『公研』2024年11月号「めいん・すとりいと」

 

 史上まれにみる接戦と言われ、勝者を決定するまでに数日、もしかすると数カ月要するかもしれないと言われていたアメリカの大統領・議会選挙は、あっさりと決着がついた。

 激戦州と呼ばれる七つの州、特にその中でも最大のペンシルバニア州でトランプ前大統領が勝利した時点で勝負あった。上院選ではもともと民主党に不利な状況だったが、現時点で3議席が民主党から共和党に移ったことで、上院でも共和党が多数となることが決まった。本稿執筆時点ではまだ確定していないが、おそらく下院も共和党が多数となる見込みである。

 さらに、最高裁判所はすでに保守派が6人、リベラル派が3人と保守派多数の状況であるが、リベラル派のソトマイヨール判事も体調が悪く、トランプが大統領のうちに引退となるかもしれない。そうなった場合、司法、立法、行政の三権がすべて共和党・保守派で占められることになり、最高裁判所に関しては、場合によっては数十年にわたって保守派が優位となる。

 このような結果になったのは、2016年、2020年の時よりも組織化が進み、選挙戦術が洗練されたトランプ陣営の地上戦(戸別訪問など)と空中戦(テレビCMなど)の強さというところもあるが、民主党が極めて弱かった、ということが主たる要因だろう。現職大統領であるバイデンが高齢批判にさらされている中でも撤退せず、民主党大会直前になって撤退したことで、ハリスに十分な政策を練り上げる時間も、組織を再構築する時間も与えなかったという問題はある。

 しかし、それだけでは上下両院で共和党に多数を許すことは説明できない。おそらく、民主党が勝てなかったのは、人々が問題としている物価高と不法移民の問題について、有効な手を打てず、政策の失敗の責任を取らされたことと、リベラルな価値観を前面に出して移民問題をはじめとする社会的課題に効果的な対処が出来なかったからであろう。

 民主党陣営の戦術としては、共和党・保守派がひっくり返した人工中絶を認める最高裁判決に焦点を当て、女性票を集めることと、リベラルな価値が新たな未来を拓くという希望を示すことであった。しかし、これらの政策は生活苦に直面する人たちには全く響かず、多くの州において、民主党から共和党への大きなスウィングが見られた。つまり、この選挙で負けたのは、民主党が頼りにしてきた、リベラルな価値を前面に出してアメリカが世界の価値規範をリードするという自己意識だったのである。

 逆に、トランプはこうした人々の声を拾い上げ、インフレと移民の問題に集中したことで、通商政策など、他の政策がめちゃくちゃであっても、自らの価値観や問題としているイシューに応える政党に投票した、と考えることができる。言い換えれば、今やアメリカの選挙は有権者が持つ個別の問題にピンポイントで答えを出していれば、全体の政策の整合性が取れなくても選挙に勝てる、ということを意味する。つまり人々はきれいに整ったコース料理を食べたいのではなく、カフェテリアで好きなおかずを好きなだけ食べるような政策選択をしているのである。

 新大統領は、こうした有権者の選択を束ね、政策として練り上げていく必要があるのだが、トランプ陣営はそうした面倒なことをせずに、その後のことを考えずに、場当たり的に政策を展開するだろう。しかし、アメリカは世界最大の経済であり、世界最強の軍隊を持つ国である。その国が場当たり的な政策を展開すれば、おのずとその影響は世界に広がっていく。しかし、トランプ政権にそのような気遣いをする意図は全く見られない。

 つまり、我々は、カフェテリアで好きな料理を山盛りにして食い散らかす大食漢を注意深く観察し、そのとばっちりを受けないよう身構えるほかないのである。

東京大学教授

 

 

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