『公研』2022年1月号「めいん・すとりいと」

 「いき」の構造といえば、誰もが思い浮かべるのが九鬼周造の『「いき」の構造』であろう。同書は日本文化における「粋」「意気」といった「いき」の持つ重要性を指摘した名著である。ただ本稿では、最近の日本社会で図らずも浮かび上がってきた、もう一つの「いき」の構造について考えてみたい。

 周知のように2020年以来の新型コロナウィルスへの対応は、世界のなかの日本社会の特質を浮き彫りにした。日本ではロックダウンのような行政による直接の統制を避けながら、人々は自発的に、あるいは世間体を気にしつつ、マスク着用やワクチン接種に動いていった。

 ここで興味深いのは、日本において2021年、ワクチン接種の開始が欧米に比べて遅かったにもかかわらず、また、接種は強制されていないにもかかわらず、急速に接種が進み、先進国でも最も接種率の高い国に仲間入りしたことである。フランスをはじめとして欧米では、国や州によっては、ワクチンを打たないと仕事を続けられない、レストランにも美術館にも入れない、事実上ワクチンが強制されている場合もあるが、日本では基本的に接種を強制する状況になっていない。

 しかも日本の場合、接種に際し、地域接種と職域接種という二つのルートが用いられたことが特徴的である。地域接種は地域コミュニティ、職域接種は職業コミュニティを通じた接種である。中央政府が天下り的に強制するのではなく、日本人が属している二つのコミュニティ、すなわち地域コミュニティと職業コミュニティがベースとなり、接種が進んだといえる。

 「地域」と「職域」は、奇しくも共に「域」という文字を含んでいる。「域」という漢字は、元来は「区切られた土地」を意味する言葉であり、現代的にいえば、「コミュニティ」となる。日本社会は、国家と個人の間に横たわる、このような「域」を単位として、今も動いていることがわかる。いわば「域=いきの構造」である。

 今回の職域接種は、全国的にも柔軟に、機動的に進められたといわれる。私の職場でも、最初は教職員・学生、そして家族へと状況に応じて範囲が拡大された。接種期間は夕方になると事務局からメールが回り、本日のキャンセル分が余っているので、可能な人は今接種にお越しください、という案内が周知された。最後の一本まで無駄にしない知恵である。法律や規則で全国一律に縛るのではなく、その場の状況を見て的確に判断できる「域」の柔軟性が、結果として多くの人に安全をもたらすといえる。

 近年のインターネットの発達やグローバル化の進展は、地域コミュニティや職業コミュニティといった「域」の束縛を掘り崩し、自由な個人を解き放ったかに見えた。実際、町内会や労組など、地域や職業に根差す団体の加入率は低下するばかりである。
 しかしワクチン接種という行為には、人々に情報を提供できる具体的なネットワークの存在、生身の人間の集合できる物理的な空間が必要である。日本では地域と職域が、今もそのネットワークと空間を提供できる格好の場として活用された。中央政府の管理するマイナンバー制度が、今回のワクチン接種でまるで役に立たなかったことと対照的だ。

 「地域」と「職域」という二つの「域」。現代日本社会に今も息づく「いき」の構造を、コロナ問題を通じて私たちは、改めて認識することになったのではないか。

千葉大学教授

 

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