国連安保理制裁委員会専門家パネルに集う面々

竹内 次に話題を変えて、私も鈴木先生も委員を務めた経験がある国連安保理の制裁委員会専門家パネルについてお話ししていきたいと思います。先生は2013年から15年までイラン制裁委員会専門家パネルの委員をされていますが、どのような場だったのでしょうか? また、どのような経緯で委員に選出されたのでしょうか?

鈴木 イラン制裁パネルは、2010年に安保理決議1929に基づいてできました。パネルは8人で構成されていますが、その内訳はP5(国連常任理事国:アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス)+1(ドイツ)に加えて自由枠が二つありました。この二つは自由枠なので、誰がメンバーに入るのかは、自由に決めることができます。2010年に決議が採択された際は、日本は安保理メンバーだったこともあって、自由枠の1人は外務省から派遣された日本人でした。最後の1人はナイジェリア人でした。

 その後、日本とナイジェリアの人がそれぞれ辞めることになって、後任として日本――この枠を任されたのが私です――とヨルダンが入ることになりました。結果的に、日本は最初から最後まで制裁パネルのメンバーを務めることになったわけです。

 この時の選考過程はよくわかりませんが、私は外務省の推薦を受けて国連安保理の事務局に行き面接を受けています。自由枠ですから、他の国からも候補者が来ていました。審査の結果、私とヨルダンの方が選ばれることになりました。最終的には国連事務総長の決裁を受けて、安保理に新メンバーとして提案をします。安保理が承認すれば、制裁パネルのメンバーになるという経緯がありました。ちなみに私は、マリタイム(maritime:海事関係)と制裁指定団体の担当としてメンバーに加わっています。

 竹内さんが北朝鮮パネルに参加された際は、どのような経緯がありましたか?

竹内 北朝鮮パネルは2009年に始まりましたが、当初七つあった枠はP5と六カ国協議(日本、アメリカ、中国、ロシア、韓国、北朝鮮)の構成国、すなわち、P5と日本、韓国の委員が発足から現在まで一名ずつ参加しています。途中から北朝鮮パネルでもマリタイムが重要だということになり、2012年に専門家を1名増やすことになりました。ここは、「グローバル・サウス」すなわち国連でいう「南側」の国から選ばれることになりました。これまで、南アフリカ共和国と、シンガポール出身の委員が務めましたが、とても優秀でしたね。

 私が2016年に、核問題担当のパネル委員として選出された頃の選考方法は、イラン制裁パネルの頃とは少し違っていて、国連安保理の事務局のほうでも候補者を募っていました。私は、国連側から声をかけていただきました。お話をいただいたとき、私は在韓日本大使館に防衛省から出向し、外交官として勤務していました。私の韓国語や中国語の能力に加え、日本政府で、北朝鮮やイランの制裁の履行や不正輸出に関する調査の経験があることを評価してくださったようです。

 最終的には各国政府からの推薦者、国連側の選抜者のプールの中から選考されることになり、書類審査や電話でのインタビューを経て採用されました。ちなみに北朝鮮制裁パネル委員には、防衛省を辞めて参加していました。

 今の国連は、公募サイトを使ってさらにオープンに人材を集めています。国連としては北朝鮮に限らず、他の監視パネルについても、広く候補者を集めるという方針を出していて、多くのパネルのポジションについて、ここで広く人材を募っています。北朝鮮パネルの場合、現在まで、パネル発足時からの構成国である7カ国は変わっていませんが、私の在任時の米国の委員も、政府の推薦ではなく国連側の候補者でした。

鈴木 まぁ立て付けとしては、そうなっていますけどね。イラン、北朝鮮、それからリビアにしても政治パネルなので、広く人材を集めるというのは建前であって、実質的にはそんなことはなかった印象があります。このあたりは、国連の公式見解と現実にはいろいろな乖離があると感じています。

