国連安保理が機能しないのは当然?

竹内 最後に国連安保理の機能についても考えてみたいと思います。鈴木先生は今の国連安保理についてはどのように見ていらっしゃいますか?

鈴木 ロシアのウクライナ侵攻は、国連の立て付けを完全に無意味なものにした大きな転換点だったと思います。国連は、常任理事国(P5)が国際社会全体の安全と平和に責任を負うことが前提になっています。国連憲章に明示的に書かれているわけではありませんが、基本的にはそういう構造になっています。

 P5には拒否権が与えられています。アメリカが国際連盟に参加しなかった苦い経験から、アメリカを国連に縛り付けておくために拒否権があると説明する人もいます。ここにはいろいろな評価があるのでしょうが、P5にはそれだけの特権を与えられています。なぜその特権があるのかと言えば、常任理事国は国際社会の平和と安全に関する措置については、共同して責任を持つことが期待されているからです。

 拒否権の発動は、その案件がP5の個別の利害と国際社会全体の利害が一致していないことを意味しています。拒否権という言葉は定着していますが、言い方を変えると5カ国が一致していない状態を指しています。結局、国連はP5が一致して初めて効果を生み出すことが可能になるわけです。

 しかし、常任理事国であるロシアは自ら戦争を起こして国連憲章をあからさまに破りました。憲章に書かれていることを一つひとつ横紙破りしていったわけです。そんな国がP5の中にいること自体おかしな話です。私は、小手先の変革で国連安保理を立て直すことができる段階は過ぎ去ったと思っています。

 国際秩序の根本は「rule of law(法に基づく秩序)」が成立することにありますが、今は19世紀以前の「rule of power(力に基づいた秩序)」の世界に戻ろうとしている。そんな世界では国連が機能しないことは、当然なのかもしません。
もちろん、国連には安保理以外にも他にいろいろな機能がありますから、安保理が機能しないことをもって国連全体が機能しないとは言いません。しかし、少なくとも常任理事国が一致して国際の平和と安全を守るという立て付けはさすがに限界がきているのではないか。

竹内 まさに「rule of the law」の原則に立ち返るのであれば、さらに進んで、国連憲章に忠実に、紛争当事国は紛争の解決に関する安保理の決定に参加できないという憲章27条の規定を厳格化するルールを定めることで機能を回復させることもできるのではないかとも考えます。しかし、ウクライナ戦争でロシアに対しそのような対応ができなかった理由として私が関係者から聞いたのは、それが前例となれば、米国にとって諸刃の剣になってしまう、すなわち、自国の利害が絡む紛争に関する議決に参加できなくなることを恐れたからだと聞いています。このように、国連憲章の規定でさえも実行が難しいのが、安保理のパワーゲームの現実なのだと感じています。

鈴木 国連憲章を変えることは、日本国憲法を変える以上に難しいと思っています。今の竹内さんの提案は、要するに利害関係国が建設的に棄権するというやり方ですよね。ルール上それが可能であったとしても、私は理論上ものすごく難しい問題を抱えていると思っています。

 今のウクライナ戦争を例にとると、ロシアを除いた常任理事国4カ国と非常任理事国10カ国を合わせた14カ国で決議をして採択された場合、ロシアと国連が戦うことになります。果たしてそれでいいのか。NATOですら、ロシアと直接戦争する気はないわけです。なぜなら核抑止が効いているからです。ロシアと直接戦火を交えることになったら、エスカレートして最終的には核戦争になってしまう可能性が出てくることになる。

 ですから、国連とロシアが戦争することは、核戦争に至るようなリスクを秘めていると思っています。それはかなりヤバいことではないかと私は考えています。

 

ロシアは国連の権威をドブに棄てた

竹内 私は逆に、そういう帰結がある可能性があるということは、制度を作らない理由にはならないのではないかと考えています。鈴木先生が一つの帰結として挙げられたのが、安保理がロシアに対し国連憲章に基づく軍事的措置をとると決定した場合です。そうでない帰結、例えば、ロシアに関する非軍事的措置すなわち経済制裁を決定する可能性もあるのではないでしょうか。その場合、今日議論してきたような、有志国による制裁の弱点を補えるのかもしれません。

