制裁にはどのような種類があるのか
竹内 抜け穴という表現は、確かに誤解を招きますね。「迂回路」と呼んだほうがいいのかもしれません。今回は制裁に関して、なるべく報道などで使われている表現を使って議論しようと思いました。私は、行為が合法か違法かとは無関係に、制裁の効力が及ばない領域や手段という意味で抜け穴という言葉を使いました。ロシア制裁は有志国の制裁で、それに加わっていない国にはその枠組みに従って行動する義務はありません。インドや中国の企業が自国の法律で合法的な行為としてロシア産品を購入することは、制裁違反とも言えません。
安保理の制裁と、有志国の制裁という二つの概念が出てきましたので、制裁の分類にはどのようなものがあるのか、少し整理してみたいと思います。制裁の主体で言えば、まず国連安保理による制裁があって、これにはすべて国連加盟国が従わなければなりません。当然、国連安保理による決議が必要になります。ロシアは国連安保理の常任理事国ですから、拒否権を持っています。仮に安保理がロシア決議を出したとしても、採択されることもなく拒否されるのだと思います。
その反対に、一国だけで特定の国に対して制裁をかける単独制裁も理論上はあり得ます。ただし、今ロシアのケースで議論しているように、他国が参加していない場合の効果は、限定的になる可能性があります。例えば、ある一国が貿易制限をしても、制裁対象国が他国と貿易ができる場合はそうです。しかし、日本が北朝鮮に対する独自の制裁措置として、北朝鮮船舶の入港禁止や輸出入禁止といった措置を行っていますが、これは北朝鮮の日本との貿易や人的交流などに影響を与える効果がありました。
安保理に基づかない制裁の場合、国際法上、あるいはその両国家の関係上、それが合法なのかどうかについては議論の余地があります。一般的には、対抗措置などとして要件を満たせば違法性は阻却されます。すなわち、相手国が国際法違反を行っているから、それに対抗するために非軍事的な手段に訴えたというような正当な理由があるために、違法でないとされます。
今回のロシア制裁の場合は、いわゆる有志国による制裁になります。やはり国連安保理による制裁ではないことが効果を限定しています。アメリカを筆頭とした西側諸国が行っているロシア制裁に参加するかどうかは、各国の判断に任されているので、ロシアからすれば迂回路がいくらでも存在していることになる。
次に実行する制裁は、大きく分けると軍事的措置と非軍事的措置があります。国連憲章は、軍事的措置も制裁として認めています。北朝鮮やイランに課したのは、非軍事的措置です。非軍事的措置の代表的な手段は、相手に経済的不利益を与える行為である経済制裁ですが、それ以外にも多くのものがあります。国連憲章で例として挙げられているのは航海、航空、郵便など、運輸や通信の中断や外交関係の断絶です。
日本でも「制裁」や「召喚」とは呼んでいませんでしたが、2012年韓国の李明博大統領の竹島上陸に抗議するために、武藤正敏駐韓国大使を日本に呼び戻したことがありました。ただ、外交関係上の措置は、非軍事的な対抗措置の一種と考えることができますが、国の行為に対抗するための効果という意味では、象徴的意味にとどまってしまいます。
このように、国家が取れる措置には様々な種類があるわけですが、実用性の面から最も多く用いられているのはやはり経済制裁です。貿易や金融活動の制限が主要な制裁になりますが、個人資産の凍結や渡航制限などもあります。安保理の制裁の枠組みで言えば、停戦やテロの防止を目的とすれば武器の禁止や、武装勢力やその幹部などに対する制裁指定などが主になります。このような安保理の他の制裁枠組みと比較すると、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する制裁は、こうした活動に直接使われる物資だけでなく、広く経済活動を制限する包括的な制裁となっている点が特徴です。
ロシア制裁に関して言えば、オイルキャップの他には、海外に依存している資源や半導体などの製品へのアクセスを制限することなどは一定程度の成果があるのだと思います。しかし残念ながら、ロシアのウクライナ侵攻の勢いを削ぐには至っていない。
先ほどもお話ししましたが、制裁の目的についてロシア制裁を例として再確認しておきます。ここには、いくつかの段階が考えられます。最終目標は軍事侵攻を止めさせること。その次が停戦交渉などの外交テーブルに着かせるためにプレッシャーを与えること。それから継戦能力を削ぐことも目的です。
さらに言えば、制裁に加わることで自国の姿勢をロシアおよび世界に示すことも目的と考えられると思います。オイルキャップが期待されたほどの成果を上げていないにしても、ロシアに対して明確に抗議する意志を示すことには意義があります。厳しい見方をすれば、現状ではロシア制裁の成果はそのくらいしか見出せないのかもしれません。
「ドル制裁」というチョークポイント
鈴木 竹内さんの説明に私が一つ付け加えたいのは、国連安保理の決議がなくても、すべての国が参加しているかのような影響を与えられる制裁が存在していることです。それは何かと言えば、「ドル制裁」です。
世界の基軸通貨がドルである以上、国際的な決済はドルを使うのが一般的です。特に石油や天然ガスなどの資源はドルで決済するのが通常なので、ドルの流れを抑えることは制裁としては非常に効果があります。要するにアメリカは、基軸通貨というチョークポイントを握っているわけです。ドル制裁についてもう少し具体的に説明します。例えば、日本がロシアの天然ガスを購入する場合は日本円を一度ドルに変えて、そのドルを使って相手側のロシア企業と取引することになります。天然ガスを売ったロシアの企業は、入手したドルを最終的にはルーブルに変えます。