 イラン制裁パネルは、2015年にイラン核合意が成立してイランへの制裁が終わったことで、パネルそのものが存在していません。なので私などは、思い出話として好き勝手なことを言いますが、パネルに参加しているメンバーのなかには必ずしも優秀とは言えない人もいました。ロシアなどは、最初からすごく後ろ向きでした。決議には一応賛成しているので、パネル設置には同意しているわけですが、ことあるごとにいろいろな嫌がらせをしたり非協力的な態度をとったりしていました。それ以外の国でも、とても適切な人事だとは思えない人がメンバーにはいたというのが、正直なところです。

 その反面、本当に優秀な人もいました。今のジョージアのサロメ・ズラビシュヴィリ大統領は、イラン制裁パネルで私の同僚でした。彼女はすごく変わった経歴の持ち主です。フランスとジョージアの二重国籍で、元々はフランスの外交官としてキャリアを積んでいました。ジョージアの首都トリビシにフランス大使として赴任しますが、任務が終わった後にジョージアの外務大臣に就任するんです。

竹内 その方のお話は、北朝鮮パネルでも聞いていました。そんなとんでもないことが起きるのですね。

鈴木 その後はさすがにフランスの外務省に戻ることはなかったのですが、今度はフランス政府の推薦を受けて国連安保理のイラン制裁パネル委員になります。こうして、我々と同じパネルのメンバーとして働くことになったわけです。イラン制裁パネルの仕事が終わると、彼女は2018年のジョージアの大統領選に出馬します。それに勝利して、大統領にまでなってしまうんです。非常に優秀というか、とてつもなく凄い人でした。パネルは優秀な人ばかりではないけれども、飛び抜けた人物もいる、そんな世界でしたね。

竹内 私も同感ですね。入ってくる人の中には、「なんでこの人が?」という例がけっこうありました。専門知識が限られた人もいましたし、自国の外交上の意向を受けて動いていたメンバーもいましたから、そういう人に自国の意向を押し退けてでも独立した専門家として働いてもらうことを期待するのは非常に難しいものがありました。それだけに、パネルの調査報告書をまとめる際の議論や交渉は毎回最後まで大変でした。ただ、中国やロシアの委員でも、安保理決議や証拠に基づく調査結果は尊重するという立場を取る委員もいて、そうした委員とは意見が対立しても議論ができましたし、学ぶことも多かったです。

 韓国のパネル委員は必ず外務省からの出向者なので、どうしても自国の政権の動きに左右されてしまうところがありました。大統領が朴槿恵から文在寅になった流れのなかで、パネル委員の立ち位置にはずいぶん変化がありました。私の場合は、役所を辞めて来ていたので、そこは独立性を自分で担保して務めることができたと思っています。いずれにしても、とても得難い経験ができたと思っています。

 

北朝鮮はサイバー空間で外貨を稼いでいる

鈴木 長く続けられている北朝鮮への経済制裁について言及されたいことはありますか?

竹内 北朝鮮制裁に関しては「北朝鮮制裁は効いていない」という見方が根強くありますが、私は「それは嘘だ」と主張しています。北朝鮮の場合は戦争をしているわけではないので、継戦能力を削ぐという観点ではなく、大量破壊兵器に用いる物資の調達を禁止したり、収入源となる貿易量自体を減らしたりすることで、相対的にこうした活動のコストを上げることが制裁の目的になりますが、ここに関しては成果が上がっています。

 北朝鮮の輸出額は2016年には35億ドルありましたが、直近の数字ではそれが3・7億ドルまで減っています。これは揺るぎない事実です。北朝鮮が制裁への対抗策として、産業構造を変え国連が禁輸対象とした物品以外の輸出を増やしていることは事実ですし、22年から23年にはコロナ禍での貿易制限による落ち込みから回復してきたと指摘されています。例えば、2023年には、中国向けにカツラやつけまつげなどを1・7億ドル相当輸出しています。この輸出額は22年の10倍以上に増加しました。ただし、同時に貿易の内訳を見ると、23年には中国からカツラの原料となる人毛を1・6億ドル輸入しています。ですからカツラの輸出によって多額の外貨を稼いでいるわけではありません。やはり、経済制裁は北朝鮮の外貨獲得能力を大きく引き下げていると見ることができる。

