『公研』2018年7月号「対話」

鈴木 一人・北海道大学教授×遠藤 乾・北海道大学教授×池内 恵・東京大学教授 

トランプ大統領はアメリカが「世界の警察」の役割から降りることを表明している。
政権発足から1年半が経ったいま、世界秩序はどのように変容しているのか。
イラン核合意からの離脱、米大使館のエルサレム移転などの動きのあった中東から考える。

「大人たち」がいなくなりトランプらしさが出て来た

遠藤 トランプ大統領は、アメリカが「世界の警察」の役割から降りることを表明して大統領選に勝利しました。トランプ政権の発足から1年半が経ちましたが、実際の世界秩序がどのように変容しているのか。中東の現場を例にして考えていきたいと思います。

 アメリカが世界から実質的に退いていくことは、オバマ政権でも見られたことですから、その意味では前政権を継続しているとも言えます。しかし、トランプ政権の新しさは、規範的にも撤退していることです。オバマ氏はアメリカが主導する「正しさ」を掲げ続けたが、トランプ氏はそれを放り投げて、アメリカにとっての損得を第一にするとした。それが実際の国際政治にも影響を及ぼしている。政権の最初の1年間の外交政策は、わりと継続の面が強くて、「意外とまともだ」という意見も見られました。けれども、今年に入ってからは、いよいよ本音の部分が出てきたように思います。

 中東に目を向けると、5月にはイラン核合意からアメリカが離脱を表明し、イスラエルの米大使館をテルアビブからエルサレムに移転させます。選挙戦から主張していた政策ではありますが、「本当にやってしまうのだな」という衝撃を与えることになりました。「正体が現れて来た」という感じがあって、継続よりも断絶の方向で話を組み立てないと説明が付かない状況が出てきた。この方向性がさらに明確になっていくのかどうかはわかりませんが、今は非常に重要な局面なのではないかと思います。

鈴木 オバマ政権はアメリカの世界の警察という立場をなかば放棄する姿勢をもっていましたが、トランプは「やらない」と言い切った。ですから、国際秩序におけるアメリカの役割を低下させていくという大きな流れは、継続されている側面が強いのだと思います。

 いま最初の一年間はそれなりにまともだったというお話がありましたが、それはアメリカ外交の伝統的な考え方を支持する人たちが政権の陣容にいたためだったと思います。よく「grown-ups(大人たち)」という言い方をしますが、彼らが外交の原則というものを体現する防波堤になり、子どものトランプを囲んでいたことで伝統的なアメリカ外交の側面が維持されてきた。

 grown-upsはティラーソン(国務長官)、マクマスター(国家安全保障担当の大統領補佐官)、コーン(経済担当の大統領補佐官)、マティス(国防長官)などですが、今年に入ってからこの人たちをとにかく切っていって、残っているのはマティスだけになりました。大人たちが去ることになり、自分のやりたいことを実現するための手足になる人たちがトランプを取り囲むことになった。そういう意味ではトランプが大統領らしくなったと言うこともできます。大人たちがいなくなって、トランプらしさが出て来た。

 それではトランプのやりたいことは何なのか? ここには一貫性がないので輪郭を探るだけでもたいへんですが、一つの基準になっているのが反オバマです。しかもそれは、大きな流れのなかでやるより、個別の事案でオバマ政権が手を付けなかったことをやって行っているという印象があります。オバマはシリアの化学兵器使用に対して「レッドラインだ」と忠告していましたが、何もしなかった。それに対してトランプは、ミサイルを撃ち込んだ。オバマがつくったイラン核合意からは撤退しました。北朝鮮問題については、オバマ政権は「戦略的忍耐」という言葉を使って静観していましたが、この6月には米朝会談を実現させました。

 もう一つの基準は選挙向けの政策であることです。経済面は特にそうですが、支持者にダイレクトに利益をもたらす政策をとりやすい。当初からTPPには入らないと言っていましたが、政権が発足するとすぐに離脱しました。地球温暖化防止に向けた取り組みであるパリ協定からも離脱したし、NAFTA(北米自由貿易協定)については再交渉を掲げている。これらは選挙公約通りにやってきたわけですが、やはり支持者向けの側面が非常に強い。

 イラン核合意からの離脱も支持者向けの政治という要素があるのだと思います。アメリカ国内には、「イランが嫌い」「イランは悪の国だ」という漠然としたイメージがあります。トランプはそのイメージに乗っかるかたちで「オバマは悪い国と取引をした。あれは最悪のディールだ」と批判して、イラン核合意から離脱した。反イラン感情も選挙向けの一種の撒き餌のように使って煽っている側面があります。

アメリカファーストの中東政策は国内政治向け

池内 1年半が経って、アメリカファーストの中東政策がどういうものなのか見えてきました。私に見えているくらいですから、中東の人たちはトランプのアメリカにどう対処したらいいのかをマスターしてきた頃でしょう。今の鈴木さんのお話にもありましたが、アメリカファーストの中東政策は、あくまで国内政治向けなのだと思います。いわば「支持者ファースト」───。キリスト教右派のような特定の重要な支持層に向けた政策です。イラン核合意からの離脱やエルサレムへの米大使館移転などはまさにそうです。

 イラン核合意からの離脱は、共和党の有力な支持層が持ってきた強い反イラン感情がまずは前提にあります。それに加えて今までとは違うタイプの中東専門家がトランプ大統領の周りにいて、そうした人たちが一定の影響力を持っていることがうかがえます。彼らは通常の外交エスタブリッシュメントならばとらないような政策を売り込んでいて、トランプがそれをどれだけ本気にしているのかはわかりませんが、いくつかを採用していることが影響しています。

 イランには、「ムジャーヘディーネ・ハルク」と呼ばれる反体制派勢力がいます。彼らはイラン革命の初期はイスラーム革命勢力に対抗する有力勢力でしたが、「法学者の監督」制度による革命体制が成立してからは周辺化し、亡命先のアメリカや、フセイン政権下のイラクでしか活動して来ませんでした。しかし、米国の共和党にはこの反体制派に妙にのめり込んでいる人たちがおり、それがトランプ政権に影響を与えているようです。

 ムジャーヘディーネ・ハルクに大きな期待をかけるのは共和党内の主流派にも非主流派にも共通した傾向ですから、何もトランプだけがヘンな人たちの話を鵜呑みにしているわけではありません。ただ、そういう人たちが、これまで影響力を持っていた中東専門家がいなくなった隙間に入り込んで、「オレは中東に強い、イランの有力な反体制派を知っている」という感じでトランプに売り込んでいきました。