この一連の取引は、通常はアメリカの銀行を介して行われます。日本の銀行がアメリカの銀行口座に預金してあるドルが、ロシアの銀行がアメリカの銀行に預けている口座に移動するという格好になるわけです。この取引はアメリカ国内で成立するので、アメリカの国内法が適用されます。
つまりアメリカは、第三国の取引――このケースで言えば日本とロシアの取引――をモニターすることができて、それを止めることもできる。ここに制裁の最大の効果が生まれるわけです。アメリカが単独でも制裁が可能なのは、ドル制裁というチョークポイントを持っているからです。
オイルキャップは、このドル制裁をベースにしてアメリカ、ヨーロッパ諸国、および日本を含めた西側全体でやっているわけです。
それではアメリカはこうしたチョークポイントを握っているにも関わらず、なぜロシア制裁の成果が上がっていないのか。端的に言えば、「二次制裁」をやっていないからです。ロシアと取引をしたところは、片っ端からアメリカの制裁対象にすることが二次制裁です。
例えば、アメリカはロスネフチ(ロシア最大の国営石油会社)などのエネルギー系の企業を制裁対象にしています。日本の石油会社や商社あるいは銀行などが、これらの制裁対象となっている企業と取引した場合、日本の企業がアメリカから制裁を受けることになります。制裁として支払う代償は、その企業がアメリカの市場から締め出されることです。そうすることで、アメリカの管轄権がない企業に対しても、制裁対象と取引をした場合は制裁を課すことが可能になります。企業からすれば、ドルにアクセスできなくなる事態は避けなければなりませんから、アメリカの言うことは聞かざるを得ない。これが二次制裁です。
しかし、アメリカはこの二次制裁を今はやっていません。ロシア制裁を本当に効かせたかったら、これをやるべきです。けれども、なぜそれができないのか? 簡単に言えば、それは皆まだロシアに依存しているからです。ロシアから石油も天然ガスも買っているし、最近ようやく止めましたが、原子力発電所で燃料として使う濃縮ウランも買っていました。
昨年末に採択されたEUの対ロシア制裁第12弾では、ロシア産ダイヤモンドの輸入が禁止されました。金やダイヤモンドの輸入を止めれば、アントワープの宝石産業に大きな損失を与えることになりますから、禁輸措置に踏み切れなかった。要するに、ロシアとの取引はずっとあるわけです。取引の禁止は自分たちの身を切ることでもあるので、チョークポイントを握っているにも関わらず二次制裁はやらないでいる。
ここはイランや北朝鮮への制裁とは決定的に違う点です。我々はイランや北朝鮮には依存しなくても生きていけますが、ロシアに依存している産業は多いのです。だから制裁は効かないという結論になってしまう。
自国経済を犠牲にする覚悟はあるのか?
竹内 確かに経済規模はまったく違いますね。北朝鮮は2022年の輸出3億ドル、輸入9億ドルなのに比べて、ロシアは輸出超過の国で、石油やガスを筆頭に、輸出が6000億ドルにもなる。ロシアと取引しているところはそれだけ多いということですね。
二次制裁はかけるほうも不利益を被ることになるので、できないでいるという話でした。そうなると、他に何かできることはないのでしょうか?
鈴木 難しい質問ですね。一般的に制裁でやってはいけないのは、人道物資つまり食料や医薬品に制裁をかけることです。それ以外は何をやってもいいので、メニューは無限にあり得ますが、自分たちの身を切らずにできそうなことは大概やっていますよね。EUの対ロシア制裁も第13弾まできましたが、出尽くした感がある。
結局、効果がありそうなことでやっていないのは、繰り返しになりますが二次制裁です。要するに自分の身を切ることしか、後は残っていないわけですよ。自国の経済を犠牲にして血を吐きながらやるしかないのだけど、その覚悟がないからどうしようもないということになる。
竹内 その通りですね。月並みな言葉ですが、ロシア制裁は本当に難しいですね。結局プーチンに政策の変更を促すような手段が見つからないでいる。
鈴木 制裁の最大の目的は、相手の政策を変更させて、戦争をやめさせることにあります。けれども、それがまず無理であることも明らかです。理屈はとても簡単です。北朝鮮もそうですが、権威主義国には経済的な痛みを政治的な痛みに変更するメカニズムがないからです。
そのメカニズムがあれば、経済的に苦しむ国民から「このままじゃダメだ。政策を変えるべきだ」という動きが生まれてきて、それが政策変更や政権交代につながっていきます。つまり選挙があればいいんです。民主主義国家は、制裁に弱いんです。民主主義的な仕組みがあれば、経済的な痛みが政治的な痛みに変わるからです。
ところが北朝鮮やロシアのような国は、国民がいくら苦しんでいても、政策の変更にはつながりません。なぜなら、国民の苦しさを政治の苦しさに転換する仕組みがないからです。
ここが北朝鮮制裁でもうまくいっていない最大の理由です。北朝鮮は国民が餓死しようが、そんなことは関係なく核・ミサイルの開発を続けています。国民の命よりも、金正恩体制つまりは金王朝を守ることが大事だからです。北朝鮮にはずいぶん長い期間にわたって制裁をかけていますが、核・ミサイルの開発は止まっていない。中国やロシアがサポートすることで、制裁そのものがなし崩し的に機能を失っていくことが起こっています。