『公研』2020年9月号「めいん・すとりいと」

三浦瑠麗

 長期政権の幕が閉じました。安倍総理の辞任表明会見は歴代最長政権の幕引きとしてはあっけなく、奇妙なほど政策実務に重点のおかれたものでした。話の大半は今後の新型コロナウイルス対策に割かれ、直前まで文言を詰めていたと総理自身が語ったように、まさに政策方針の中身とその伝え方を詰めていたことをうかがわせました。

 会見が実務的で感染症対応の話ばかりだったのには、おそらく理由があります。何としてでも、今年の終わりまでに新型コロナウイルス対策と経済対策の両立に持っていく道筋をつけておく必要があったからでしょう。そうしなければ、安倍政権のレガシーがすべて吹っ飛んでしまうからです。

 アベノミクスは多くの雇用を生み出しました。

 少子高齢化が進み人口が頭打ちになる中、日本の労働力人口はこの7年で300万人以上も増えました。しかし、4、5月の緊急事態宣言で100万人単位の雇用者が減り、その多くは非正規雇用の女性でした。第二次安倍政権成立直前の失業率は4・3%でしたが、昨年の平均は2・4%と大きく改善しました。現在の失業率は雇用調整助成金等の効果もあり、何とか7月時点で2・9%に踏みとどまっています。自民党が今後政権を続けていくうえでも、雇用拡大の成果をご破算にするわけにはいかないということです。

 安倍さんは自らのレガシーが新型コロナ経済危機で失われつつあるいま、遅ればせながら感染症対応と経済対策の両立について、自らの方針を明確に打ち出す必要を感じたのでしょう。現に、菅官房長官は休校をはじめ過剰な対応策をとることには反対してきた人であり、総裁選出馬にあたって感染症対応と経済の両立をめざすと語っています。発症地である中国は今年、プラス成長を見込んでいます。また米国経済はトランプ政権の方針のもと復興に向かっているなかで、日本だけがバブル崩壊後のような長期不況に突入するわけにはいきません。一方で、国民は安全よりも安心を求めており、検査件数を大幅に拡充しなければ民意に応えられない。その折り合いをつけるため、政府主導で無症状者に関する取り扱いを変更する政策方針を示す必要があったのです。

 しかし一方で、このタイミングでの辞任と、党員投票を省略する形での総裁選の実施は、政策にとどまらない総理の思惑をうかがわせるものでした。自民が引き続き安定政権を担うためには、任期満了前に適切なタイミングで解散総選挙をすることが望ましい。けれども、選挙はやはり新型コロナウイルス感染の波の谷間で行わなければ批判が高まる。ということで秋前の辞任は適切なタイミングだったのでしょう。解散にはそれなりの大義が必要ですが、病気による退任に続く新体制の信任には大義があります。レームダック化する前にこのタイミングで緊急辞任することで、石破氏の可能性を最大限封じつつ解散総選挙を行うことができると踏んだのだと思われます。

 安倍さんと石破さんとのあいだの確執が、厳しい石破氏排除へ向かうことは容易に想像できます。しかし、多くの派閥が菅さんに我も我もとバンドワゴンする姿にはむしろ、長期安定政権に引き続きぶら下がっていたい、各派閥のふがいなさばかりが際立つ。総理になりたいと名乗りを上げた3人の候補の闘争はリアルでも、自民党もメディアも国民も、長期安定政権を築くことにしか関心がないようにさえ思えるのです。

 ニュースは次なる菅政権へと完全に注目が移りました。割を食ったのは石破さんや岸田さんだけではありません。野党勢力がここまで無意味化したことはなかったと言うべきでしょう。彼らがそこに真摯な危機感を持てないならば、日本に政権交代は永遠にやってこないように思えます。国際政治学者

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