鈴木 一人 『公研』2018年9月号「めいん・すとりいと」

 筆者は自他共に認めるサッカー好きで、今年のロシアワールドカップ(以下W杯)は出張で見られなかった数試合を除いて全試合テレビ観戦し、ツイッターで観戦雑感などをつぶやくことで日頃のストレスを発散させていた。今年のW杯はスペインのティキタカ(短いパスを回してボール保持率を高めて試合を支配する)サッカーの終焉、フランスやベルギーに見られたカウンターサッカーの進化、日本を除くアジア・アフリカ勢の一次リーグ敗退など、話題に事欠かないが、曲がりなりにも国際政治学を学んでいるものとして、少し違った角度からW杯を見てみたい。

 今回のW杯で興味深かったのは、まずロシアがホスト国として完璧に仕事をしたという点であろう。ロシアはクリミア半島併合とウクライナ東部の紛争への関与により、アメリカやEUから制裁を受けている。またここ数年、シリアにおいてアサド政権を支持し、アメリカにおけるスパイ容疑で外交官が追放され、イギリスでは化学兵器を用いてスパイを殺害した容疑がかかっている。さらには、アメリカや欧州各国の選挙に介入するなど国際政治では様々な問題を抱え、欧米と対立するロシアだが、そうしたことを一切感じさせないホスト国ぶりであったことは大いなる驚きであった。下手をすれば欧州各国(アメリカは北中米カリブ海予選を突破できず)がW杯をボイコットするということすらあり得たのに、決勝戦ではフランスのマクロン大統領がスタジアムで優勝を喜ぶ写真が出回るなど、制裁対象国でのW杯とは思えない雰囲気を作っていた。

 次に、スイス対セルビア戦でのゴールパフォーマンスも興味深かった。この試合で得点を挙げたスイス代表のグラニット・シャカ選手とジェルダン・シャキリ選手は共にアルバニア系であり、コソボにルーツを持つ選手である。彼らが得点後に両手を重ねたジェスチャーをしたのは、アルバニア国旗にある鷲を表したものと見られている。対戦相手のセルビアはコソボの独立を認めておらず、1990年代の終わりにはコソボ紛争で戦った相手でもある。両選手の家族はその時に難民としてスイスに逃れてきた人たちであった。W杯では政治的な主張をすることは認められていないため、両選手は罰金を科されることになったが、一見、紛争当事国の対戦ではないように見えても、難民の子弟が代表として選ばれるようになると、こうした複雑な問題が出てくる。

 このような移民や難民にルーツを持つ選手が話題になるのも、今回のW杯の一つの特徴であった。かつて1998年のフランスW杯で優勝したフランス代表も人種的に多様性のあるチームだったが、欧州各国に吹き荒れるポピュリズムの嵐は、賞賛の対象であった多様性による統合というイメージを吹き飛ばし、負けたら移民・難民系の選手が非難される傾向を強めた。W杯後にベルギーのルカク選手(コンゴ民主共和国にルーツを持つ)が手記を発表し、勝てば英雄だが負ければ移民の子として蔑まれるという現実を綴った。また、ドイツで10番を背負うエジル選手(トルコにルーツを持つ)は、トルコのエルドアン大統領との関係が取り沙汰され、代表引退を表明した。

 国を代表して戦う選手達は、国民統合の中核にもなるが、そこに人種問題が入り込むことで「国民国家」とは何かという問いをあらためて投げかけている。ただサッカーの世界ではW杯で4位となったイングランドのように、必ずしも「国家」と「国民」が一致しないという事例もある。W杯の視聴率が99・6%、スタジアムに人口の9%が集まるアイスランドのような「国民の一体感」を得られる国家はもうごくわずかしか残っていない。北海道大学教授

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