『公研』2024年3月号「対話」

 

民主主義の選択は世界をどこに導くのか?
今年は米大統領選挙を筆頭に重要な選挙が相次ぐ「選挙イヤー」。
有権者の選択によって世界はどこへ向かうのか。
ウクライナ戦争、パレスチナ戦争にはどのような影響が出るのだろうか。

松田拓也                      ×                            細谷雄一


慶應義塾大学法学部教授
細谷雄一

ほそや ゆういち:1971年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。オランダ国立リンブルグ大学(現マーストリヒト大学)、英国バーミンガム大学留学。北海道大学大学院専任講師、慶応義塾大学准教授などを経て2010年より同教授。23年3月より慶應義塾大学戦略構想センター(KCS:Keio Center for Strategy)の初代センター長を務める。著書に『戦後史の解放1 歴史認識とは何か──日露戦争からアジア太平洋戦争まで』『国際秩序』『論理的な戦争』など。


東京大学先端科学技術研究センター
特任研究員
松田拓也

まつだ たくや:1989年生まれ。2013年慶應義塾大学法学部政治学科卒。15年ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了。22年ロンドン大学キングスカレッジ戦争学部より博士号取得。専門は安全保障、国際政治、アメリカ外交など。ノートルダム国際安全保障研究センターのモーゲンソーフェロー(米)、ジョージワシントン大学安全保障紛争研究センター客員研究員(米)などを経て、23年10月より現職。The Washington Quarterly, Australian Journal of International Affairs, War on the Rocks などに論文や論考を執筆。


 

二つの戦争と米大統領選挙

 細谷 今年は約70カ国で選挙が行われます。一説には世界で30億もの人が投票に参加するとされていて、「選挙イヤー」とも言われています。選挙結果によっては、1年後の世界が大きく変わっている可能性があるという意味では極めて重要な一年になります。

 今年の選挙のなかでも最も重要なのは、言うまでもなく11月のアメリカ大統領選挙です。ウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナ戦争という大きな二つの戦争が行われている最中に大統領選挙が行われるのは、第二次世界大戦後を振り返っても例がないことです。

 アメリカは当事者として戦っているわけではありませんが、この「二つの戦争」はアメリカの国内政治にも非常に大きな影響を及ぼしています。民主主義国においては、選挙の結果が外交や安全保障の政策にも影響を与えます。そしてアメリカの外交政策の変更は、国際秩序全体にも影響を及ぼすことになる。

 ロシアのような権威主義的な国家にとっても、選挙は重要な意味を持ちます。この3月17日にはロシアで大統領選挙が予定されています。この選挙にどれだけ透明性があるのか、その結果が信頼できるかどうかは別にしても、プーチン大統領は結果がとても気になるでしょう。勝利は間違いありませんが、ポイントはどのくらい広く国民から支持を集めるかにあります。今の政府がより一層の信任を得るためにも、選挙での圧勝が求められるわけです。

 ロシアは、ウクライナ東部のアウディーイウカでの戦闘で短期間に戦力を集中的に投入しました。これはロシア大統領選挙から逆算して、プーチン氏が国民に向けて戦果をアピールするために実行したとも考えられます。ですから、ウクライナ戦争自体もロシアの大統領選挙に大きな影響を与えています。またウクライナが今後も抗戦し続けるためにはアメリカやEUからの継続的な支援が欠かせませんが、アメリカやEUでの選挙結果によってはそこにも影響が出てくる可能性がある。

 このように、戦争と民主主義の相互作用が今年の大きなテーマになっています。今日はこの辺りを中心に議論していきたいと思います。まずは議論の前提としてウクライナ戦争以降、世界の安全保障環境はどのように変わったのかを確認したいと思います。ちょうど2年前の2022年2月24日に、ロシアはウクライナへの侵攻を開始しました。この事態を受けて、アメリカと日本では新しい国家安保戦略が導入されています。さらに2023年10月7日にはハマースがイスラエルのガザ地区への越境攻撃を開始しました。

 この二つの戦争以前までは、多くの人たちが注目していた国際政治の構造は米中対立でした。依然として台湾海峡をめぐる緊張は続いていますが、この2年間はウクライナと中東に関心が集まっているのが現状だろうと思います。

 松田さんは、この2年間の安全保障環境の変化をどのように見ていらっしゃいますか?

松田 露骨な武力行使によって領土の現状変更を仕掛けるようなことは、第二次世界大戦以降考えにくいとされてきました。しかし、今回のウクライナ戦争ではそれが覆されることになり、世界に衝撃を与えたことで、各国で安全保障に関する認識が大きく変化しました。

 この2年間を振り返って印象的なのは、アメリカとの同盟関係に質的な変化が起きていることです。日本も安保3文書──「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」──を発表しましたが、今後の方向性として、同盟を通じて軍事力を実際に創出するかたちでの備えを進めることが明確になっています。

 日米同盟の関係強化は、2010年代以降の安保法制から一貫した流れがありましたが、台湾海峡などを中心に日本の周辺地域でもウクライナのような有事が発生する可能性があるという意識が高まってきている。

 今後は安保3文書からさらに一歩前へ出て、有事の際にはどうやって日米共同で軍事力を使うのか、いかにして軍事力を創出するのかといったポイントに力点が置かれることになるのだと思います。

