『公研』2021年4月号「めいん・すとりいと」

渡辺 努

 日銀はデフレ(物価下落)の克服をめざして2001年に量的緩和を始めた。13年からは黒田総裁の下で異次元の金融緩和とよばれる政策が採られている。20年の長きにわたって超金融緩和を続けてきたことになるが、残念ながらいまだデフレ脱却を果たせていない。

 日銀は20年間の政策の点検を行い、その結果を3月に公表した。今回の目玉のひとつは「貸出促進付利制度」だ。この名前を聞いて、これがどんな制度で、何が目的かわかる人がいればかなりの日銀通だ。恥ずかしながら、大学で金融政策を教えたり、記者の皆さんの政策に関する質問に答えたりする身でありながら、筆者はよく理解できていない。これに限らず、日銀のHPを見て数分腕組みしないとわからない政策が少なくない。

 日銀の政策は昔は単純だった。公定歩合を上げ下げする。それだけだ。公定歩合がどういうものかはよくわからなくても、それが金利の王様で、それを変更すれば他のありとあらゆる金利が連動することは誰もが知っていた。日銀の政策がこれほどまでに複雑難解になってしまったのはなぜなのか。

 理由は金融政策の緩和と引き締めが非対称だからだ。どういうことか。まず日銀が目標変数と位置づける物価はどのように決まるかを考えてみよう。個々の商品の値段は需要と供給で決まる。その理屈を経済全体にも拡張して、物価(個々の商品の価格の平均)は経済全体の需要と供給で決まると考えるのが一般的だろう。

 しかしこの考え方は、嘘ではないものの、物価決定のひとつの(敢えて言えばマイナーな)側面しか見ていない。物価を決定する主因は他にある。それは人々の「予想」だ。需要でも供給でもなく「予想」と突然言われても戸惑う人が多いかもしれない。しかし「予想」は現代の物価理論の根幹をなす概念である。

 「病は気から」というのをもじって「景気は気から」と言われる。企業経営者や消費者が景気は良いと思って強気で行動すれば結果として景気が良くなる。そうかもしれないと思わせる、説得力あるフレーズだ。物価についても、物価が上がるにせよ(インフレ)、下がるにせよ(デフレ)、人々の気の持ちようという側面が確かにある。予想で決まるとはそういう意味だ。ミルトン・フリードマンは「インフレもデフレも貨幣的現象」という名言を残したが、これを無断借用すれば「インフレもデフレも人々の気分次第」ということだ。

 しかし人の気持ちは移ろいやすい。気分任せでは物価が乱高下してしまう。それを防ぐのが中央銀行の役目だ。どうやるかと言えば、人々の予想がインフレの方向に振れたときには貨幣の量を減らし引き締める。それによってその予想を潰す。逆にデフレの方向に振れたときには貨幣の量を増やし金融を緩和することでデフレ予想を潰す。

 ここまでは極めて単純だがここに非対称性が入ると話が一気にややこしくなる。筆者の推計によれば、金利3%に対応する貨幣量を1とすると、金利を4%に引き上げるのに必要な貨幣の削減は0・13だ。これに対して3%の金利を2%に下げるのに必要な貨幣の増加は0・20だ。つまり、同幅のインフレ予想とデフレ予想を比べると、後者のほうが予想潰しに要する貨幣の操作量が大きい。しかも具合の悪いことに、人々の予想するデフレの幅が大きくなると必要となる貨幣の操作量は急激に増大する。デフレ予想が臨界点を超すと、操作すべき量が大きくなりすぎ、中央銀行といえどもデフレ予想を潰せなくなることが知られている。

 日本経済が臨界点を超えたかどうかは微妙だが、それに近いところまで来ているのは確かだろう。日銀の発する言葉の難解さがそのことを証明している。東京大学教授

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