 しかし、ムジャーヘディーネ・ハルクに肩入れしても、彼らがイランの体制を倒すような大きな運動をイラン国内で引き起こすことは想定しにくい。可能性はゼロではないが、現実的ではありません。ですから、トランプ政権が彼らを支援するというのは、かなり特有の、成算を欠く中東政策です。

 アメリカの世論はオバマを当選させた頃から「中東からは退きたい」という方向性を明確にしていますから、トランプはそれにはうまくこたえています。そういう意味では、オバマとトランプには連続性がある。ただし、やり方が違います。トランプはオバマと正反対のことを意図的に言っていて、実際に正反対のことをやっている。けれども、結果としてアメリカの向いている方向性はあまり変わっていない。オバマの時代に密かに始めたことをトランプがあからさまにやるようになったのだと言えます。

 オバマ時代の中東政策には批判もたくさんありました。その多くが「言っていることとやっていることが違う」というものなんですね。一方では人権や民主主義といった理念を掲げ続けながら、アメリカは強い意志を持って軍事的な力を使ってでもそれを実現する意志や具体的施策を示そうとはしなかったし、実現する方法も持っていなかった。「民主化だ」と言いながら、他方で民主的ではない中東の同盟国の政権がそっぽを向くと、やはりそうした国をなだめて民主化要求を取り下げた。オバマは権威主義的な体制であっても、有益であれば使うという従来の政策を実質上は続行しました。

 ですから、掲げた理念に対して実際にやっていることは中途半端で矛盾しているところがあった。しかも、それらのアメリカの同盟国はイランとの核合意に関しては強い不満を抱いていましたから、結局は同盟国の不満も募っていく結果になった。ところがトランプの場合は、アメリカファーストですからね。アメリカはもう、自由や人権の価値観を掲げない、民主主義や自由貿易の制度を公共財として世界に提供したくないという姿勢を言葉で示し、実際にそのような政策をとっているので、矛盾がない。

血族こそが最も大事

鈴木 言行一致ですね(笑)。

池内 そうです。これが自分を支持してくれる特定の支持層の期待に沿う。

 中東各国はそんなトランプのやり方をすでに見切っているところがあって、一番成功しているのがイスラエルです。もうやりたい放題ですね。ネタニヤフ首相は、トランプ政権を動かすには、トランプ自身とトランプの家族を掴めばいいことをすぐに理解した。アメリカの外交エスタブリッシュメント、安全保障政策の界隈、対テロ戦争の「産業」がこれまでは米国の政権の政策を知ったり方向付けたりするために重要とされてきました。

 しかし、トランプ政権下ではこれまでのルートはどうでもよくて、とにかくトランプと彼の家族の気持ちを掴んでしまうことが重要だというわけです。トランプの家族をコネクションや魅惑的な事業の誘いなどで掴みながら、トランプの頭の中には、イスラエルにとって都合の良い中東問題のイメージを、ネタニヤフ首相自身が主導するメディア戦略で直接に叩き込むと。

鈴木 しかも使ったのはパワポだからね(笑)。

池内 4月30日に、ネタニヤフ首相が、トランプがイラン核合意離脱の決断を下す直前に、米国の視聴者に向けてテレビ演説を行い、そこでPowerPointでつくったイメージ図を示したら、これがトランプとトランプ政権向けには大当たりした。欧米の外交エスタブリッシュメントにはできないでしょうね。映像と文字を組み合わせて「イランは過去に嘘をついたことがある」と非難し、そこから「イランは現在も嘘をついている」かのように誤認させる印象操作を行った。これがトランプ政権には効果的でした。

 5月8日に、トランプ大統領は前倒しでイラン核合意からの離脱を発表しました。5月14日にはイスラエルの独立記念日に合わせて、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転、開館式に娘のイヴァンカと娘婿のクシュナー(大統領上級顧問)を送り込んだ。政治的に大きな意味を持つ、形式的なものではない大使館移転の式典に、アメリカ政府の代表者として、大統領の娘と娘婿がやってきた。

遠藤 これはすごいことですよね(笑)。

池内 イブン=ハルドゥーンの『歴史序説』にも書いてありますが、中東の人からすれば血族こそが最も大事です。イブン=ハルドゥーンの歴史理論で最重要の概念である「連帯意識」、これは現代の言葉では「アイデンティティ」に近いでしょうが、これは血縁で決まるんだと言っている。田舎の過酷な環境を、血縁で結束を固めて生き延びた集団が出て来て、都会で権力を握るというのがイブン・ハルドゥーンの観察する歴史の展開の主軸です。こういう見方で、中東だけでなく米国を見てみると…。

鈴木 完璧じゃないですか。

池内 あまり勉強しすぎると逆に連帯意識が弱くなってしまい、そこにまた粗野だが結束の固い集団が田舎から出て来て、そいつに負けるんだと。ですから、中東の人たちからすると、「アメリカも中東と同じになったな」というわけです。

遠藤 わかりやすい!(笑)。

池内 ネタニヤフ自身もそれを自分ファースト、支持者ファーストでやっているんですね。国内の選挙で勝つためです。汚職で追及されて、もうちょっとで家族共々、司直の手で裁かれるか、という失脚しかねなかった時に、トランプにイラン核合意離脱とエルサレムへの米大使館移転をやってもらうことで一気に支持率が回復した。汚職疑惑もこれ以上追及されないだろうと。

鈴木 汚職疑惑は消えるんですか? それはまた別だという気もしますが。

池内 いつかは蘇ってくるでしょうが、しばらくは大丈夫でしょう。その時はまた別の手を打って、追及をかわすのだと思います。アメリカのイラン核合意からの離脱もイスラエルの狙い通りでした。結局アメリカの離脱によって、イランはしばらくは何も動けなくなる。イランが強硬路線に切り替えないのであれば、当面はEU(欧州連合)との関係を大事にしたい。そうするといずれにせよイランの行動は制約されることになる。その間にイスラエルは、シリア内戦などでイランがシリアやレバノンで得た拠点を攻撃して一掃しようとするでしょう。

 一方で、イランは報復しにくい。やってしまうと「やはりイランは悪だ」ということになってしまう。アメリカがイラン核合意から離脱する根拠は、イランが核合意そのものに違反したかどうかではありません。今のイランは違反していませんから。そうではなくて、イランが核合意の「精神」に違反する行動を広く中東地域でとっているというところをトランプ大統領は問題にした。イランが何か行動をすると、「米国の同盟国に影響を与えるような振る舞いをしたからいかん」と言うわけです。

