち落とされても、ヨーロッパのガリレオや日本の準天頂衛星がありますから、すべてを機能停止に陥れることはかなり難しいのが現実だと思います。

 今日は電磁波の話には触れませんでしたが、宇宙利用を完全に機能停止にさせることが可能なのは、EMP(Electro Magnetic Pulse:電磁パルス)攻撃ではないかと思います。宇宙空間で核爆発を起こすことで、電子機器をすべて焼き尽くすわけです。仮にこれを本当にやったら、アメリカも中国もすべての電子機器が一気に焼けてしまうので宇宙空間は誰も使えなくなる状態を生むことができる。けれども、こんなのは制天権ではなくて単なる抹殺でしかない。だから、実行する可能性は極めて低いと思っています。そういう意味では、相手の衛星だけを利用できなくすることは難しいと思いますね。

土屋 ハワイの州軍を見学したことがあるんですが、そこには鉛で囲われた部屋がありました。その中に通信機器がきちんと置いてあるわけです。ハワイでは1962年の核実験の際にEMPと同じことが起きた経験があるから、それに備えた対応をしているんです。ただ、アメリカ全土や日本全国でEMP対応をすることはできないでしょう。

鈴木 無理だと思います。

土屋 EMPは核爆発のように人間が一瞬にして死ぬわけではなくて、じわじわと社会を破滅させていく方法です。実際には使いにくい大量破壊兵器ですが、だからと言ってそれを無視していいわけではありません。今はスーツケースサイズに小型化されて核爆発を起こさないEMP装置が出てきています。それを大事なサーバーが入った施設に置かれたりすると、そこがやられてしまうことはあり得る。私自身は、そうした小型化されたテロ的な使われ方がなされることを心配しています。恐怖を煽るわけではありませんが、過去の歴史を振り返れば予測もしていなかったことが起きてきたことは、頭の片隅に置いておくべきだろうと思います。

鈴木 想定外はもう言い訳にはなりませんから、どれだけ実現性が低いとしても頭の体操をしておく必要はありますね。 (終)

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授 土屋 大洋
つちや もとひろ:1970年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、同大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部助教授、マサチューセッツ工科大学(MIT)国際関係研究所客員研究員などを経て2011年4月から現職。著書に『アメリカ太平洋軍の研究──インド・太平洋の安全保障』『サイバーセキュリティと国際政治』など。
北海道大学公共政策大学院教授 鈴木 一人
すずき かずと:1970年生まれ。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大学大学院人文社会科学研究所准教授、北海道大学公共政策大学院准教授などを経て、2011年から現職。13年12月から15年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書に『宇宙開発と国際政治』など。

 

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