『公研』2020年12月号「めいん・すとりいと」

清水 唯一朗

 歴史に残る一年が終わろうとしている。変わらないと思っていた私たちの日常、揺るがないと思われていたオリンピックの日程、もう一期続くのではないかとも言われた長期政権。いずれもが変化を余儀なくされた。

 ピンチはチャンスとばかりに変化に踏み出す動きが各所で生まれている。大学では、長らく要望がありながら逡巡されていたオンデマンド講義が急速に普及し、学生からも一定の評価が与えられた。ハンコ一つを捺すために出勤せず、電子承認で済むケースも大幅に増えた。変化に挑まれたみなさんの尽力に頭が下がる。

 変化を選ぶことも広まった。過密な都心を離れ、リモートワークがベースになったことで、近郊の衛星都市や魅力的な地方に移住する人が増えた。仕事を変えて地方で働くことを選ぶ人も目立つようになった。

 変化に飲み込まれそうな人たちもいる。しかし、そうした人たちもSNSをはじめとしてさまざまな方法で声を上げ始めた。そうした声は政治に取り上げられ、政策に結びつくようになった。生きたいように生きる、生きるために声を上げる。当たり前のように見えて難しかったことが、世に現れてくるようになった。

 ああ、これは日本に近代が到来したということだ、と言ったら首を傾げられるだろうか。この夏に刊行された知識社会学者・苅谷剛彦『追いついた近代 消えた近代』は、キャッチアップ型近代の終焉と「現在における問題の自覚」の欠如が、「次に来る時代を呼び醒ましていく」営みとしての「近代」という言葉を消したと指摘する。到達点(参照点)を設定し、それに追いつくことが目的化すると、追いついた「現代」が溢れる一方で、時代の変化やその背後にある動態が理解できなくなると警鐘を鳴らす。

 私たちは社会のなかにあるさまざまなシステムの一部として生きている。しかし、そのなかで限られた部分の最適化に注力するあまり、声を発し、周囲と対話して全体最適を考えることは少なかった。今、私たちのまわりに部分最適が溢れかえっていることはまさに「現代」の氾濫であり、「近代」の喪失がもたらしたといえる。

 この秋に話題を呼んだ国立歴史民俗博物館の「性差(ジェンダー)の日本史」展で、展示の最後に上映されていた村木厚子さんのことばが頭をよぎる。展示を見た村木さんは、社会が近代化するプロセスのなかで、制度が確立されるたびに表から女性が排除されてきたことに衝撃を覚えたと語る。さまざまな制度が生み出されるなかで、次の時代に繋がる声が統治の枠のなかに押し込まれていった。キャッチアップ型の近代化という目的のもと、日本人はそれに順応、いや、馴致した。

 今年は議会開設130年の記念の年でもあった。前半の55年間、国民は政治に協賛する「客分」の立場にあった。後半の75年間は、間接的にではあれ、国民が主権者として制度の構築に参加してきた。とはいえ、主権者の移転にも関わらず、統治しやすい枠のなかに押し込む営みが続けられてきた。

 明治維新のおりに掲げられた五箇条の誓文は、ひとびとがそれぞれの夢を持ち、実現できる社会像を示した。そのために古くからの因習に捉われず新しい知識を活かすことを打ち出したが、それは容易には実現しなかった。

 踏み出し、選び、声を出す。2020年に現れたさまざまな変化は、「次に来る時代を呼び醒ます営み」としての近代がようやく日本に現れてきた兆しと映る。それが確信に変わる2021年となるように。

慶應義塾大学総合政策学部教授

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