『公研』2024年3月号「めいん・すとりいと」

 

 ルッテ(リュテ)首相率いる連立政権の崩壊を受け、2023年11月に実施されたオランダの総選挙結果は、ヨーロッパを超えて世界に驚きを呼び起こした。連立与党は議席を半減させる大敗を喫した一方、反移民・反難民、イスラム批判を前面に掲げる急進右派ポピュリスト政党・自由党が37議席を獲得し、二位以下に大差をつけて初めて第一党となったのである(下院総議席数は150)。

 もともとヘールト・ウィルデルス率いる自由党は、コーランやモスクの禁止を訴え、EU脱退を唱えてその是非を問う国民投票の実施を掲げるなど急進的な主張を展開して他の政党から異端児扱いされてきた。しかし近年、他のヨーロッパでも急進右派が伸長して政権に関わる例が相次ぐ中(イタリアではジョルジャ・メローニ率いる「イタリアの同胞」が第一党となり、メローニが首相に就任した)、オランダでも右派ポピュリスト政党が、ついに第一党として政権に手が届く場所にまで上り詰めた。その結果、移民・難民の排除と自国第一主義を掲げる右派ポピュリズムの波が世界に広がるのではないかとの懸念が広がった。とりわけ、「寛容の国」で知られるオランダで、不寛容を掲げる政党が圧倒的第一党となったことは衝撃だったのである。

 自由党勝利の直接の契機は、難民流入の急増をめぐる問題である。コロナが峠を超えたヨーロッパ各国では中東などから入国を試みる難民が大幅に拡大し、オランダでも選挙前年の2022年、難民申請者は4万6000人を超え、コロナ以前の水準を大きく上回った。しかもオランダの難民受け入れ態勢は貧弱で混乱が広がる。この難民対応をめぐりリュテ政権を支える連立4党の間の対立が修復不可能となり、政権が崩壊して総選挙に至ったのである。

 選挙の最大の争点として難民・移民問題が浮上したことは、かねてから声高に反難民・反移民を掲げてきた自由党を大いに利することとなった。実際、自由党に投票した有権者の約8割の人々が、投票理由として移民・難民問題を挙げたという。そしてここにウクライナ戦争などを契機とするインフレ・生活苦の広がり、住宅不足などの問題が加わる。そして自由党は、住宅不足などの現下の社会経済問題の原因を、移民難民を広く受け入れる政権の無策の結果であると主張し、「難民ではなく普通の人々の暮らしを守るべき」と訴え、支持を広げた。自由党は有権者のいだく移民・難民への「不安」を、既成政治への批判に結びつけ、既成政党と「対決」する自党への支持に流し込んでいったのである。

 他方、本来なら急進政党への防波堤となるべき既成政党は、弱体化の一途をたどっている。かつてのオランダでは、ドイツなど他の大陸ヨーロッパ諸国と同様、キリスト教民主主義政党と社会民主主義政党の二大勢力が政治を動かしており、1980年代には2党だけで7割近い議席を占めることもあった。しかし21世紀に入るころから両勢力は支持基盤の弱体化に悩まされ、得票率は低下の一途をたどる。両党はもはや単独では政党を維持することが困難であり、他党との合併などの生き残り策が模索されている。

 連立交渉はまだ決着がつかず、第一党自由党のウィルデルスの明言する「私は首相になりたい」という望みが果たして実現するのか、定かではない。なお今回の選挙では、農民市民連盟や「新しい社会契約」といった、移民難民に厳しい保守系の新しい政党が複数、大幅に議席を獲得している。「寛容の国」が名ばかりとなり、「不寛容」な面々がオランダ政治の表舞台を占め続けることになるのか、世界の注目が集まっている。

千葉大学教授

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事