 もちろんイランは、「正当な行動だ」と主張しますが、なるべく波風を立てたくはない。核合意はイランにとって有利ですから、合意自体をなくしてしまうことは避けたい。そうなるとある程度は抑制しなければなりません。それが永遠に続くわけではありませんが、しばらくの間は抑制することになる。その間にイスラエルがやりたい放題やると。

選挙向けの政治

遠藤 イスラエルもアメリカも選挙向けの政治をやっているという点では共通しているわけですね。

池内 6月の選挙で再選したトルコのエルドアン大統領も似ているところがあります。中東の主要国とトランプ政権が似ているところは、先のことはあんまり考えないということです。とにかく、国内の今の政治状況を自分にとって良い方向に動かそうとする。エルドアンは外交面で強硬策に打って出て、国民の支持を得るようなやり方をします。

 長期的に見ると、それが国にとって有益なことかどうかはわかりません。あるいは自分の政権にとっても結果的にはマイナスになるかもしれません。けれども、先のことは「どうでもいい」わけです。将来うまくいかなくなったら、その時にまた新しいことをやって状況を変えればいい。

 トランプ政権も中東に関しては、「将来のことはどうでもいい」と考えてしまっているようなところがある。それを可能にする中東の環境があることも確かなんです。米大使館をエルサレムに移転すれば中東で反発が出て、アメリカの同盟国にも不都合になることはわかっている。けれども、それでアメリカを罰するような動きが出てくるわけでもない。例えばサウジアラビアのような国が原油の輸出制限をしてオイル・ショックを引き起こすような形での制裁を課すことはできないんです。アメリカに対してもできないし、イスラエルに対してもできません。

 なぜなら、イランの台頭を脅威に思っているアラブの湾岸産油国は、アメリカとイスラエルを頼らなければならないからです。イランが台頭しているという大きな問題に関して、アラブの産油国がエジプトのようなアラブの人口・軍事大国、さらにパキスタンなどの非アラブの国も巻き込んで結束して対抗しようとしています。

 この時に旗印になっているのが、シーア派に対してスンニ派でまとまろうということです。これはそれほど実効性のなさそうなやり方ですが、イスラーム教の宗派対立の構図を煽って、何とか陣営をまとめようとしている。それしか方策がないからやっているわけですが、それでは不十分なので、常にイスラエルとアメリカの助けを借りなければならない。

 この構図が続く限りはエルサレムに米大使館を移転したとしても、アメリカに制裁を加えることは中東側にはできません。トランプ政権がイラン核合意に否定的な姿勢を見せてくれることに中東の同盟国は依存しているのでエルサレムへの大使館移転問題については歯切れが悪い。

米大使館のエルサレム移転をムスリム諸国はどう受け止めたか

鈴木一人・北海道大学教授

鈴木 大使館が移転した5月14日と15日には、ガザでイスラエル軍と抗議するデモ隊との衝突が起きました。14日がイスラエル建国に伴い70万人のパレスチナ人が難民として故郷を追われた「ナクバ(大惨事)の日」だったこともあって、60名以上の死者が出た。ただ、それ以後は目立った衝突もなく収まりつつある。今までは中東で何かあるとアラブの人たちがこぞって応援していたのが、それがものすごく薄くなっている印象がありますね。形式的には言及しますが、具体的な支援はありません。

池内 アラブの主要な国では、主に対イランでのアメリカやイスラエルへの協調を重視して、表立った反発を起こしにくいところがある。それに対して、社会がデモなどで不快感を表明するのは遠隔地の非アラブの国であるトルコやインドネシアになりがちです。これも実際には、米大使館移転をめぐって世論が沸き立っているというのともちょっと違う。これらの国は、大まかに見るといずれも民主主義の国であるという共通の属性があります。政党政治が曲がりなりにも発達していて、毎週のように与党が集会をやっていて党員を動員しています。

 そこで党首が演説をするわけですが、そこでエルサレムの大使館移転問題をネタにするのです。党首が「けしからん!」と気勢を上げると、動員されている党員たちがそれに応える。数万から数十万人くらいが集まっていますから、映像の上ではものすごい良い絵が撮れます。けれども、この人たちは実際は毎週動員されて集まっていて、「今週のお題は大使館移転問題」と言われたからスローガンを唱和している、という感じなんですね。本当の意味で大使館移転に対して自発的に抗議デモを行っているわけではない。だから通常とは違った形で反米感情が高まってきたのではなくて、次の週になればまた違う話題で盛り上がるという程度のことです。

 結局トランプは、国内の特殊な支援者向けの政策を実行しても、中東からの強い反発はそれほど直接に受けずに済んでしまっている。短期的には、やりおおせてしまっていて、少なくともトランプ政権から見て不利益にはなっていない。ただし、政権の中枢にいる人たちがそれをわかっていてやっているのかどうかはわかりません。それから長期的に見て、これがどういう結果をもたらすのかもわかりません。

 こういう状況の中で、イスラエルだけが過剰なまでに成功しています。ネタニヤフが個人的な保身も含めてトランプ政権を好きなだけ動かしている。ネタニヤフの働きかけにより、トランプから米大使館のエルサレムへの移転とイラン核合意から離脱という重大な政策を二つも引き出したわけですから、大成功です。

鈴木 逆に大負けしているのはヨーロッパですね。イラン核合意から離脱したことで、アメリカはイランに二次的制裁を課すことを再開しました。これで一番損をするのはヨーロッパの企業です。イランに投資していた企業や貿易をやっていた企業は、イランから手を退かざるを得なくなった。国際石油資本のトタルはすでにイランで活動を始めていましたが、撤退を余儀なくされることになった。アメリカ企業はイランから退いていっても、ほとんどダメージを受けていない。かろうじてボーイングが影響を受けたくらいです。もともとアメリカは一次制裁が残っているので、アメリカ企業やアメリカ国民はイランと取引できませんからね。

 フランスのマクロン大統領、ドイツのメルケル首相、イギリスのボリス・ジョンソン外相がトランプのもとに行って翻意させようとしましたが、結局うまく行かなかった。その最大の原因はネタニヤフと比べてみるとわかりやすいのですが、彼らは理性に訴え掛けようとするんです。

遠藤 それでは意味がないんだよね。

鈴木 こういう修正案を考えて来たという英仏独の共同宣言のような文章があるんですが、これは5ページあるんです。トランプはだいたい5ページもあるものなんて読みやしない。大事なのは、ネタニヤフのようにパワポで相手の頭に直結するようなイメージを叩き込むことです。けれどもマクロンやメルケルは「話せばわかる」と考えて、それで玉砕したという感じです。