 同様の流れで東アジアのもう一つの象徴的な出来事は、日米韓の安保協力が進展し、地域大で有事への備えをする必要があるという意識の芽生えです。2010年代には、日韓関係は最悪の状況でしたが、この数年間でかなり改善しています。逆に韓国側が、日米韓の安全保障協力の強化に向けて働きかけるようになったのは大きな変化です。これもウクライナ戦争がきっかけになっていると言えるでしょう。韓国は、北朝鮮とロシアの関係が深くなっていることを強く警戒しています。

 ヨーロッパに目を向けると、長年中立を守ってきたフィンランドとスウェーデンがNATOに加盟するなど、今まで想像できなかったことが実際に起きています。NATO自体がロシアによる武力行使への対応策として、とりわけバルト地域において集団的に軍事力を行使することも想定するかたちで安全保障戦略を再構築しようと実際に動いている。世界各地で、自分たちの地域において現実として戦争が起こり得ると深く認識するようになっている。その結果として同盟関係のありかたに大きな変化が生じています。

 しかし、ここで問題になってくるのはアメリカの軍事的なリソースは限られていることです。オバマ政権の頃から、徐々に中国やロシアを意識した「大国間競争の時代」と言われてきました。2010年代後半からは、その流れがより加速していました。そしてアメリカは大国間競争、とりわけ中国に集中するという戦略上の目標を明確に打ち出しつつありました。

 そうした流れのなかでウクライナ戦争が起きて、さらには中東でも戦争が起きた。ヨーロッパ、中東、それから台湾海峡を中心とした西太平洋という具合に、複数の地域でどのように資源や戦略の軸足を分担するべきなのかというトレードオフの問題が大きな課題になってきている。

細谷 今のご指摘にあった「アメリカとの同盟関係の質的な変化」は、重要なキーワードだと思います。日米同盟は、物(基地)と人(米軍)の交換という言われ方がなされていて、非対称性があると指摘され続けてきました。それが具体的にはどのように変化しているのでしょうか?

松田 日米同盟はアメリカに基地を提供することで、アメリカの戦力投射を可能にする一方でその代わりにアメリカの拡大抑止いわゆる「核の傘」に日本が守られるのが基本的な構造です。日本は海に囲まれているし、アメリカの圧倒的な海軍力によってシーレーンの安全も保たれ、戦後の日本の周辺環境はとても安定していたと言えます。

 ですから、自衛隊が米軍と共に戦うことは具体的には想定されていなかった。冷戦から2000年代前半くらいまでは、そうした平和な時代が続きました。けれども今回の改定された安保3文書は、日米が共に戦う事態が起こり得ることが前提になっています。そこは大きな変化です。

 そうした有事が起きた際に、日米でどのような防衛協力ができるのか。それを可能にするためにはどういうステップを踏む必要があるのかという問題意識が明確にある。また有事の際には地域全体でどのような軍事作戦を考えていくべきなのか、といった戦略的な発想が芽生えつつあることも注目すべき変化だろうと思います。

「対テロ戦争」から「アジア回帰」へ

細谷 先ほど松田さんから「大国間競争の時代」という言葉が出ました。これは2017年12月のアメリカの国家安保戦略文書と翌年の国防戦略文書の中に出てきたものです。この認識に至るようになるまでの過程を駆け足で振り返っていきます。冷戦終結直後まで遡ると、当時は戦争のない時代に突入するといった楽観的なムードがありました。フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』で論じたように、イデオロギー対立はなくなり、今後はグローバリゼーションの進展とともに、自由と民主主義が世界中に広がっていくことが期待されていたわけです。

 けれどもその見通しは、裏切られることになります。最初の衝撃となったのが、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件でした。これによって戦争がない時代から、「対テロ戦争」の時代に変わっていきました。

 世界最強の圧倒的な軍隊を持つアメリカは、アルカイーダという国際テロネットワークと対テロ戦争を戦うことになりました。国家とテロ組織の戦いですから、非対称な戦争のかたちでした。非常に特殊な戦争なので、カギカッコ付きの戦争とも言えますが、対テロ戦争の時代はしばらく続くことになります。

 この時期はアメリカにとっての脅威敵国は、ロシアや中国のような大国ではなくて、あくまでもテロリストのネットワークでした。イスラム国が出現した頃でも、その論調は濃厚だったと思います。それを象徴するのが、2010年にNATOが出した「戦略概念(Strategic Concept)」です。この中でNATOは、ロシアを「パートナー」として位置付けました。2008年にはロシアがジョージアに侵攻していたにも関わらず、当時のNATOはロシアを脅威とは捉えず、むしろ協力できる相手と見ていました。

 元々ロシアとNATOは、90年代を通じて一貫して協力関係が現れていました。1997年のNATO・ロシア基本議定書は、そうした楽観的な時代の雰囲気が反映されていて、当時の欧州が国際協調主義的な安全保障環境にあることが確認されています。さらに98年にはロシアは正式にG8の一員になっています。プーチン大統領の発言スタンスも今のように強硬なものではなかったわけです。そうした前向きな状況は、2014年のクリミア半島併合およびウクライナ東部での戦闘によって崩れ去ることになります。しかし、それ以前はロシアや中国と協調することは、2010年代の国際関係の基調になっていました。

松田 確かにその頃までは、中国とロシアに対しても協調し得るという期待感がありました。

細谷 その背景の一つには、経済的なメリットがあります。ジム・オニール(ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長)は、「新興国や新興市場との協力関係を深めることは、経済的な利益になる」と端的に述べていますが、新興国の経済成長への楽観的な期待感がありました。リーマン・ショック以降の世界恐慌では、中国の大規模な財政出動が世界経済を回復させ、牽引したことも大きな意味を持ちました。この時期までは、中国に対する期待感も前向きなものがありました。ですから、2020年代も中国やロシアとの提携がある意味では基調になっていました。

