『公研』2025年2月号「対話」

少子高齢化、人手不足、耕作放棄地の増加など、地方は多くの課題を抱えている。
  その一方で、ユニークで魅力的な地方都市が続々と現れてきている。
  花巻市の実践から「地方の今」を学ぶ。

花巻市長              神戸大学法学研究科教授

              上田 東一                  砂原 庸介


うえだ とういち:1954年岩手県花巻市出身。1977年東京大学法学部卒業後。三井物産に入社。ニューヨーク、ロサンゼルスなどに赴任。2003年よりゼネラル・エレクトリックの金融事業系の会社に転職。05年岩手県花巻市へ戻り、家業の廃棄物処理会社の代表取締役に就任。14年1月に行われた花巻市長選挙に立候補し、当選。現在3期目を務める。


すなはら ようすけ:1978年大阪府生まれ。2003年東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(学術)。専門は政治学、行政学。大阪市立大学准教授,大阪大学准教授,神戸大学准教授を経て,17年より現職。著書に『地方政府の民主主義』『大阪』『民主主義の条件』『新築がお好きですか?』『領域を超えない民主主義』などがある。


 

菊池雄星、大谷翔平、佐々木麟太郎

砂原 今回の「対話」では岩手県花巻市の上田東一市長に「花巻から考える――地方の現実、課題と希望」といったテーマで、様々な角度からお話を伺っていきます。
私は政治学、特に地方のいわゆる二元代表制のあり方が政策にどのような影響をもたらすのかといったことを専門にしてきました。それと並行して、都市における住宅政策も研究の対象にしています。例えば、日本では家賃補助が政策として流行らないといった特徴があります。その背景には何があるのか、といったことなど研究しています。なので今日は、住民の移動や住居といった観点からもお話をお聞きしたいと思っています。
 花巻市と言えば、やはり大谷翔平選手(MLBロサンゼルス・ドジャース所属)の話題に触れないわけにはいきません。大谷さんは、生まれは奥州市ですが、花巻東高校に進みましたから花巻市にとっても、まさに地元のヒーローです。彼の異次元の活躍は花巻市の皆さん、特に子どもたちにどのような影響を与えているとご覧になっていますか? まずはこの明るい話題から始めたいと思います。

上田 みんな自信を持ってきているんじゃないですかね。今のような自信を持つきっかけは、実は菊池雄星(MLBロサンゼルス・エンゼルス所属)から始まっているんです。大谷の花巻東高校の先輩である雄星は、3年生のときに春の選抜で準優勝して、夏の大会でも故障しながら準決勝まで進みました。彼の活躍を見て、みんなが「自分たちもやれる!」と思うようになった。
 我々が子どもの頃は、岩手は中央に比べて劣っていると感じていたところがありました。甲子園でもいつもすぐに敗退していたし、学力面でも都会の子には敵わないという意識がありました。ところが雄星、大谷とメジャーでも大活躍する選手が出てくると、考え方がまったく変わってきますよね。いま花巻で野球をやっている子どもたちは、プロ野球選手になれると本気で思ってやっています。実際に雄星、大谷以降も続々とプロに入っていて、昨年のドラフト会議でも花巻にある富士大学から6名が指名されています。
 身近にそういう存在を見ていますから、昔とはまったく意識が変わりました。それは野球だけではなくて他のスポーツをやっている子どもたちも同じだろうし、大人たちにも勇気や刺激を与えていると思います。
 昨年11月には雄星が数億円もの巨額の費用を出した野球の室内練習施設「King of the Hill(K.O.H.)」が花巻市にオープンしました。ここにはメジャー仕様の最先端のトレーニング機器がそろっています。日本に帰ったときでもトレーニングできる場所を必要としていたんですね。彼は「自分の息子とキャッチボールしたい」と言っていましたが、K.O.Hは子どもたちが練習する施設でもあるんです。「第2の佐々木麟太郎を輩出したい」と期待を寄せていたのも、彼らしいと思いました。佐々木麟太郎は花巻東高校を卒業した後に、プロ野球や日本の大学に進むことはせずに、スタンフォード大学に進学することを選びました。今までにはなかった発想ですよね。雄星がものすごい高給取りであったとしても、地元のために自分のお金を使って、こうした施設をつくることはなかなかできることではありませんよね。そこは本当に凄いなと思っています。

砂原 菊池選手は読書家としても知られていますが、野球以外のことにも関心が高い印象がありますよね。大谷選手にしても、発言から生活態度に至るまで本当にしっかりしている。若い人とは思えないくらいです。