 今回あらためてよくわかったトランプ政権のもう一つの特徴は、アメリカの同盟国は何の保証もされていないということです。「アメリカは同盟国を大事にするだろう」という前提で行動をしていた国は、悪い言い方をすれば「アメリカに甘えていただけ」ということを如実に知らされる結果になったのではないか。

中東各国のアメリカへのアプローチの仕方

遠藤 同盟国は、要するに「お前はいくら貢ぐのだ」「どれくらい実のあるものを持ってくるのか」ということが試されていますね。そこはオバマ時代までのアメリカとは断絶を感じるところです。ちなみにイスラエルは、トランプのアメリカにどんな利益を提示したのでしょうか。札束なのか、アメリカ国内での票田なのか、歴史的な地位なのか。あるいはトランプの自我をくすぐるような言説もあるかもしれません。韓国の文在寅大統領は、「トランプにノーベル平和賞を」と言っていましたよね(笑)。

鈴木 やはり娘婿のクシュナーがカギですね。クシュナーは正統派ユダヤ人としてとにかくイスラエルを何とかするという信念がある。それからペンス副大統領は、ゴリゴリの福音派です。福音派は、イスラエルはユダヤ人に支配されるべきであると考えますからね。

遠藤 つまりトランプファミリーの信念を刺激したと?

鈴木 それが大きいと僕は思います。湾岸諸国は、やはり札束攻勢に出ているのでしょうね。最近トランプ周辺の弁護士などに金を積んで大統領にアクセスするというスキャンダルっぽい話がそこかしこから出て来ていて、一番名前が上がるのがやはり湾岸の国です。UAE(アラブ首長国連邦)やカタールあたり。

遠藤 昔のやり方に戻ったと言えるかもしれませんね。
池内 湾岸は昔からそういうことをやっていたんです。サウジアラビアは、まさにブッシュ家と親しい関係にありました。サウジ家もブッシュ家も両方とも石油会社をやっていて、番頭さんみたいな弁護士事務所が両方の家を担当していたりするわけですからズブズブな関係です。けれども、テキサスでつながっていたその関係は、ブッシュ家が大統領候補を出せなかったオバマ政権以降は切れてしまいました。

 しかし、今度はサウド家は皇太子のムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)が、トランプファミリーに抱きつく。こちらには宗教的信念のようなつながりはありませんから、やはりお金ということになります。MBSはひと月くらいアメリカをツアーで回って、東海岸、西海岸、それから中西部、中南部を含めて横断した。気前よくお金を使って歓心を買いました。皇太子がトランプに会った際には、トランプは「これだけの武器を買ってくれた」ということをパワポじゃなくて、パネルを使って見せたわけです(笑)。

鈴木 札束攻勢もいいところだよね、あれは。

池内 見方によっては侮辱のようですが、サウジからすればこれが最適な方策ということでしょう。実際にトランプは、サウジはスンニ派の盟主らしいので湾岸地域はサウジに任せておけばいいと判断することになった。サウジはイスラエルとの関係も深いということが保険になっています。だからクシュナーとも仲良くして、イスラエルとの関係を改善しているということをアピールする。イスラエルにも抱きついて、敵ではないことを示すというやり方ですね。

鈴木 逆にイランは、アメリカにやられるのがわかっている。そこは、やられ慣れているわけです。「次来るぞ!」という感じですね。イランは、改善しようとしてもアメリカがまともに取り合ってくれないことがわかっているからムダな努力はしていない。

池内 トランプ政権のアメリカは、イラン人が考える「アメリカ=悪の帝国」という姿が典型的に現れていますからね。やはり先代の言っていたことは正しかったのだと国民は実感しているところです(笑)。

鈴木 イラン革命の精神が刺激されまくっていますね。

池内 トランプの暴露本を読むと、そこには完全にイラン人の頭のなかにある姿そのままのアメリカの大統領がいるわけですからね。戯画化されたアメリカというよりも、トランプはイラン人が抱くアメリカのイメージそのままですから。

鈴木 まんまですからね。トランプの写真を見せたら、「ほら、悪い奴でしょ!」というイメージを簡単につくれる。

イラン核合意 アメリカ離脱後の中

遠藤 アメリカがイラン核合意から離脱したあとの中東は、実際どうなっていくんですかね?

鈴木 イラン次第だと思います。要するにイランがキレるか、キレないかですね。ここは強調しておきたいところですが、核合意から離脱する以前からアメリカはイランに対してずっと一次制裁を課しているんです。一次制裁ではドルの決済を禁じています。一部の新聞報道に「二次制裁が掛かるとドル決済ができなくなって、イランが苦しむことになる」と書いたところがありましたが、そんなことは全然なくてイランはずっと苦しんできました。

 核合意によって制裁が解かれて、イランは経済発展が可能になりハッピーになるという絵を描いていましたが、アメリカは一次制裁を残しましたから、ものすごく制約のある経済環境だったんです。なので、ヨーロッパも投資をしようと思えば、ユーロ立てでやるしかないんです。ドルで決済できないというのは、やはりものすごく不都合です。なので、思った以上にイランの経済はぜんぜん伸びていなかった。

 核合意の直後は伸びたんです。なぜかと言うと、凍結されていた資産がイランに戻ってきたからです。過去に稼いだ石油の代金が一時的にドバッと入ってきたので、経済状況が上向いた。けれども、そこから先は右肩下がりで落ち込んでいきました。

 トランプは、「オバマ政権は核合意でイランにキャッシュを持っていった」とよく批判していますが、実はこれは同じことなんです。銀行を通じた決済ができないので、核合意で唯一認められたのは現金でドルを移すことでした。それでオバマは、アメリカ国内のイラン人やイラン企業が持っている口座に残っているお金を現金化して、飛行機に積んでイラン国内に持っていったわけです。それをトランプは、オバマは核合意に現金を付けて熨斗紙をつけてくれてやったんだ、というふうに受け取った。

遠藤 ここもわかりやすいなぁ(笑)。
鈴木 もともとイランのお金ですから、「いやいや、そうじゃないんだけどなぁ」みたいな話ですけどね(笑)。そういう誤解を生む結果になったのも一次制裁が残っていたからです。そういう意味ではイランは、期待したような経済成長をできていないし、できない仕組みになっていた。かろうじてヨーロッパがユーロ立てでやってくれているビジネスだけがなんとかうまく行っていました。それからインドはルピーを使い、韓国もウォンを使っていました。けれども、二次制裁ではこれらも対象になります。今までも期待していた3分の1か4分の1程度の経済成長しか得られなかったのが、それがさらに得られなくなる。打撃はかなり大きいと思います。

 これにイランがキレて、「そんなんだったら合意をすべて破棄して核開発を再開するぞ」ということになったら、そこから先はマッドマックスの世界です。何が起こるのかわからない。最悪は核開発ドミノが考えられる。

遠藤 それが最悪なんですか。戦争にはならない?