 さらに言えば、やはりリーマン・ショックでアメリカ、ヨーロッパの西側諸国は国内経済の立て直しが急務でしたから、とても軍拡をするような国内世論や経済環境ではなかったこともポイントです。当時のアメリカはアフガニスタンとイラクでの戦争によって、すでに大きく兵力・国力を消耗していました。そうした観点からも、いかに中東から撤退していくのかということがアメリカにとって大きな課題になっていました。この流れの中で、アメリカの中東政策の考え方は変化していくことになります。

 このようにアメリカは、中東を中心に限定された地域に軍事的なリソースを配置していました。それが大きく転換していくのが、2017年18年のアメリカのトランプ政権における国家戦略の大転換です。「pivot to Asia(外交・安全保障の軸足をアジアに移す政策)」「アジア回帰」という言葉に象徴されますが、軸足を中東から中国、アジアへ移すことになります。いわば、中東からアメリカの影響力が大きく後退したわけです。ここが対テロ戦争から大国間競争への転換点になるわけです。この流れとアメリカの軍事戦略と安全保障戦略のシフトチェンジが同時に起こることになりました。

 松田さんが所属されている東京大学先端科学技術研究センターの戦略研究オープンラボ(ROLES)の代表を務める池内恵さんは、様々な要素が混ざり合っている世界の状況を「まだら状の秩序」と表現されていました。大国間競争の側面もあれば、対テロ戦争の側面もある。従来のようなアメリカの覇権的な秩序は世界で大きく衰退する中で、国家主体、非国家主体を含めた様々な勢力が混ざり合っている。そして少なくとも中東ではアメリカの指導力は後退したことが、不安定化に繋がったわけです。今回パレスチナでの紛争が起きる前の話ですね。

 松田さんは、アメリカの中東政策も研究の対象にされていますが、9・11以降の20年ほどを振り返ったときに、そこにはどのような推移があったと見ていますか?

中東からの撤退は10年越しの一大転換

松田 2001年から発足したブッシュ政権の初期の頃は、クリントン政権と一線を画し、中国やロシアなどとの大国間関係を重視する姿勢を見せていました。ところが、9・11テロをきっかけにその路線は完全に吹っ飛ぶことになり、アフガニスタン戦争、イラク戦争、いわゆる対テロ戦争の道を歩むことになります。

 その後20年のアメリカの中東政策を端的に説明することは難しいのですが、オバマ政権以降は中東地域に一定の安定をもたらしつつ秩序立ったかたちで関与を低減させたいというのが前提になっていました。

 2008年から始まったオバマ政権は、2009年にはアフガン増派を決定しています。ただし、この増派はあくまで同国の情勢の安定化を急ぐことで、最終的な撤退の道筋を付けるという「立つ鳥跡を濁さず」という意識があったわけです。

細谷 アメリカは、中東地域やアフガニスタンから影響力を後退させる撤退するときに、可能な限り地域の不安定化を招かないよう配慮していますよね。自分たちが兵力を撤退させたとしても、それによって力の真空が生まれ、不安定化の要因を残してはならないと考えた。

松田 そうですね。結果的にアフガン撤退への道筋をつけようとしたオバマ政権下のアフガン増派から2021年の撤退まで、10年以上もアフガニスタンへの関与は続きました。アメリカの中東への関与は、9・11テロ以降アメリカの安全保障コミュニティを席巻し、それを長く規定したものでした。ですから、対テロから「アジア回帰」を中心とした大国間競争へと戦略的重心の転換を実践するには、軍や官僚機構から、戦略的思考の転換やリソースの再配分を含めたワシントンの安保コミュニティにおける10年越しの一大転換が必要でした。

 例えば、軍事資源の配分を陸軍から海軍、あるいは中東・南アジアを管轄するアメリカ中央軍からインド太平洋軍へといったかたちでの転換が必要になります。その過程で中東からの撤退は一筋縄にいかなかったわけですが、2021年8月のアフガニスタンからの米軍の撤退は対テロ戦争時代の終焉を象徴するような出来事でした。

 さらにトランプ政権の終盤の2020年9月には、アラブ首長国連邦(UAE)とイスラエル国間における平和条約及び国交正常化、いわゆるアブラハム合意を仲介します。バイデン政権下の2023年9月には、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化に向けた方向性が示されることになります。

 これでようやく大国間競争に集中できる環境が整ったと思われました。しかし、ジェイク・サリバン国家安全保障担当補佐官が中東は「この20年間で最も平穏だ」と現状を楽観視する見解を述べた1週間後の2023年10月7日にハマースによる越境攻撃が起き、中東情勢は再び一変することになります。

細谷 ここはしばしば批判されていますが、やはり見通しが甘いですよね。アメリカとイスラエルのインテリジェンスは、世界でも屈指の能力があるとされていますが、両国ともハマースの武力攻撃の計画を見抜けていなかった。それによってイスラエルで大規模な被害が生じてしまった。ここには、パレスチナ問題を放置して凍結することに対して楽観的過ぎたところがあります。

 私は、トランプ政権の国防・安保戦略は、とてもよく考えられたものだったと考えています。いまお話にもあったアブラハム合意は、トランプ政権が終わる直前のことでした。アブラハム合意によって、中東最大の問題だったイスラム諸国とイスラエルとの関係を安定化させる道筋を示した。比較的アメリカとも良好な関係を維持していたUAEが率先して、イスラエルとの関係を改善していく流れができようとしていました。

