鈴木 一人 『公研』2015年3月号「めいん・すとりいと」

 現在、出張でヨルダンの首都アンマンを訪れている。言うまでもなく、ヨルダンは「イスラム国(ISIS)」との戦いの最前線にあり、二人の日本人人質が殺害された事件の現地対策本部が置かれた場所である。またヨルダン軍のパイロットが殺害されたこともあり、怒りや混乱、テロの恐怖に満ちた街になっているのではないかと思いながら空港に降り立った。

 確かに、旧市街の商店にはISISに殺害されたカサースベ中尉のポスターが貼られ、タクシーに乗れば「日本人人質が二人もISIS(アラビア語ではダーイシュ)に殺害されたことをお悔やみ申し上げます」といった声をかけられた。しかし、怒りや恐怖といった感情を直接目の当たりにする機会はほとんどなかった。「親日国」として知られるヨルダンだが、石油による収入もほとんどなく、北にシリア、東にイラク、西にイスラエルを抱える国だけに、国際社会との関係を大事にしなければ生きていけない環境の中で、日本に限らず多くの国の人達とうまくやっていく術を知っている強かな国でもある。また、古くからいるパレスチナ難民に加え、シリア内戦で新たに百万人単位の難民を受け入れている国でもある。そうであるが故に、当初はISISとの戦いも国際社会との協調のためにしぶしぶ参加するというニュアンスが強かったが、カサースベ中尉の殺害によって、国民が総意でISISとの戦いを後押しする雰囲気は感じられた。

 だが、ヨルダン国内は至って平穏であり、アンマンの人々も普段と変わらない生活を続けている。ちょうどバレンタインのシーズンだったこともあり、レバノンの有名歌手によるバレンタインコンサートなど、様々な催しを多くの人が楽しんでいた。しかし、ホテルやタクシーの運転手に聞くと、これまでヨルダンが対ISIS合同軍に参加していることを知らなかった外国人も、カサースベ中尉が殺害されたことが国際ニュースになると旅行をキャンセルし、観光客が大幅に減少したと語っていた。ペトラ遺跡など、ローマやビザンチン、ウマイヤ朝の様式が混在した遺跡が数多くあるヨルダンにとって観光収入の減少は大きな打撃となっている。

 観光収入に依存するヨルダンは、あちこちで無料Wi-Fiにアクセスすることができる。二千年以上前に作られた遺跡の前でもWi-Fiにアクセスすることができ、観光客は撮ったその場で写真をフェイスブックなどのソーシャル・ネットワーク(SNS)にアップすることができる。SNSに写真を掲載すれば、それを見た別の人もヨルダンを訪れたくなるという算段なのだろう。二千年前の人類の英知にも驚愕するが、その遺産を現代の技術でビジネスに結び付けているのを見ると、人類社会は絶え間なく進歩を続けながらも、本質的なところではあまり大きく変わっていないのではないかと考えさせられる。

 最後に、ヨルダンの観光地を見て興味深かったのが、遺跡の修復事業に資金提供しているのは米国政府であり、説明書きには「米国援助庁(USAID)」の札が貼ってあったことだ。キリスト教とイスラム教の文化融合の象徴としての遺跡を修復するのは米国の外交政策にも合致するという判断なのだろう。援助に頼るヨルダンと異文化融合を政策として進めたい米国の、ISISとの戦いとは違う関係の深さを感じさせるものであった。果たして日本は「親日国」ヨルダンとどんな関係を築くことができるのだろうか。北海道大学教授

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