鈴木 うーん。それはちょっと考えにくいですね。

池内 アメリカに対する報復や制裁がなければいいんだという話であれば、確かに短期的には大したことは起こらないと思いますね。それにイランが突然「核武装します」となるかと言うとそれもないでしょう。そもそも、以前からイランが核武装を本気でしようとしているとは思えないんです。あれはつくられた問題であって、イランはそのつくられた問題に乗ったわけです。イランからすれば、アメリカはどうなっても「イランは核を持っている」と言い続けるのだから、それを利用してやろうと考えた。

 もちろん、イランは核を持っていることを否定します。実際に存在していないわけですからね。けれども、否定しているだけでは不利な立場に置かれ続けるだけなので、イランは交渉をしてみせた。存在していないものを譲ることで交渉になるのであれば、それはそれでいいじゃないかという考え方です。「イランは核を持っているのではないか」という濡れ衣に対して、それを「わかりました。じゃあ止めます」と言うと、お金をくれると。

 まぁそれも自分たちが稼いだお金が経済制裁でイランに送金できなくて各国にとどめ置かれているものが、制裁の緩和で一部戻ってくるだけですから、どこまで行っても架空に架空を積み重ねたような話になっている。

核ドミノの可能性は?

鈴木 循環論法みたいですね。

池内 イラン人は何重にも仮定を積み重ねた架空の話に乗って交渉してみせてくれるわけです。頭のいい人たちですからね。

鈴木 イラクのケースを思い出すと、アメリカはイラクが大量破壊兵器を持っていると見なして戦争が始まりました。けれども実際は、イラクは大量破壊兵器をつくっていなかった。持っていないのにイラクはそれを認めずに、持っているのか持っていないのかわからない曖昧なことを言っていたわけです。それで、国連の査察団(UNSCOM:国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会)を入れてみたりして、探しに探すのだけど一向に出てこない。モヤモヤしている間に交渉しようというのが当時のイラクでした。

 イランも同じようなことをしています。核兵器をつくっていないのに、何となくつくっているような「振り」をして見せている。自分を大きく見せて交渉させるというスタイルですね。それで有利な交渉に持ち込んで、美味しいものが出てくるのであれば、それでいいかもしれない。ただしイラクの時は、フセインは殺される結果になりましたから、あまりいい戦法ではないことはよくわかっているはずです。

池内 フセイン政権のやり方は、もっと露骨でしたけどね。新聞の一面を使って、「核開発に成功」みたいに書くわけです。「核兵器」とは書いていないが、どう考えても核兵器の開発に向けて頑張っている、成功した、という記事を載せて国威発揚、あるいは国民や隣国民を脅す。けれども実際は、何もやっていなかった。

 イランは「科学技術の発展」という感じで平和的な核開発を真面目にやっていることを全面に出しますが、実際には遠心分離機を回しているだけだったりする。けれども、それが問題視された。つまり、遠心分離機を回したら「核兵器になるに違いない」とイスラエルやサウジアラビアなどが言い出した。そんなに怖がるんだったら、「もっと回してやるか」みたいな感じなんですね。イランにとっては、平和的な核開発の権利はあるのだから譲れない、周りが勝手に怖がっているのだ、という立場です。

鈴木 まぁそうですね。

池内 現段階では、核兵器になるかどうか本来は誰にもわからない。国際法的にはイランに民生目的で遠心分離機を回す権利はあるはずだが、みんなが「ダメだ!」と言うので、「それなら交渉しましょう」と。その結果正当な権利を手放すことになるなら、その替わりに「そちらは何をしてくれるの?」という形で、イランに対する正当あるいは不当な脅威認識を交渉のカードに変える。イランからすれば、いずれにせよ敵視され経済制裁されているのだから、その部分的な解除を、存在しない核兵器もしくはその開発の可能性を差し出すことで得られるのであれば、それで妥協してもいい、というわけです。

鈴木 イランはイラクよりはずっとスマートですね。

池内 最終的にアメリカは、イランが核合意を守ろうが守るまいが、シリアなどにおける行動・態度が悪いと非難して、核合意から抜けていきました。しかし、実利からすれば、イランは他の国との合意は残しておきたいわけです。ヨーロッパ、ロシア、中国との関係は維持して、少しでも何かができればプラスだし、彼らを敵には回したくない。せっかくできた合意で、イランに実利はある合意なのですから、これを放棄してゼロにはしたくない。

 けれども、イランは単純に引き下がるわけにはいかないと考えるのではないか。権利の問題であるという原則に戻って、「権利の問題だから遠心分離機を回します」と主張するのではないかと思います。もちろん、それを何段階も発展させなければ核兵器にはなりませんが、0・5歩前に進めただけでイスラエルは「アウトだ」と言うでしょう。それに対してイランは、「アウトなのかセーフなのか交渉しよう」という話になって揉める、ということになりそうです。だから、核ドミノというのは現実的ではないと思います。

 能力面からも意志の面からも、イランが実際に核爆弾を完成させて爆発させて見せることはありそうにないと思います。ですから、ドミノの脅威が語られるものの実際にはドミノは起こらない。ただし、難しい交渉がもう一回始まることになっても、その場にはトランプがいてネタニヤフがいるわけですから、短絡的にいきなり「アウトだ」という議論になりかねないところがある。

鈴木 交渉しないのではないかと僕は思っています。イランには今5、6千基の遠心分離機がありますが、0・5段階上げて「ちょっと増やしました」あるいは「これから増やします」と言うだけで、イスラエルはアウトと判断するのではないか。それでイスラエルは何をやるのか?

 おそらくは1981年にイラクのオシラク原子炉を爆破したような路線ですね。黙って戦闘機をイランに飛ばして、黙って核実験施設に爆弾を落とす。

刹那的な利害関係のみで国家間グループができている

遠藤 その話を聞いたわけ。それって戦争には至らないの?