 中東の安定化は、湾岸諸国の経済的な利益につながります。またUAEの影響力が拡大することは、イスラエルにとってもこの地域における協力できるパートナーとして重要な意味を持ちました。もちろんアメリカの代替にはなり得ませんが、イスラエルを孤立させないためにも、そうした存在は欠かせません。

 アブラハム合意によってアメリカが撤退しても、中東地域の安定化が持続するようにトランプ政権はずいぶん考慮、あるいは苦慮していたと思う。松田さんがおっしゃるように、うまく撤退しようとしていました。

 それ以前は、イスラエルに対する国際的な非難が、むしろハマースに対する共感や国際的な支援に繋がっていました。ところが、イスラエルが徐々に国際的な孤立から脱して、まずはUAE、バーレーンそしてサウジアラビアとの関係改善に動いたことによって、中東におけるパレスチナ問題への関心が低下することになりました。

 けれどもハマースからすれば、そのことは自分たちへの支援の後退に直結すると危惧するわけです。ハマースにとってはパレスチナ問題を置き去りにされたままに、多くの国が経済的な利益を求めてイスラエルとの関係を改善していくという今の大きな潮流は好ましくなかった。

 それによって、パレスチナ自治区でのパレスチナ人たちの生活環境や様々な状況が悪化することになると受け止めたわけです。ですから、アブラハム合意という地域における安定性を回復する動きに対する反作用が起こってしまったといった見方もできるかもしれません。

 バイデンとネタニヤフの間には大きな溝が?

松田 そうですね。9・11をきっかけにアメリカは中東に深く関わるようになり、そこからどのように関与を低減させるべきなのかを常に模索し続けてきて、一定の区切りを付けようとしたところに、再び大きな問題が勃発したというのが現状だろうと思います。

 今般のガザでの軍事行動に関して、アメリカがイスラエルをコントロールできていないのは大きな懸念事項です。両国は深い関わりがありますが、厳密には条約を締結している同盟国ではありません。バイデン政権は、ネタニヤフ政権の戦略的な着地点なきガザにおける軍事行動に対して強い懸念を持っています。

 アメリカからすれば、大国間競争に注力するためにも、中東全域に戦火が拡大することは絶対に避けたいわけですが、ネタニヤフ首相はバイデン大統領の懸念を汲もうとはしないフシがある。バイデンとネタニヤフの不和もかなり報道されていますから、両国の間に大きな溝が生じているのは心配です。

細谷 バイデン大統領とネタニヤフ首相の不仲は、まさに次の大統領選挙にも関わってくる話ですよね。バイデンとしては、イスラエル軍が非人道的な行為を拡大すればするほど、アメリカ国内の中でイスラエルを支持しているバイデン政権への批判が高まってくることになります。とりわけ若年層や民主党左派の中では、そうした意見が根強くあります。さらに共和党からは、ウクライナ支援よりメキシコとの国境管理強化を優先するべきだという批判もあります。ですから二つの戦争は大統領再選をめざすバイデンにとっては、非常に大きなデメリットとなってしまっている。

 「トランプ氏の大統領復帰を一番望んでいるのはプーチンとネタニヤフではないか」という意見もしばしば聞かれますが、トランプ氏が大統領選挙に勝って第二次トランプ政権が成立すると、今のパレスチナ紛争にはどういう影響を及ぼすのでしょうか。もちろん政権の布陣次第ということになるのでしょうが、特に首脳間の関係性を中心に見たときに、良いところ悪いところをどのように考えたらいいのか。松田さんの見立てをお聞かせください。

松田 トランプ政権は、予測不可能な動きをすることで逆説的に抑止力を強化する側面もあったと言えるでしょう。2020年1月にイランのイスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官を暗殺したことがありました。これは過去のブッシュ政権やオバマ政権もできなかった大胆な行動です。これに対してイラン側が、非常に抑制され緊張激化を避ける計算されたかたちで反撃しました。

 この一件は、トランプ氏の予測不可能性や強硬姿勢が逆説的に功を奏した興味深い例ですね。ですから、もしトランプ政権が復帰することがあれば、イエメンの親イラン武装組織フーシ派の動きの間ならず、中東におけるイランの動きをある程度鎮めるきっかけにはなるかもしれません。一方バイデン政権は、中東における戦火の拡大や緊張激化を避けたい意図が逆に明確すぎて、それがかえって逆効果になっている側面があります。

 パレスチナ情勢については、トランプ氏とネタニヤフ首相の人間関係がそれなりに良好であるのは事実です。しかし、ネタニヤフ政権にとって大きな問題になってくるのは、対米関係よりも国内のガバナンスに不安を抱えていることです。ここはまさに民主主義と戦争という論点にダイレクトに関わってくるポイントです。

 ネタニヤフ首相は、強硬な保守勢力を基盤とした連立政権を組んでおり、司法の行政に対する役割を縮小させる司法改革を推進していました。ただ、これは民主主義の根幹を揺るがすものとして、激しい抗議行動が巻き起こるなど内政上大きく混乱していました。このようなイスラエル国内の政治的混乱の最中、ハマースの越境攻撃は起きたのです。

 こうした事態ですから、ネタニヤフ政権としては国民の支持を得るために、とりわけ支持基盤の保守層を意識して、ハマースへの反撃を必要以上に烈度の高いかたちでやっているとも言えます。イスラエルが不意打ちでテロ攻撃を受け、極めて強硬な報復行動に出ている背景を理解する上で、同国の内政が抱えている問題は無視できません。アメリカの意向よりも、国民世論や内政の論理が先行している可能性があります。仮にトランプとネタニヤフの組み合わせになったとしても、果たしてそれでネタニヤフ首相が思いとどまるのかと言えば、難しいかもしれません。