上田 若いのにすごいことを言っているのではなくて、私のような老齢者も言えないような立派なことを彼らは言っているんですよね。見せかけではなくて、本気でそう考えて話している。
 このあたりは、彼らの師である花巻東高校野球部の佐々木洋監督の存在も大きいのだと思います。以前に監督と対談したことがありますが、強い師弟関係の絆で結ばれていることが伺えました。雄星は「50歳までメジャーで活躍したい」、そのときに花巻東で監督をしているのであれば、「ぜひお手伝いをしたい」と言っているそうです。佐々木監督の教育のすばらしさが、彼らの考え方にも影響しているのだと思います。

砂原 地元のヒーローが地域貢献している姿を目の当たりにした子どもたちが育っていったときに、自分たちは社会に何ができるのかといったことを考える契機になるかもしれませんね。

上田 子どもたちがどう育っていくのかは想像もつきませんが、私はそういう影響があることを期待しています。彼らが大人になったときに、自分より若い人たちを育ててあげようと考える人が増えていけば理想的ですね。雄星や大谷に勇気をもらって、大きな夢を持っているというのが今の花巻の現象だと思います。

 

「出る杭」がたくさんいる

砂原 菊池選手や大谷選手の活躍は、大人たちにも勇気を与えているという話でした。ただ、ひと昔前までは、地方では誰が新しいチャレンジをしようとしても、「出る杭は打たれる」といった話がよく聞かれたわけです。花巻ではどうでしょうか。そうした雰囲気はだいぶ変わってきているのでしょうか?

上田 それはわかりません。けれども、花巻では野球選手以外にも出る杭がたくさんいます。若い人たちが新しいことに挑戦しているので、いくつかの取り組みを紹介したいと思います。まずはマルカン百貨店のリノベーション事業です。このデパートは2016年6月に一度閉店しましたが、ここで営業していたマルカン大食堂は根強い人気があって、閉店後も地元の人たちを中心に再開を望む声が寄せられていました。その期待を受けて、マルカン大食堂をできるだけそのまま残すことを目的にした上町家守舎という会社が設立されます。リノベーションにあたっては、地域再生の専門家である清水義次さんや木下斉さん、それから隣接する紫波町で複合商業施設オガールの代表を務める岡崎正信さんなどに指導いただきました。マルカン大食堂は昭和レトロの雰囲気が残るレストランとして人気があって、土日になると行列ができるほど賑わっているんです。
 2階には、木でつくられたおもちゃを並べた「花巻おもちゃ美術館」をつくりました。県内外から子どもたちがやってきていて、こちらも大評判になっています。花巻市は、アメリカのアーカンソー州にあるホットスプリングス――クリントン元大統領の故郷ですね――と30年姉妹都市の関係にあります。先日ホットスプリングスでもおもちゃ美術館を1カ月ぐらい開催しましたが、大評判でした。
 マルカン百貨店を舞台に活動している人たちは、花巻に拠点を置きながら半分は東京にもいたりして、両方を行き来しながら事業をやっていたりするんですね。もしデパートがそのまま廃墟のようになってしまっていたら、花巻の街はだいぶ寂しい印象を与えることになったと思います。けれども今では多くの人で賑わう場所になっているんです。

砂原 地方と言っても千差万別ですから一つにまとめて言うことはできないのだと思いますが、やはり外との関わりをいかにつくるのかは重要になってきますね。特に東京との結び付きはポイントになっている。

上田 その通りだと思います。元々、県議会議員だった高橋博之さん(雨風太陽代表取締役)もその一人ですね。東日本大震災のときに復興の仕事に尽力された方ですが、彼は気に入った東北の農作物や海産物を広く知ってもらって販売するビジネスを展開しています。きっかけになったのは、気仙沼産の牡蠣でした。大震災後に、気仙沼市の牡蠣が市場で十分に評価がされない時期があったんですね。高橋さんはその状況を打破するために、水産事業者に弟子入りして牡蠣について学ぶと、『東北食べる通信』という雑誌を創刊して雑誌の付録として牡蠣を付けて販売する試みを始めました。この事業自体に利益が出たかどうかは別にして、気仙沼の牡蠣の美味しさを知ってもらう意味では成功したと思います。『東北食べる通信』は、1カ月か2カ月にいっぺんずつ雑誌で気に入ったものを紹介して、雑誌に付けて販売するという仕組みです。
 今は漁業や農業の先進的な人と消費者を結び付けて、付加価値を付けて販売する「ポケットマルシェ」という事業をやっていて、上場企業にまで成長しました。未だに花巻に本社を置いていますが、東京を行ったり来たりしながらビジネスをやっています。「都市と地方をかき混ぜる」というのが、高橋さんの標語なんですね。都会の子どもたちを1週間くらい花巻に呼んで、農家に行かせて農作業を経験してもらうこともやっています。
花巻は彼らのような「出る杭」がたくさんいる街なんですよ。花巻市が政策的に補助金を付けて強く後押しをしているからではありません。マルカン百貨店の建物の耐震化については国からの補助金も含めて支援しましたが、それ以外はほぼ支援なしです。