鈴木 イランはやりかえさないと思います。イスラエルが一方的に攻撃をして、それに対抗してミサイルを撃ったりすると、その後どういうことになるのかイランはよくわかっているので、やらない。

 核実験施設はナタンズにしてもフォルドウにしても、大体は地中にあります。ですから、爆弾で少しやられたくらいではどうということはない。イスラエルもそれはわかっているので、イスラエルにとってもシンボリックな意味でしかない。オシラク原子炉を破壊した時のような実効的な攻撃よりも、「半歩進んだな」という警告を与える攻撃ですね。

池内 イランにしても本国から何発か長距離ミサイルを飛ばしたとしても、イスラエルに実質上影響を与えられないことはわかっているので、象徴的なことを言うくらいで何もやらないのではないか。やるとすれば、シリアやレバノンなどの場で影響下にある勢力を使ってイスラエルに対抗する代理戦争だと思います。

 それに対してイスラエルは神経を尖らしていて、今のうちにできるだけ除去しておこうという発想になっている。ただし、取り除いたとしても半年くらいで元の状況に戻ってしまう。だから外交の場でずっと泥試合をやっているわけです。

 イスラエルにとっては、イランの行動様式をアメリカに問題にし続けてもらうことは重要です。ただし、シリアやレバノンにおけるイランの行動についてアメリカは問題視して非難していますが、いずれにしてもアメリカやヨーロッパは、結局のところ実力行使はほとんどしてくれない。中東の現場では、それはイスラエルが自分でやるしかありません。けれども、アメリカがイランの行動を問題視し圧力を掛け続けていることが、イスラエルにとっては意味があります。

遠藤 乾・北海道大学教授

遠藤 イランはアメリカに対してダメージを与える意志も能力も実はあまりない。そう考えると、アメリカのイラン核合意離脱は大勢には大きな影響がないようにも見えますね。15年以上も混乱している中東情勢に大きな変化を与えるものではない。

池内 相対的な変化という意味では、やはり中国などが経済的にはだんだん伸長してくるようになる。それから、ロシアが冷戦後最大規模に、中東での存在感を増しています。戦略的な影響力を大幅に高めている。それに対してヨーロッパが一番縛られている感じですね。そういう状況の中でトルコは、本来は親米かつNATOの一員であるにも関わらず、最早ロシア、イラン、中国と実質上の部分同盟のような関係になっている。

鈴木 トルコはNATOらしさゼロになりましたね(笑)。
池内 「非米同盟」みたいな形ですね。アメリカはイランを仲間はずれにして自分だけが退いていきましたが、ロシア、中国、トルコなどの大国は普通にイランとビジネスしている。それをヨーロッパや日本は米国に止められて指をくわえて見ているという状況になっている。

鈴木 イランを中心にしてロシア、中国、トルコがグループになっているのは、マーケットに入って行きたいだけの関係と見ることもできます。ご都合主義的にまとまるグループができていて、それを「新冷戦」のように言う人もいますが、そんな色彩はまったくないのだと思います。ものすごく刹那的な利害関係でグループができているにすぎない。おそらくトルコはトルコでわが道をいくし、ロシアはロシアでわが道を行くのでしょう。それでイランはどちらかと言えば、気を遣うのだろうと思います。いろいろなところからの投資が必要になりますから、とにかくみんなの顔を立てるという雰囲気ですね。

遠藤 そうすると、世界の紛争火薬庫に火が点いたという感じではないと。

池内 そうだと思います。結果としては、アメリカの力が及ばなくてもなんとかやっていけるエリアが増えた印象ですね。それはそれで重要なことではないかと思います。そうした地域では、ロシアや中国が利益を得ることになるので、相対的にはアメリカの力はジワジワと落ちていくことになる。経済力や軍事力が絶対的に落ちるかどうかはわかりませんが、アメリカが手を出さないのか出しにくいのか、あるいは出す気がないのかよくわからないエリアが中東から中央アジアにかけて広範にできあがる。ヨーロッパもアメリカに制約されてそうした地域には出て行かないので、欧米のヘゲモニーは弱まる。

遠藤 今日の話にはエジプトが出てきませんが、やはり存在感は薄いのですか?
池内 かつてのエジプトがなぜあんなに強かったのかと言うと、アラブ世界で傑出して人口が多くて、それなりに中間層が厚くて、経済力も軍事力もそれなりの存在感があり、アラブ民族主義のイデオロギーを唱道して価値・理念でも支配力を持っていたからです。反植民地主義運動と連動して正統性が高かったアラブ民族主義を掲げると、他のアラブの国を動かす力がありました。

 今はそれがなくなった。ムバーラク政権が「アラブの春」で倒れて、実権を握ったムスリム同胞団の政権が長期化して中東各地でムスリム同胞団の政権が樹立するようなことがあれば、かつてエジプトがアラブ民族主義を唱道して地域政治を主導したのと同じようなことがイスラーム主義で起きた可能性がありました。けれども、それをサウジやUAEが押さえ込んだ。

 それ以降のエジプトは、経済もガタ落ちで政治力も落ちて、元来政治・外交力が弱かったサウジアラビアに依存するくらいまで落ちている。アメリカにとっては利用価値がなくなったわけです。これまではエジプトは力があるから使っていましたが、もう力がないから使わないし、使えない。しかも、そのことがアメリカにとってそれほど不利でもなくなっています。

鈴木 「アラブの春」が中東全部を一回洗濯したみたいなところがありますよね。これまで権威主義体制、独裁体制が持っていたまとまり感やパワーがそこでずいぶん削がれた感じがある。かつてはエジプトが動くとそれなりのインパクトがありましたが、今ではそういう「オレたちが動かす」という使命感は感じられません。むしろ国内のガタガタを治めるために再び権威主義体制をやっているという感じですね。ナセルの時代は遠くなりました。

韓国はノーベル賞、北朝鮮はトランプタワー!?

鈴木 世界秩序的に一つだけ言えるのは、アメリカの存在感が大きいようでやはり小さくなっているということです。もちろんイランの場合は、制裁がありますからアメリカのことを見ているんですが、イランもトルコもアメリカの考え方や行動をあまり参照しないんですよね。サウジもアメリカを使うという側になっている。トルコはもう「知ったこっちゃない」という感じでわが道を行っています。だからオバマの時以上に中東をフワッと取り囲んでいたアメリカの影響力は、さらに希薄になっていることを感じますね。

遠藤 それは私も同感ですが、トランプのアメリカは退いていく時に、オバマと違って破壊しながら退いていくようなイメージがありますね。

池内 どちらかと言えば、アメリカは自分自身が中東でこれまで積み上げてきたことに対する信頼を破壊している感じですよね。現地の勢力を破壊しているというわけではない。

鈴木 現地へのインパクトよりもアメリカ自身の信用を日々破壊していると。中東では本当にアメリカが参照されないという状況が始まっている印象があります。アメリカが何とかしてくれるだろうとか、アメリカがこう考えているから次はこうなるだろうといった予測がまったくつかない。