細谷 確かにイスラエルはアメリカよりも国内を気にしているのかもしれません。だとすれば、バイデンからトランプに大統領に変わったところで、イスラエルの方針が大きく変わるわけではないということになる。トランプ政権は予測できない動きをするというご指摘がありました。私が気になっているのは、第一次トランプ政権で「大人たち」と呼ばれた人たちが、2021年1月6日のトランプ大統領支持者による議会襲撃事件以降トランプ氏のもとを離れてしまったことです。政権の中枢で外交・安保に携わったマティス国防長官、マクマスター安全保障担当の大統領補佐官といった成熟したプロフェッショナルたちは、まったくのゼロではないけれども、現在はほとんどいなくなってしまった。これらの要因を考えると、トランプ政権誕生で現在の紛争が急速に改善すると楽観視できないというのが、大きな見取り図かもしれません。

プーチンは大統領選挙の結果を過剰に気にしている

細谷 次に話題を「選挙イヤー」の注目点に移したいと思います。東島雅昌さん(東京大学准教授)が『民主主義を装う権威主義』で書いていますが、権威主義体制においても選挙を様々な理由から重視している国があります。その典型的な例が冒頭で触れたロシアです。3月の大統領選挙でのプーチン氏の勝利は既定路線ですが、どの程度の支持率を集めるのかを気にしています。彼からすれば、戦争が長期化していることへの嫌悪感や厭戦ムードが高まっていないか心配なわけです。権威主義体制の国家では、選挙自体が指導者の政策に正統性を与えることが目的になっていたりすることが往々にしてあります。東島さんはこうした状況を「選挙独裁」と呼んでいます。

 戦争が長期化していますから、国民が不満に感じ始めるのは当然のことです。おそらくプーチン大統領が想定していたよりも、そうした不満が社会の至るところに色濃く表れているのでしょう。プーチン氏は、過剰なまでに国民世論の反発を警戒していて、強い危機感を持っています。

 この2月には、反政権派指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏の死去が発表されました。彼がどういうかたちで亡くなったのかはまだわかりませんが、今度の大統領選挙に連動しているのだろうと思います。プーチン氏は、自分の政権に対して国民は不満を鬱積しているのではないか、その批判がナワリヌイ氏への支持として広がっていくことを恐れたのだろうと思います。しかしナワリヌイ氏の不可解な死は、水面下ではそうした非人道的な動きがあることをむしろ顕在化させた側面もあるわけです。

 それから今年行われる選挙のなかでは、6月に予定されているEUにおける欧州議会選挙も重要です。この欧州議会選挙で極右勢力が台頭するということが懸念されています。EU内でもウクライナへの支援継続に対する反発が表れていて、それが欧州議会の議席にも濃厚に現れるかもしれません。欧州議会は以前に比べて権限が拡大して、各国の予算策定にも一定の権限を持っています。もちろん各国の議会ほど強力ではありませんが、欧州議会の動向も重要になっています。

 つまり欧州議会選挙において極右勢力が台頭し、アメリカではトランプ氏が勝利したら、果たしてウクライナは一体どうなってしまうのか。具体的に何を意味しているのかはわかりませんが、トランプ氏は「自分が大統領になったら1日で戦争は終わらせる」とも言っている。ですから、1年後には今とはかなり違う状況になっているかもしれません。先ほど中東については見通しを語っていただきましたが、松田さんは世界秩序全体の方向性についてはどのような見通しを持っていますか?

「もしトラ」でウクライナ戦争はどうなる?

松田 一つ言えるのは、案外アメリカ外交は一定程度の一貫性があるということです。政権が変わっても、問題意識や課題が変わるわけではなく、一定の方向性は引き継がれる傾向があります。その観点から、この15年くらいを振り返ると、オバマ政権の頃からアメリカは内政重視のスタンスがずっと続いていると言えます。対外関与に関しては禁欲的で、制御する流れは一貫したものがある。バイデン政権は「中間層のための外交」という言い方をしましたが、対外関与を合理化し、米国の有権者、納税者の利益を優先することを意味しています。

 細谷先生のご指摘の通り、トランプ氏はもし当選すれば1期目以上に自身への忠誠心を基準に閣僚等を登用するだろうと言われています。それゆえ、トランプ氏の外交政策を楽観視するのは禁物です。ただ、トランプ氏が1期目で掲げた「アメリカ・ファースト」を含め、内政重視の流れは政権を問わず当分アメリカ外交における基本スタンスであろうことは留意する必要があります。

 米議会では、主に共和党を中心にウクライナへの支援を忌避する動きがあります。西太平洋における大国間競争の重要性が強調される中で、アメリカは欧州にどこまで関与すべきなのかトレードオフの議論です。ここはアメリカ外交の通底にある孤立主義にも関連してきます。アメリカの孤立主義は決して新しいものではない。1941年の真珠湾攻撃直後も米議会では、太平洋戦線に注力すべきであって欧州戦線には参戦すべきでないという議論も根強く、1941年12月11日のヒトラーのアメリカに対する宣戦布告まで自動的に欧州戦線に参戦するわけではありませんでした。当時に関する外交史研究を読むと、現在行われている論争と面白いくらい酷似しています。

