2023年『公研』7月号

 2023年7月1日、オランダ国王ウィレム・アレクサンダーは、オランダにおける奴隷制廃止150年記念行事の演説において、過去の奴隷制について次のように「謝罪」を明言し、国内はもとより、日本を含む世界各国で広く報じられた。

 「奴隷貿易と奴隷制は、人道に対する罪として認定されています」「その痛みは、今もなお、(かつて奴隷とされた人々の子孫の方々の中に)深く沁み込んでいます」「国王として、そして政府の一員として、私自身が謝罪します。この言葉の重みを、私の心と魂において感じています」──。

 17世紀初頭から1873年の奴隷制廃止に至るまで、オランダは奴隷貿易と奴隷制に深く関わってきた。大西洋を舞台に展開された奴隷貿易で、約60万人の黒人が南北アメリカに移送された。また植民地の南米スリナムやカリブ海諸島では、多数の奴隷がプランテーションで労働を強制された。そして19世紀に入り、他のヨーロッパ諸国が次々奴隷制を撤廃する中で、オランダではプランテーション経営者らの抵抗もあり、奴隷制廃止は大幅にずれ込んだ。海洋国家オランダはその「強み」を活かし、奴隷貿易と奴隷制にどっぷりつかり、そこから多くの収益を上げてきたのである。

 近年、オランダでは奴隷制の過去への関心が高まり、自治体の長や首相による謝罪の辞が相次いで語られている。しかし2023年7月1日の行事は、奴隷制廃止150年という記念すべき重要行事であり、国の元首たる国王が何を語るのか、人々はかたずをのんで耳を傾けていた。そしてここで「謝罪」が明確に述べられたことは、驚きを呼び起こした。

 降りしきる雨をものともせず、自分の思いを込めて丁寧に語っていった国王の演説は人の心を揺さぶるものがあり、謝罪を述べると拍手が湧き起こった。列席した関係者や関係団体のメンバーらは、国王が心をこめて犠牲者に思いを馳せ、謝罪に踏み込んだことを称えている。

 とりわけ注目されたのは、国王が王室や父祖たちと奴隷制の関係にも触れ、謝罪したことである。

 「オランイェ=ナッサウ家の総督たちや国王たちは、奴隷貿易や奴隷制に対し、何一つ行動することはありませんでした。彼らは、当時の法のもとで許されていると思われた範囲で行動していたのですが、そもそも奴隷制は、そのような法のもつ不正義をはっきり示すものでありました」──。

 記念行事が行われたのは、首都アムステルダムのオーステル公園である。ここには奴隷制を追憶する記念碑があり、関係行事が開催され、過去を想い起こす場となっている。歴史を振り返れば、アムステルダムはオランダにおける奴隷貿易の拠点であり、またスリナムなどにある奴隷農園の所有者の多くが市内に居住し、アムステルダムの市政や経済の中核を担っていた。

 そもそも自由や寛容で知られる首都アムステルダムは、近世において各地で迫害されたユダヤ人を幅広く受け入れ、また近隣諸国で困難だった言論・出版活動も認められるなど、一見奴隷制と程遠いコスモポリタンな都市だった。しかし国王が指摘するように、アムステルダムは「長年にわたり自由を何よりも尊重してきた」都市でありながら、その理念は海外で適用されることがなく、「奴隷制という、不自由の最たるもの」を許容してきたのである。

 他者の不自由の上に成り立ってきた「自由」。奴隷解放から1世紀半を経て、歴史の見方が大きく変わろうとしている。千葉大学教授

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事