『公研』2022年3月号「めいん・すとりいと」

 

 第二次世界大戦後の国際経済秩序は自由貿易を基調としてきた。ただし、戦後すぐに始まった冷戦によって世界は東西陣営に分かれ、自由貿易は主として価値や規範を共有する西側諸国の国際経済秩序に留まった。ここでは自由貿易が敵対的に使われることは想定されておらず、リベラルな価値が西側諸国の国際経済を律する規範となった。

 しかし、冷戦が終わり、グローバル化が進むことで、価値や規範を共有しない国々が自由貿易の仕組みに参入し、政治的な摩擦を引き起こす一方で、経済的な相互依存が深化するという矛盾を抱えることになった。その極みと言えるのがロシアと欧州の関係である。

 通常、「価値や規範を共有しない」という場合、民主主義や法の支配、表現の自由などの人権を指すことが多いが、ロシアの場合、国際秩序の基礎である国家主権の尊重や領土一体性の維持といった規範まで共有しないということが明らかとなり、その政治的対立はロシアとウクライナの戦争というかたちで現れることになった。それに対抗して、経済的な相互依存、つまりロシアが国際決済においてドルに依存しており、その経済は外国への輸出、とりわけ天然ガスと原油の輸出によって成り立っているという脆弱性を狙い撃ちにした経済制裁が実施されている。

 この経済制裁には半導体など西側諸国が優位にある技術を含む製品の輸出管理の厳格化、ロシアの主要銀行に対する金融制裁、プーチン大統領をはじめとする政権幹部や政権を支える富豪などの個人を制裁指定し、彼らの海外資産を凍結するといったことがある。そんな中で、際立って注目されているのがSWIFT(国際銀行間通信協会)と呼ばれる銀行間通信ネットワークである。SWIFTに注目が集まるのはフランスのルメール経済・財務相が「核兵器オプション」と呼んだことや、ウクライナのクレバ外相が繰り返し「ロシアの銀行をSWIFTから切り離してほしい」と要請してきたことが背景にある。

 しかし、制裁の実務にかかわった立場から言うと、SWIFTは「核兵器」のような最終兵器でも、ロシアの経済に決定的な影響を与えるわけでもない。SWIFTは銀行間で送金をする際、どの口座にいくら、どの通貨で送るかといった情報を伝達する通信システムであり、簡単に言えば「銀行間のEメール」である。SWIFTは1973年に設立され、それ以降爆発的に国境を越える金融取引が増えたため、現代のグローバル経済に不可欠なサービスになっているが、SWIFTから切り離しても73年以前の仕組み、すなわちTelexを使って送金メッセージを送ることは可能である。もちろん現代の取引量を考えるとTelexによる日常業務は現実的ではないが、SWIFTから切り離されても送金はできる、という点は押さえておくべき点である。

 過去の制裁、特に2012年から実施された対イラン制裁で最も有効だったのはイランの主要銀行をアメリカの制裁対象にし、「二次制裁」をかけたことである。これは米国外の銀行であってもアメリカが制裁指定したイランの銀行や企業と取引した場合、米国内市場でのライセンスを失うというものである。銀行にとってアメリカ、特にニューヨーク市場にアクセスできないのは死活問題となる。そのため、イランとの取引を避けてアメリカの制裁を受けないようになる。対ロシア制裁でも、この金融制裁は有効であり、より積極的に活用されるべきであろう。

 しかし、ここでまた「相互依存の罠」が立ちはだかる。対ロシア制裁が効果を上げるのはロシアが西側経済に依存しているからだが、同時に西側諸国、特に欧州はロシアのガスに依存している。制裁を強化すればするほど、ガスの供給が止められるというリスクを背負うことになる。相互依存の世界では経済制裁は自らの経済も傷つけることになる。そのため、対ロシア制裁ではガスプロムバンクなどを制裁対象から外し、SWIFTからも切り離していない。その結果、制裁の効果は限定的になる。果たして、それで国際法を無視し、無辜のウクライナ市民を殺害するロシアを止めることができるのか、改めて考えなければならないだろう。

東京大学教授

 

おすすめの記事