遠藤 安易に東アジアの情勢に飛びたくなかったんですが、その辺りはこちらの世界とはずいぶんと違いますね。5月に韓国に行きましたが、アメリカを見ている度合いが強烈。米朝会談の中身は、インプットはするので丸投げとまでは言わないけど、かなりお任せ。この地域では未だにアメリカは存在感がある。

鈴木 今の東アジアは特殊だよね。

池内 ここでアメリカが何をやるのかによっては、中東で起こったことが東アジアでも起こる可能性はあるわけですよね。本当にトランプ家の事情で何でもやってしまうという現象が起こりかねない。それこそ金正恩が「平壌にトランプタワーを建設して」とトランプを誘って、「おお、それいいね」とやってしまう可能性がある。
遠藤 あり得ますね。韓国はノーベル賞で、北朝鮮はトランプタワーを差し出す(笑)。

池内 そうなると我々は、中東に学んでアメリカから自立しなければならないかもしれません。多元的で重層的な同盟関係を本気で構築する必要がある。テーマごとに利害に応じて臨機応変に協調関係をつくるのであれば、日韓に中国が入るような「非米同盟」だってあり得るかもしれない(笑)。

鈴木 そういう意味では、日本の感覚は一周遅れている感じがありますね。米朝会談の前に開かれた日中韓会議でも、日本だけは今までの秩序にとにかくしがみつこうとしているところがある。アメリカは助けてくれないかもしれないという前提を想像することすらなくて、助けてもらうしかないという思い込みがある。その辺りは、韓国の振る舞い方ともちょっと違う気がしています。

遠藤 韓国の場合はやっぱり相手が同じ民族だからね。

鈴木 確かに韓国はアメリカを見ているけど、「オレが何とかしなきゃいかん」というような妙な自覚がある。僕は文在寅って何となくネタニヤフ的なところがあるような気がしています。板門店の橋で金正恩と二人で語らいあったりして、ビジュアルで攻めていくところなんかは似ているなと。「ここはやるんだ」という意志を全面に出してショーマンシップで攻めるあたりもネタニヤフに似ていると思う。もちろん、文在寅のほうがずっと理屈っぽいですけどね。

ホワイトハウスとペンタゴン

遠藤 安全保障上の脅威に対しては、日本の場合アメリカのペンタゴン(国防総省)がしがみつく最後の砦になるわけですが、中東でもペンタゴンの役割は変わっていない?

池内 恵・東京大学教授

池内 それが顕著なのがクルド勢力ですね。クルドは、シリアの北東部の、ユーフラテス川東岸のかなり広い地域を、本来クルド人がいなかった地域も含めて、アメリカ軍と一緒に領域支配しています。アメリカの軍とクルドの民兵勢力は、完全にお互いに依存している状況になっています。軍が「これは変更できない」と言えば、トランプ大統領もその意見を認めて委任する感じでいます。ここにはイスラーム国を倒すという大義名分がありますからね。ただ、この委任を大統領が突然撤回して「やめちゃいな」と言われる可能性もある。けれども米軍が退くにしてもクルド勢力の協力が必要になりますから、その判断を下すことは難しい選択になります。

 同じことは湾岸諸国にも言えますね。サウジもバーレーンもUAEも、対立するカタールも、米軍基地を置いています。カタールのアル・ウデイド空軍基地は米国の中東における重要拠点です。それに対してバーレーンには米海軍第5艦隊が拠点を置き、UAEのアブダビの空軍基地を米国が使っている。サウジの各地の空軍基地にも米軍拠点がある。このすべてを退くということはもちろんないでしょう。カタールとサウジ・バーレーン・UAEは対立していますから、お互いに「あっちのあれをどかしてくれ」とトランプ政権に陳情しているでしょうが、例えばアル・ウデイド基地から退くとなると、国防総省にとっては都合が悪すぎる。もちろんサウジ側がよほど大きな見返りを出すならば別ですが……。

鈴木 第5艦隊は基本的にイランの牽制という役割があるので、やっぱり動かせない。困っているのは、空軍はカタールにあり、海軍はバーレーンにあって両国の仲が悪いことです。けれども、国防総省がその仲間割れを調停できるわけでもない。あくまでもルーティーンとしてそこにいる感じですよね。マティスは、基本的には外交的な機能を持たされていないようです。カタールなんかはマティスに泣きついても良いはずなんです。「お宅の空軍をうちは持っているのだから何とかしてください」と言っているのでしょうが、アメリカはぜんぜん動かない。そういう点で見ると、今のアメリカの軍事的な中東のプレゼンスはものすごく静的な感じがして、地域の問題にほとんど関与していない。

遠藤 サウジアラビアはイエメンの内戦に関与していますが、そこへのアメリカの関与はどうですか?

鈴木 アメリカはいろいろな都合で結果的にはサウジをとにかく支援しています。サウジはイエメンでは好きなことをやっていますね。基本は空軍で、地上部隊はUAEが出していたりする。

遠藤 イエメンの内戦は長引いていますが、コンスタントに酷いことをやっているのは変わらない?

鈴木 変わらない。イエメンのひどさは、シリアとどっこいくらいのレベルです。化学兵器を使っていないというくらいの違いしかない。サウジはボコボコ空爆をし続けていますが、問題はイエメンごときにサウジは勝てないことです。かれこれ4年くらい関わっているわけですが、それでもサウジは基本的には勝てないでいる。ようやくいくつかの街を獲得しましたが、紅海沿いのホデイダという港は押さえられたままです。イエメン情勢は一進一退を繰り返していて、その間、人だけが死んでいる不毛な戦争をずっとやっている。

 サウジからすれば、「これはイランとの代理戦争」であるというニュアンスはあるわけです。アメリカは一応サウジを支援しています。バブ・エル・マンデブ海峡にアメリカの軍艦がいて、インテリジェンス活動や海上封鎖などの形で支援しています。けれども、直接的には支援していない。表に出ないんですね。オバマ政権の時からそうなんですが、本当に静かにアメリカはあそこに関与している。やっていることがすごく周辺的で、実際にアメリカが何かを動かしているわけでは全然なくて、あくまでもサウジの支援に回っている。いるんだけど、いないという感じです。「我々は関与していることは否定しませんが、でもあんまり関与していませんよ」みたいな顔をしている。
結局、この地域で自分たちが何をしたいのかという戦略的ビジョンがないんですよね。トランプにそれを求めるのは酷ですが…。

 唯一アメリカの関与があるのが、池内さんもおっしゃるようにクルド人のケースとイスラーム国との戦いです。けれどもシリア内戦では、アサド政権に対しては関与していないので、理屈が噛み合っていないところがある。つまり、アメリカの中東全体の戦略と実際のアメリカ軍のプレゼンスがぜんぜん違う次元で動いている感じがするんです。東アジアで言うと、ややそれに近いのが「航行の自由作戦」です。あれは南沙諸島における中国の拠点づくりへの対抗でもありますが、全体の動的な対中戦略とは切り離されていて、あれはあれでルーティーンでやっているところがある。

 今のホワイトハウスは、国と国との関係で自分たちが回していくといった大きな話と、国防総省が粛々と「日々の自分たちの担当をやっています」といった感じに二分化されている印象があるんですよね。

池内 このあたりはトランプ政権の特性でしょうか? アメリカの大統領はそれぞれ個性や性格があって、それと軍のルーティーンとがズレることは常にあるのでしょうが、トランプは特にズレている?