 北朝鮮の石炭輸出については、度々「制裁破りだ」として大きく報じられています。しかし、そこで得られている収入は数億ドル程度と見積もられています。制裁がなければ、本来12億ドルを超える額を輸出できていたわけです。やはりここでも制裁が効いていると私は考えています。

 ただし、北朝鮮はサイバー犯罪や、安保理決議に違反して海外に派遣されたIT技術者の業務請負でかなりの外貨を獲得しているとされています。ある企業の調査によれば、北朝鮮は暗号資産の窃取だけで2022年には17億ドル、23年には10億ドルを得たと言われています。この額ですら、判明しているのは氷山の一角だと考える専門家もいます。さらに、海外で働くIT技術者は一人当たりで数千ドルの月収を得ているとされます。

 そうすると、サイバー空間上の活動で、北朝鮮は制裁強化前の輸出額の半額に相当する外貨を得ているわけです。ハッカーやIT技術者は安保理決議の制裁対象組織に所属していますが、各国の監視や捕捉が難しいこともあり安保理による制裁下でも十分な対応ができていないのが現状です。アメリカなどは北朝鮮のハッカー集団やIT技術者の海外派遣の関係者に単独制裁を実施していますが、完全に捕捉するのはかなり難しい。

 また、制裁の効果に関して、暗号資産特有の課題も明らかになってきました。北朝鮮にはラザルスと呼ばれるハッカー集団がいて、彼らはオンライン上の取引にトルネード・キャッシュ(仮想通貨の送金元を匿名化するミキシングサービス)を使っています。2022年から23年にかけて、アメリカは、トルネード・キャッシュを制裁指定するとともに、トルネード・キャッシュの創立者3人をオランダと共に訴追しました。しかし、これだけの措置を取ってもなおトルネード・キャッシュの操業は停まっていません。

 トルネード・キャッシュの場合、ある国の管轄下にある集権的なシステムではなくて、特定の国に属さない分散型で、あらかじめ設定されたルールに基づき自動的に取引が処理されるシステムを取っています。そのため、どこかの国の政府が自国内で活動を停止させてもどうしても生き残ってしまう。暗号資産の世界における制裁の限界を突き付けられたかたちになっています。

 さらに23年8月から北朝鮮は国境の往来を再開しました。IT技術者は、少人数のグループで海外に派遣されるので、目立たずに移動して現地で潜伏することができます。そのため海外での活動が活発化する可能性があります。このように、サイバー空間上の活動は、北朝鮮制裁の実効性を揺るがす大きな課題と言えます。

鈴木 北朝鮮制裁に関して言えば、核・ミサイルの開発を止めるという最大の目的は達成できていないことになる。けれども、先ほども議論したように制裁は政策の変更だけが目的ではありません。北朝鮮の核・ミサイルの開発のハードルを上げることやコストを高めることも、制裁の目的です。その部分については、制裁は一定の効果が出ていると見ることができます。

 そもそも北朝鮮のような独裁体制においては、政権に政策の変更を促すことは難しいわけです。けれども、核・ミサイルの開発能力を削ぐことは可能で、それは無意味ではありません。制裁が金正恩体制に対する圧力にはなっていることは確かで、北朝鮮も制裁解除を求めているのは、やはり制裁が効いている証拠だと私は思っています。

 トルネードキャッシュの話は、制裁の難しさを象徴していますよね。ドル制裁はドルを使っている対象に効果が見込めますが、暗号通貨のようなものを使ってドル以外の手段で決済する場合には何の効果も望めません。分散型によって迂回路が格段に増えていて、生き残ってしまっているというご指摘はまさにその通りですよね。アメリカも完全には捕捉できませんから、絶滅させることは不可能でしょう。結果として、北朝鮮のメリットになってしまっている。

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