 ウクライナへの支援を忌避する主張の中には、対中抑止に集中するため西太平洋地域にリソースを割くべきだという考え方があります。資源をどう分配するのかが重要なポイントになっています。アメリカの支援はウクライナにとって死活的であるものの、消耗戦になっていますから、ここに関与し続けることは西太平洋へ向けるリソースが少なくなるわけで、それは得策ではないというわけです。

 ただしウクライナへの支援を安易に断つこともまた、中国に誤ったメッセージを与えることになりかねないことです。台湾有事が起こるとすれば、おそらく消耗戦になると予測されます。中国からすれば、長期戦に持ち込めば、戦況は自分たちの有利に働くと考えるかもしれません。

 ただし資源の有限性の観点から長い目で見たときに、何を着地点にするのか、どういう終わり方をするべきかという議論も必要になってくるのだと思います。朝鮮戦争が参考になるのではないかと述べる識者もいます。あの戦争では、戦いを続けながら停戦や休戦に向けた交渉も同時並行で行われていました。

 アメリカからの支援継続への不安感もある中で、今いたずらに「ウクライナは停戦すべき」だと主張するのは、決して賢明ではないでしょう。一方で長期的に考えたときに、政治的な着地点を何にすべきなのかという意識を持っておくことも必要になります。つまり、戦闘を続けながら政治的な妥結点も探るという両輪のバランスをどのように取っていくのか。ここが今後の課題になってくるのだろうと思っています。

 戦争における「勝利」は定義しにくいものがあります。朝鮮戦争の場合は、西側の「勝利」の理想形は、朝鮮半島をすべて統一することなのでしょうが、それは叶わず南北に分断されることになった。いま韓国は経済発展を遂げた民主国家として繁栄していますが、北朝鮮は真逆の国になっています。休戦状態とはいえ一定の安定はもたらされたわけで、何が現実的な最適解としての妥協点なのか……。ウクライナ戦争は、その最適解が何なのかは今はわかりませんが、戦いを続けながら、妥結策を模索することの両方向をやっていかないといけない段階にきているのかなと考えています。

プライマシーとプライオリティー

細谷 アメリカの外交政策を考える際にポイントになる言葉に、「プライマシー(primacy:アメリカの優越性)」と「プライオリティー(priority:対外政策の優先順位)」という二つの言葉があると私は考えています。

 プライマシーを維持すると言えば、アメリカが世界で最も優越したリーダーシップを発揮し続けることを意味します。そうであるならば、当然ウクライナにも一定の責任を持って、支援を継続する必要があります。中東和平にも台湾有事にも関与を続けることが求められます。

 当然プライマシーを維持するためには、リソースが必要になりますが、すでにアメリカには従来のような圧倒的な力を持っているわけではないという見方もあります。そう考える人たちは、プライマシーの維持は諦めて、地域的なプライオリティーを付けてリソースを配分すべきだと主張するわけです。

 ウクライナ支援を優先すべきと主張する人は、NATOとの関係性を重視するので、「アトランティスト(Atlantist:大西洋主義者)」と呼ばれたりします。

 それから中東を優先すべきだと主張する人たちもいます。アメリカの経済的な利益、あるいは様々なロビー集団との繋がりからも、ウクライナよりもむしろ中東におけるアメリカのコミットメントを優先的に考えるグループです。

 そして、もう一つはアジア・インド太平洋地域を優先するグループです。2022年の国家安全保障戦略文書では、「アメリカの世界における地位を脅かすことができる大国は中国しかいない」と、唯一の競争相手として中国を挙げています。中国の影響力拡大に対応するために、冷戦時代の米ソ対立と同じようにリソースを集中的につぎ込むべきであると考える。

 だいたいこの三つの立場があるわけですが、そのなかでアメリカはどこを最優先に考えるべきなのかをめぐって、様々な政策論争が行われています。

 しかし、最近はそれとは違う動きもあります。実業家チャールズ・コーク氏と投資家ジョージ・ソロス氏が共同出資して2019年にワシントンで開設されたクインジー研究所は、「終わりなき戦争を終わらせる」という目標を掲げています。彼らはトランプ政権とは違った意味で非常に内向きで、アメリカ国内の貧困や失業などの課題の解決を最優先にすべきだと主張しています。

 また、アメリカが対外的に関与することを非常に嫌っていて、「アメリカは怪物を探して外国に出て行くべきではない」、あるいは「いかなる国とも同盟関係を結んではならいない」とも言っている。ずいぶん極端なように思いますが、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソンなどの建国の時代にまで遡ってみると、それが元々のアメリカの外交スタンスであって、2度の世界大戦と冷戦の時代は逸脱と見なすこともできる。

 クインジー研究所に限らず、世界への関与とりわけ軍事的な関与は大幅に後退させて、せいぜい南北アメリカ大陸までをアメリカの影響が及ぶ範囲にすべきだと考える新しい潮流が広がっています。特にアメリカの若い世代、いわゆるZ世代を中心に広がっている。この動きはどの程度強いのでしょうか。あるいは勢力としては限定的なのでしょうか? 松田さんは最近までワシントンDCにいらっしゃいましたが、どうお考えでしょうか?