鈴木 ズレていると思いますね。僕の印象では、トランプのほうが国防総省の考え方とはズレているのかなと。言い方を換えるとマティスはすごく孤立しているんだけど、役割はきちんとあるという感じです。通常の大統領は、何かこういうことをやると決めたら閣議を開きます。
アメリカは北米大陸の一強国にすぎなくなった?

遠藤 調整するわけですね。

鈴木 普通なら調整の結果、国防長官から「ここのルーティーンは1回パスしろ」というような指示が出るはずなんです。けれども、それがなくてだいたい大統領とボルトン(大統領補佐官)とポンペイオ(国務長官)と3人で決めたという話をマティス抜きでやっていたら、マティスにしても何をやっていいのかわからなくて、「ルーティーンだけやっています」みたいなことになる。
池内 クルド勢力については、まさにあれはイスラーム国との戦いだからということで委任しているわけです。オバマ政権と違って、大規模な兵器・弾薬も逐一大統領の許可を得ないで使っていいと委任している。それでたまに、耳目を集めるような大規模爆弾を使用して報じられたりしています。

 米軍とクルド勢力との協調作戦で、シリアのイスラーム国はもう散り散りバラバラになったということになっています。ただ、その一方で米国とトルコとの関係は疎遠になってしまっています。トルコからするとクルド勢力に手を焼いていて、「とにかく止めてほしい。シリアのクルドはテロリストのPKK(クルド労働者党)だ」という話をしますが、それに対してトランプ政権は表向き何も応えない。トルコ側は、エルドアンですから派手に公開の場でいろいろなことを言うわけです。さらにはアメリカから一時的に大使を引き上げて見せたりして、見かけ上はトルコの政権はアメリカに対して態度を硬化させている。

 ところが、アメリカはそれに取り合わないんですね。軍同士でも外務当局間の交渉でもトルコは、「米国が一緒になっているクルド勢力はテロリストです。それを認めてください」と毎度しつこくせっついて現場の将軍や外交官は、「テロリストであるというお話は聞きおきました」というような返事をしてのらりくらりかわしています。そうしているとトルコは、ロシアに接近して見せて牽制する。そうすると余計に米国との懸隔が広がってしまう。これは問題のはずですが、アメリカがそれを気にしている感じでもないんですね。

 今回エルドアンは大統領選挙を前倒しして行い勝利しましたが、前回の2年前の選挙戦ではヨーロッパを敵にすることで国民の支持を獲得しました。ちょうど難民問題があって、クルド問題も加熱して、感情的になっていた頃ですね。ヨーロッパ側がクルド人の人権を重視してトルコの対応を批判しつつ、「難民はトルコが吸収してくれ」といった主張をして、トルコ人がイラっとなっているところをエルドアンはさらに意図的に煽った。それで前回の選挙に勝った。しかし、トルコ・西欧関係は本来はお互いにメリットが大きいので、喧嘩し続けたり袂を分かつ理由はない。今は双方が気を使って友好関係が回復しています。先日エルドアンがイギリスに行ったらずいぶん歓迎されました。ヨーロッパ側はトルコを取り込もうとしているんですね。

 ですから、今回の大統領選では、ヨーロッパを敵に見立てることはほとんどなかった。エルドアンは逆に、今度はイメージの上ではアメリカとイスラエルを敵に見立てて民族主義感情を煽った。このように、トルコは漂流していっても計算しており、ある程度まで関係が悪くなったらヨーロッパがまた歩み寄って繫ぎ止めるからいいという考え方もありますが、結果的に欧米の影響力がまた落ちることになる。トルコは民主主義のもとで選挙を契機にして、意識的にアメリカとの距離を置いていったわけですが、アメリカ側は誰もそれを調整しようとは思わない。結果としてトルコがアメリカから離れていく。

遠藤 放置してしまっているわけですね。

池内 つまりアメリカは、北アメリカ大陸の一強国になったと。「遠征部隊をシリア北東部に出しています。うまくやっているらしいです」という感じですね。

遠藤 「任せていますから」っていう感じですね(笑)。

鈴木 後は野となれ山となれ作戦ですからね。イランの核合意にしても、アメリカはそこから離脱してどうしたいのかというビジョンがぜんぜん見えてこないわけですよ。イランを追い込んで、新しいディールをしてミサイルをやめさせるということがビジョンとは言えないと思うんです。望ましい秩序や出口の絵があって、そのために必要な段取りを考えてそこに向かって進んでいくという感じがしないんですね。とにかく、「イラン核合意は最悪のディールだ。だから辞める。以上!」という投げやりな印象がある。このことはすでにアメリカが覇権国家ではないし、あろうともしていないことを端的に示しているような気がしてなりません。(終)

北海道大学公共政策大学院教授 鈴木 一人
すずき かずと:1970年長野県生まれ。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大学大学院人文社会科学研究所准教授、北海道大学公共政策大学院准教授などを経て、2011年から現職。13年12月から15年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書に『宇宙開発と国際政治』など。
北海道大学公共政策大学院教授 遠藤 乾
えんどう けん:1966年東京生まれ。オックスフォード大学大学院D. Phil.修了、政治学博士。EU委員会未来工房専門調査員、北海道大学法学部助教授、台湾国立政治大学、パリ政治学院客員教授などを経て、2006年より現職。著書に『欧州複合危機』『統合の終焉──EUの実像と論理』、編著に『EUの規制力』など。
東京大学先端科学技術研究センター教授 池内 恵
いけうち さとし:1973年東京生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授、東京大学先端科学技術研究センター准教授などを経て2018年より現職。著書に『シーア派とスンニ派』『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』『イスラーム国の衝撃』『現代アラブの社会思想』など。
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