砂原 政策的に支えずともやっていけるのが、持続可能性という点でも望ましいですね。

上田 そういう意味では、出る杭に対して我々は邪魔をしないというスタンスでいます。だけど、取り組みを喜んで「ぜひやってくだいさい」と評価して、広く紹介して知ってもらう努力はしてきたつもりです。
 花巻市としてやっていたのは、空き店舗を若い人たちに改装してもらって、新しくカフェを開いたり、洒落たレストランなどにして生まれ変わるという取り組みがあります。このプロジェクトの対象となる事業には少しは支援を出していますが、補助金ありきの事業ではありません。
 ここでもマルカン百貨店の再生に尽力してくれた人たちの知恵を借りながらプロジェクトを進めました。リノベーションのノウハウをまとめた簡単なノウハウ書をつくって、それを真似してもらって新たにお店を出そうという人たちを募りました。すでに50数軒くらいになっています。中には、クラフトビールを店内で醸造して販売している人もいます。六本木や青山にあってもおかしくないようなお洒落な雰囲気のお店で、とても賑わっています。あるいは、みんなが集まっていろいろな作業ができる場所になってところもあります。みな花巻の街を少しでも明るくしようという気持ちでやっていますから、街の雰囲気もすごく良くなってきていると思います。

 

「オガール」の成功と民間の人材との連携

砂原 マルカン百貨店の再生プロジェクトでは、隣町の紫波町でオガールプロジェクトを成功させた岡崎正信さんにも協力いただいたとのことでした。オガールは地方の小さな町を舞台に、民間主導で複合商業施設を展開して成功を収めた例として注目を集めています。岡崎さんの事業スタイルはとても興味深いものがありますよね。そうした民間の人材との連携についてはどのようなビジョンをお持ちでしょうか?

上田 民間の人の知恵を借りることは、とても大事だと思います。オガールは民間だけではなく、紫波町も大きな役割を果たしてきました。平成10年には地元などの寄付を集めながら、JRにお願いして請願駅もつくっています。紫波町はそのときに請願駅隣接地の10ヘクタールくらいの土地を28億円で買ったんですよね。28億円も出して土地を購入するなんてことは、花巻市ではあり得ない話です。紫波町の財政からしても、たいへん大きな決断でした。しかも、それから10年以上も塩漬けになって何もできなくなった苦難の時期がありました。
 岡崎さんは東京で働いていた方ですが、家業の建設会社を継ぐために地元に戻ってきました。そうして清水義次さんなどの知恵を借りながら、オガールプロジェクトを実現したわけです。今になって振り返って見ると、事業の存続には難しいところもあったのでしょうが、岡崎さんは本当によくやったと思います。
 花巻でマルカン百貨店をはじめとするリノベーション事業を推進する際には、岡崎さんの知恵を借りることにしました。市内では反対の声もありました。「なんで民間の特定のところが出てくるのだ」という話もありました。けれども、外の知恵を借りたことがポイントだったことは間違いないと思います。

砂原 個人的におもしろいなと思ったのは、岡崎さんご自身もリスクを持ちながら、プロジェクトに関与していることですね。うまくいかなければ損失が出るわけですから、中途半端な関わり方ではありません。みんなができることではありませんが、覚悟やある種の責任を持って関わるのは事業を成功させる上では大事ですよね。真剣度がまったく違ってくる。
 また、オガールは定期借地権(あらかじめ定められた期間しか存在しない借地権)を締結しながら、まちづくりをしている点でもユニークですよね。定期借地権を利用すれば、土地を所有するより事業を始める際の費用を格段に安く抑えることができる。プロパティ・マネジメントと呼んだりもしますが、日本ではあまり見かけません。今後は同じようなやり方がもう少し増えてもいい気がします。

上田 「自分たちでやっていく」という意欲があって、それを実行できる力がありますね。岡崎さんは今は大成功していますが、最初は苦労されたと思うんですよね。なかなか事業について理解してもらえない時代もあって、そこを乗り越えて今があるのだと思います。
定期借地権については、なかなか理解してもらうのがむずかしいんですよ。我々も定期借地権にもとづく利用権を得て事業をやろうとすると、「所有権であるべきだ」とやはり反対されるんですね。けれども田舎の土地はそんなに換価できる価値がないので、所有すること自体には別にもうそんな大きな意味がなかったりするんです。ただ所有権はやはりすごく強い権利なので、今でもその意識に引っ張られるのは当然だろうと思います。なので「市できちんと保有すべきだ」とおっしゃる方は依然として多いわけです。定期借地権は法律で借主の利用権がきちんと守られることを説明しても、なかなか受け入れられないところがあります。けれども、今後新しい取り組みをする際にも必要になってくる手法だろうと思います。

 

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