松田 クインジー研究所に出資しているチャールズ・コーク財団は、各地に様々な研究機関をつくって、若手にポスドク(任期付きの研究職ポジション)などのポストをつくり、全米各地の大学にも「大戦略センター」を創設していました。コーク財団は、小さな政府をめざすリバタリアニズムの観点からアメリカの対外関与の大幅縮小を志向しています。近年アメリカにおける非介入主義や国内経済重視の主張の高まりに呼応して存在感を出していましたが、コーク財団の勢いは一時と比べたら、かなり落ち着いてきた印象があります。

細谷 その理由には何かあるのですかね。

松田 私も詳細はわかりませんが、おそらく財政的余裕がないのだと思います。彼らが出資していたポスドク等のポジションも減っています。コロナ禍以降はそれが顕著になっていますから、そこまで大きな動きにはならなかったという印象を持っています。また「アメリカは極端な孤立主義に回帰すべきだ」というスタンスに完全に共感する人は、そこまでは多くないのだと思います。

細谷 なるほど。確かにアメリカには建国以来、孤立主義的なDNAが受け継がれていますよね。ですから、今の内向きな議論をトランプ氏個人の発想に還元してしまうことは、アメリカ外交の根底にある孤立主義的な流れを見誤ってしまうことになる。

 それを転換させたのが、20世紀初頭のセルドア・ルーズベルト大統領でした。彼がヨーロッパ流のパワー・ポリティクスをアメリカに持ち込んで、プライマシーを追求していく方向性を示したわけです。さらにはウィルソン大統領が、アメリカはリベラルな国際秩序の構築に積極的に関与すべきだという一つの流れをつくった。そこから100年が経過したわけですが、もしかしたらそうした方向性はこれから後退していく局面に入っていき、元々のアメリカに戻っていくのかもしれない。

 そこでおそらく重要になってくるのは、日本やEUにおける戦略的自律性だと思います。最近EUは「開かれた戦略的自律性(open strategic autonomy)」という表現をよく使っています。つまりEUは要塞になるのではなくて、むしろ自由貿易や開かれた自由主義的な世界秩序を維持していき、国連のようなマルチな機関や場を擁護していく。その一方で、一定程度の戦略的な自律性も担保していくことも怠らないという考え方ですね。

 これが最近のEUに見られる傾向ですが、その点においては日本も共有していると思います。アメリカに対抗するわけではないし、孤立主義に陥るわけではないけれども、あくまでも戦略的自律性は確立していこうというわけです。日本は、戦前の大東亜共栄圏の苦い歴史もあるので、開かれた国際協調を基本にすることを見失ってはなりません。そしてその一方で、同時に戦略的に自立していく道を模索していくべきだろうと思います。

民主主義vs権威主義の二元論は危険?

細谷 今の国際政治を民主主義vs権威主義という対立構図で捉える見方があります。元々これは4年前の大統領選挙の選挙運動の際に、バイデン氏が民主主義を軸に外交を展開すると主張したことに由来しています。自らが大統領になったら民主主義サミットを開催することを公約として、それを実践したわけです。ただし、ここには様々な批判もあります。果たして今後も民主主義vs権威主義という対立の構図で、国際政治を見ることはどの程度有効なのか。少しこの問題について考えてみたいと思います。

松田 私はこの構図はあまり有効ではなく、むしろ逆に危険でさえあるのではないかと考えています。いくつかポイントを申し上げます。一つ目は、権威主義体制側の中国、ロシア、イランが結束しているかのようなイメージを与えますが、これはかなり誇張されています。確かに北朝鮮はロシアに武器の供与を行うなど、両国は協力関係にあります。その一方で、中国とロシアを見れば、両国がお互いを信用しているのかと言えば、冷戦期の中ソ対立の歴史から見て取れるようにそんなことはあり得ません。イランは、ウクライナ戦争ではロシアにドローン提供していることが話題になりましたが、イランはロシアに攻め込まれてきた歴史を持つ国なので、ロシアとイランがお互いを信頼し、結束するとは到底考えにくい。ですから、民主主義と権威主義の二極構造は、そこまで有効なものではないと思います。

 この構図は政治のナラティブ(物語)なんですよね。やはりアメリカも多くの有権者にとっては、景気や雇用などの経済政策に関心が集まっています。だから、対外関与を有権者に売り込むのは、容易ではない。そうしたなかで、外交・安全保障政策を有権者にアピールするためにはどうしてもわかりやすさが求められることになります。

 この問題は、アメリカ外交において常に浮上する至上命題です。例えば、冷戦初期にアメリカの戦後の対欧関与の土台となるマーシャル・プラン(ヨーロッパ経済復興援助計画)も第二次世界大戦直後で孤立主義に回帰しつつあった米国民に売り込むことは、非常に難しかったわけです。そこで当時紆余曲折を経て冷戦という政治の物語をつくることによって、米国民に大戦後も継続的な対外関与の重要性を説いたのです。

 今のバイデン政権も政治的なナラティブとして、民主主義vs権威主義というわかりやすい構図を持ち出してきたのでしょうが、実際には整合性のとれないところがあります。昨年10月にバイデン大統領が「ウクライナとイスラエルの両方への支援が必要である」と議会で訴えた「歴史の転換点スピーチ」は非常に印象的でした。ここでは「両国とも隣国によって攻撃を受けた民主主義国家だ」というロジックを使いましたが、米国民への十分な説得力があったのかは疑問の余地があります。

 米印関係もよい例ではないかと思います。アメリカはインドに関しては、民主国家同士としての連帯性を強調しますが、インドではヒンドゥー至上主義の台頭への懸念など国内問題もあります。米印関係も民主主義による連帯よりもむしろ外交上、戦略上の「利益の共有」に依拠したものと言えるでしょう。一見、単純化されたわかりやすい二極構造に見えますが、バイデン政権はそれを運営するのに苦労しています。