 私は、国連がこれまで戦争や、武力紛争の解決のために果たしてきた役割の重要性を評価しています。国連の介入だけですべてが解決するわけではない現実も見てきましたが、国連の持つ権威や、全加盟国が、各国の外交政策や意思を超えて従わなければならない安保理決議は大きな役割を果たしてきました。今まさにそれを司る安保理の機能が損なわれていることに極めて不安を感じています。同時に、理想論ですが、この危機を世界が乗り越え、国連がここで得た教訓を活かす方法がないのか考えています。その意味で、安保理において憲章の規定を厳格化するルールのような、現行のシステムを変える制度をつくらないでいることにもリスクを感じています。ただし、今の状況ではそうした変革が到底実現するとは思えないことには、私も同意します。

鈴木 国連という組織は、権威や信用が大事になるのだと思っています。かつてスターリンは「ローマ法王は何個師団を持っているのだ?」といった発言をしたことがありました。ソ連の軍事力を前にすれば、ローマ法王の権威など恐れるに足らないという超ミリタリー・リアリスティックな発想を彼は持っていたわけです。要するにスターリンは、権威というものをまったく無視していたわけです。

 国連にしても、具体的な力を持っているわけではありません。それでも国連のあの青い旗にはそれなりの価値がありました。なぜなら、国連による決議はみんなが守らなければならないと思わせるだけの権威だったからです。実際に守るかどうかは別として、そう思わせることが大事です。そして、国連がそうした権威ある組織であり続けるためには、常任理事国が国際社会の平和と安全に責任を持つことが大前提になります。

 つまりロシアは、国連の権威を完全にドブに棄てたわけです。そうすると国連は、現実的な力も権威もない組織に成り下がってしまうことになる。最大の問題はここにあると私は考えています。

 

北朝鮮制裁パネル事実上の廃止について

――「対話」収録後の3月28日、国連安保理で行われた北朝鮮制裁パネルの任期1年延長決議案の採決で、北朝鮮と軍事協力を深めるロシアが拒否権を行使した。北朝鮮制裁パネルは事実上、廃止される見通しとなった。この件に関してお二人にコメントを寄せていただいた。

竹内 パネルは安保理決議で任期を1年ごとに延長する必要がありました。今回この決議が、ロシアの拒否権により否決されたために、現在のパネルの任期が満了する4月末までに再決議がなされなければパネルの活動が終了します。これは極めて深刻な問題です。鈴木先生が指摘された、ロシアの態度の変化はここにも表れたと思います。私がパネル委員として、21年まで見てきたロシア政府やロシアのパネル委員の態度は、安保理決議やそれに基づく枠組みは尊重するという態度でした。今回は、国益のために安保理決議の実効性を支えるパネルの活動を停止させる対応を取りました。

 北朝鮮は、ロシアへのミサイルや弾薬などの武器の輸出や、衛星打ち上げなどの宇宙協力の推進など、まさに北朝鮮制裁の最も根幹的な内容に関する違反を公然と行っています。その中で北朝鮮パネルがなくなれば、制裁の監視と公表という二つの重要な機能が欠けてしまいます。制裁違反が増加し、より深刻な違反も増えるでしょう。

 各国も監視は行えますが、パネルの持つ中立性や、安保理決議に基づく調査は代替できません。自国に利害関係のない事案まで調べる国は限られますし、外交上の理由から、すべての国の制裁違反を公表することは難しいでしょう。また、パネルの調査に対しては、情報提供などの協力をすることが安保理決議で求められています。このような機能はパネルだけが果たせる役割です。

鈴木 私が委員を務めたイラン制裁専門家パネルは、イラン核合意の成立によって解消するという、最も望ましいかたちで消滅しました。しかし、北朝鮮制裁専門家パネルの終わり方は最も望ましくない終わり方と言えると思います。対談の中でも述べた通り、ロシアは国際社会における責任を放棄し、自国の都合のために核不拡散体制を維持するために必要と考えられてきた、国連安保理による制裁を否定したことになります。国連安保理の制裁の効果が限られているとは言え、対談の中で竹内さんがおっしゃった通り、北朝鮮の核・ミサイル開発のコストを上げ、その実現を遅らせるという目的は十分機能していたので、ここで制裁を監視する専門家パネルがなくなることは残念だ。

 専門家パネルは制裁を監視するだけでなく、各国に対して情報提供や協議を行うことで、制裁の履行を強化することが目的だが、そのパネルがなくなってしまうことは、北朝鮮制裁に違反しても構わないというメッセージになってしまう。そうなると北朝鮮制裁だけでなく、国連安保理による制裁全体の実効性が疑わしくなってしまう。その意味でも、ロシアの態度は極めて無責任と言わざるを得ない。(終)

 

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