『公研』2024年7月号「めいん・すとりいと」
2024年は世界的にまれに見る選挙イヤーであり、インドやインドネシアといったグローバルサウスの大国、イギリス、フランスなどヨーロッパ主要国、そしてロシアなどの各国で大統領選挙や総選挙が行われている。11月には米国で大統領選挙が控えている。21世紀も四半世紀を経て、世界は新しい時代を迎えつつあるかのようだ。
なかでもEU各国で行われた6月の欧州議会選挙は、かつてない注目を集めた。欧州議会選挙はかつて二級選挙と揶揄され、関心をもたれることは少なかったが、近年は立法や予算など各分野における欧州議会の権限拡大もあり、選挙結果はEUの今後に重要な影響を与えることから、今回は日本でもかなり報じられた。現在の仕組みでは、欧州委員長は欧州議会の過半数の議員の賛成を得て選出されることになっており、それを念頭に欧州議会の各会派が委員長候補となる筆頭候補者をたてて選挙に臨むことから、一種の議院内閣制に近づいているとも言える。ようするに、選挙で多数を得た政党・会派が行政トップの選出に重要な影響力を発揮するわけである。EUの方向性を決めるうえで、ヨーロッパ市民のもつ「一票」が、重要な意味を持つのである。
選挙結果を見れば、最大会派のヨーロッパ人民党(キリスト教民主主義・中道右派)が第一党の座を維持し、現職・フォンデアライエン欧州委員長の続投の道が開かれた。その意味では、EUの基本路線に大きな変更はないように見える。しかしフランス・マクロン大統領系の中道リベラル勢力の敗北もあり、EUの屋台骨となってきた中道3勢力(中道右派、中道左派、中道リベラル)は、全体として退潮傾向にある。
代わって今回の選挙で顕著だったのは急進右派勢力の拡大である。ジョルジャ・メローニの「イタリアの同胞」、マリーヌ・ルペンの国民連合は仏伊両国でそれぞれ第一党となった。「極右の台頭」に危機感をもったマクロン大統領は、国民議会の解散総選挙という、だれもが驚く決断を下す。その判断の是非はともかく、欧州議会選挙の結果が国内政治の行方を左右する時代になったことに一種の感慨を覚える。
急進右派が欧州議会で4分の1に迫る議席を確保したことで、今後影響力を強めるのは必至である。支持拡大の背景には、コロナ明けで急増する難民問題、エネルギー価格の上昇と生活苦の広がり、気候変動政策への反発などがあると見られている。たとえばEUが熱心に取り組む脱炭素政策のもと、ガソリン車の禁止と電気自動車の拡大が推進されているが、その方向が必ずしも庶民層に受け入れられているわけではない。
あるベルギーの右派ポピュリストは、「エリートたちは地球の終わりのことを心配しているが、人々は今月の終わりを無事迎えられるかどうかが心配なのだ」という趣旨のことを語っている。「地球の終わり」とは温暖化などによる地球環境の悪化を指し、「今月の終わり」とはエネルギー料金など各種支払いに追われ、財布の中がすっからかんになる月末を指すのだろう。現在のヨーロッパ各国、そしてEUにおける政治的対立軸を示す象徴的な発言と言える。
とは言え、将来世代にむけた地球環境の保全と、目前の生活苦への対応が、両立不可能であると断ずるにはまだ早い。「地球の終わり」と「今月の終わり」という、「二つの終わり」をともに回避するための方策があるのではないか。このような複雑な問題を冷静に解きほぐしていく知恵ある営みが、本来の政治の役割なのだと思わずにいられない。
千葉大学教授