 バージニア大学のデール・コープランド(Dale Copeland)教授の最新刊“A World Safe for Commerce”が話題ですが、そこで示されるように国際政治も自由や民主主義の価値よりも、むしろ経済や貿易へのアクセスで動くのだと見ることもできると思います。バイデン政権は「中間層のための外交」という表現を使いましたが、やはり貿易を含めて国内経済の再建を多くの国民は期待しています。アメリカの独立戦争から米中対立まで、貿易へのアクセスなど経済をめぐる対立が国際政治の根底にあるとも言えるでしょう。

細谷 国民を動員するための政治のナラティブとして、民主主義vs権威主義というレトリックを用いる必要がある。けれどもリアリズムの観点からすれば、多くの国が求めているのは経済的な利益であって、アメリカと行動することでより豊かになれるのであれば結束できるというわけですね。インドもイスラエルも民主主義陣営という枠組みに入ってはいるけど、実態は危ういわけですからダブルスタンダードになっている。やはり多くの人たちがそこに一定の不信感を抱いている。さらに重要な問題として、このフレームワークが大きく揺らいでいる背景には、やはりグローバルサウスの台頭があるのだと思います。

 民主主義vs権威主義という二元論的に世界を分断するこの視座に対して、インドを中心としたそのどちらにも含まれないグローバルサウス諸国がそこに異議申し立てをしている。インドは民主主義国でありながら、この対立の構図では常にアメリカやヨーロッパと同調し、ロシアは中国と対決するのではなくて、やはり独自の自律的な外交を展開している。

 ウクライナへの支援を続ける上では、可能な限り幅広い国際的な連携をつくる必要があります。ところが、それを民主主義国だけで限定してしまうのはやはり戦略的にあまり賢明なやり方ではないですよね。本来なら、法の支配に基づく国際秩序を破壊するロシアに対しては、より幅広い国際的な連携が可能なはずなんです。

 そうした状況を反映してか、日本では岸田政権になってから民主主義という言葉を使う頻度が後退していて、「法の支配に基づいた自由で開かれた国際秩序」という表現が増えています。昨年9月の岸田総理の国連スピーチ以降は、「人間の尊厳」という言葉をよく使っていますね。民主主義は、ある意味では排他的な概念にもなり得ますから、法の支配や人間の尊厳といったより包摂的な理念を打ち出すのが、今の潮流ですね。いま民主主義vs権威主義という構図が大きく揺らいでいますね。それとは異なる視座で見なければ、国際政治の現実が見えにくくなっているのかもしれません。

大学発の外交シンクタンクの役割と期待

細谷 最後に外交シンクタンクの存在意義について少しだけ触れておきたいと思います。いま松田さんは、池内恵さんが東京大学先端科学技術研究センターにつくった戦略研究オープンラボ(ROLES)に所属されて研究活動をされています。慶應義塾大学も昨年3月にグローバルリサーチインスティテュート(KGRI)の下に戦略構想センター(KCS)をつくり私がセンター長を務めています。

 国際情勢が非常に流動的になる時代において、外交シンクタンクはどのような役割を担えるのか。松田さんはワシントンでもロンドンでも多くのシンクタンクを見て来られました。国際的な比較やご経験を踏まえてお聞かせいただけますか?

松田 シンクタンクの役割は、国によってまったく違っています。例えば、ワシントンDCの場合は、政権に入るための人材のプールという役割が非常に強い。ロンドンでは、企業との関係性が強い印象で企業がビジネスをしていくうえで、現地の知見や視座を与える通訳的な役割を担っていたりします。

 最近の日本の特徴としておもしろいと思うのは、いま細谷先生がご紹介されたように、大学を拠点にするシンクタンクが増えていることです。日本以外では、ブリュッセル自由大学の安全保障・外交・戦略研究所(VUB-CSDS)やシドニー大学のアメリカ研究センター(USSC)などがよく知られています。

 大学発のシンクタンクが台頭している背景には、学術研究と政策の両方を結ぶ役割ができるという強みがあるのではないかと思います。経済・ビジネス界を中心に目が向いた状態だと、安全保障のようなビジネスには直接的には向かない分野の学術的な研究がやりにくくなってしまう。

 ですから、安全保障をより深く考えていく機会を創出する公共財としては大学という場は、適切だと思います。そこで研究された成果は、一般の方々に触れてもらって、広く議論を喚起することが大事ですね。

細谷 今までは官庁系、企業系のシンクタンクが多かったわけですが、新しいジャンルとして大学発のシンクタンクが登場してきています。現代は経済安全保障のように経済、安全保障、科学技術など複数の領域にまたがるテーマが一層重要なっていますから、より総合的な知が必要になっています。そうした問題を考える際には、大学発のシンクタンクは有効な場だと考えています。

 私は、分断された世界に対して橋渡しをするような存在が必要になると考えていて、大学発のシンクタンクがそうした役割を担えれば理想的です。最近はネット世論の影響力が増大しています。特にチャットGPTなどの生成AIが広がったことによって、SNS上でAIを使った発信が肥大化している。多くの人たちが物事を判断する際に、新聞のような既存のメディアよりもインターネットに頼る傾向が強くなっていますよね。民主主義は、有権者の判断によって政策の方向性が大きく左右されるわけですから、情報源は極めて重要になってきます。けれども、フェイクニュースに象徴されるようにネット上の情報は玉石混交です。大学発のシンクタンクは、有権者に精度の高い情報やきちんとした議論のあり方を提供する上でも重要性が増していると考えています。

(終)

 

 

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