第2期トランプ政権発足以降、世界の秩序は確実に変化している。
「高市発言」「米国家安全保障戦略」「習近平体制の行方」「日米同盟の再検証」
などを考えながら、日本の外交・安全保障の戦略指針について確認する。
米国のベネズエラ攻撃についてもご見解をいただいた。

明海大学外国語学部教授
日本国際問題研究所主任研究員
小谷哲男(画像左)

第37代東部方面総監、元陸将
磯部晃一(画像中央)

大東文化大学 東洋研究所教授
鈴木隆(画像右)


こたに てつお:1973年兵庫県生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。米国ヴァンダービルト大学日米関係協力センター研究員、海洋政策研究財団研究員、岡崎研究所特別研究員などを経て2012年から日本国際問題研究所研究員、14年には同研究所主任研究員に就任。18年に明海大学外国語学部准教授、20年から現職。専門は外交・安全保障、海洋安全保障。共著に『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』など。


いそべ こういち:1958年徳島県生まれ。防衛大学校卒業、米海兵隊大学および米国防大学で修士号を取得。統幕防衛計画部長、第7師団長、統合幕僚副長、東部方面総監などを務め、2015年に退官。退官後ハーバード大学上席研究員を歴任。著書に『トモダチ作戦の最前線──福島原発事故に見る日米同盟連携の教訓』、『米国防大学に学ぶ国家安全保障戦略入門』がある。現在、一般社団法人「安全保障ビジネスイノベーション協会(SBIJ)」代表理事等に就任。


すずき たかし:1973年静岡県生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程を退学後、日本国際問題研究所研究員、愛知県立大学准教授などを歴任し、2023年4月より現職。この間、ロシア国立サンクトペテルブルグ大学訪問研究員などを歴任。専門は政治学・中国政治。博士(法学)。著書に『習近平研究──支配体制と指導者の実像』『中国共産党の支配と権力』など。


 

「高市発言」をどう考えるか

 小谷 今日は米中関係あるいは日米同盟の行方などを検証しながら、世界の安全保障環境の現状について議論していきたいと思います。まずは昨年11月の高市総理による「台湾有事発言」について取り上げたいと思います。高市発言の内容そのものは新しいものではありません。これまでも我々研究者含め、台湾有事は日本有事であるという前提でいろいろな議論をしてきました。私が所属する日本国際問題研究所でも、海上封鎖に関するシミュレーションなどを行ってきたわけです。

 ただし総理が国会の場で具体的なシナリオに触れることは、中国を不必要に刺激しますから、これまでは避けてきました。今回は野党からの質問に答えるというかたちではありましたが、具体的なシナリオに触れてしまった。しかも役所が用意した答弁ではなく、総理が自分の言葉で話してしまったようです。その後「撤回はしない」と言いながら、徐々に従来の立場に戻しているところです。

 それでも中国は、外交の場を通じて世界各国あるいは国連などの国際機関の場で日本批判を大々的に展開しています。また日本への渡航自粛勧告を出したり、ようやく再開するかに見えた日本産の水産品の輸入を停止したりするなどして経済的にも威圧して来ている。これがいつ収まるのかなかなか見えていません。そういう意味では、不用意な発言で、中国に過剰に反応する口実を与えてしまったと評価せざるを得ないところがあります。

 鈴木 私も小谷先生と同じ意見で、高市総理の見解自体は日本の政策コミュニティでは特に目新しいものではないと考えます。ただし、国会という発言の場と日中首脳会談の直後というタイミングが悪かった。一方、野党の側も質問の仕方や内容を再考すべきだろうと思います。率直にいって現在の日本は、外交、特に日中関係や日米関係を政争のテーマにするほど国力に余裕はありません。新政権が発足したばかりの時点で、台湾問題という長く複雑な歴史をもつ、しかも機微な論点について首相の見解を繰り返し要求するのは軽率であったと思います。

 「一つの中国政策」や「一つの中国原則」という言葉の持つ歴史的・政治的意味は、専門家でさえ理解と説明が難しい事柄です。それを国会質問の場で取り上げ、結果的に失言を引き出してしまう。しかもそのことによって日中関係の停滞を招いてしまうというような政治戦術は、国益全体の追求にとってなんらの得もありません。

 一方で、日本に対する中国の制裁の度合いは、現状ではそれほど高くありません。尖閣諸島の国有化で対立していた2012~2013年のほうがより厳しかったです。現在、中国では内需の不振などで経済状況が厳しいので、抑制的な対応を取らざるを得ないのだろうと思います。

 確かに観光客の渡航自粛や水産物の輸入再開を停止するなどの措置は派手で、話題になりやすい。しかし、BtoBの産業などには手を付けていない。水産物の輸入はこれまで止めていた経緯があり、観光について日本でお金を落とすのであれば国内消費喚起の面でも中国でお金を使って欲しい。今のところは中国経済にとって実害がさほど出ない程度に終始しています。

 他方で、注意しなければならないのは、中国の政治構造です。すなわち、習近平の個人独裁のような状況のもと、あらゆる部門の官僚たちが忖度政治に血道をあげています。上の意向を伺いながら、自分の権限と業務のできる範囲で、日本いじめの政策をやろうとしています。今後、さまざまな分野で制裁がエスカレートしないとも限りません。

 一つの大きな論点は、レアアースの輸出規制を行うかどうかです。合理的に考えれば、そこまではやらないだろうと判断します。ただしそれは我々の理屈であって、彼らには彼らなりの論理があります。今、中国の官僚政治家たちが意識しているのは、2年後に迫っている党大会での権力の変動だろうと思います。そこで習近平の一強体制がどのように変わっていくのか。そうした中国共産党内の政治力学の動向によっては、レアアースの輸出規制のような「非合理」的な政策が打ち出される可能性もあることは、念頭に置いておく必要があります。

中国の情報戦に注意

 磯部 私もお二人の意見に共感します。高市総理の台湾有事に対する見解は一般的なものです。ただし、この機微な問題を国会の場で議論すること自体に違和感があります。政治家同士がしっかりと議論できる非公開の場を別に設けたほうがいいのではないかと私は考えます。

 アメリカも台湾有事については、介入するのかしないのか曖昧にしています。それが公式戦略です。にも関わらず、バイデン前大統領は2022年5月の日米首脳会談の共同記者会見の最後に、「台湾については軍事力の行使を排除しない」と発言したことがありました。2024年6月にも『TIME』誌のインタビューで、同様の見解を述べています。自身の判断でメッセージを発信するのは、政治家の重要な役割です。役所で作成した答弁案から一歩も出ないと、政策は何も変わりません。ただし、今回の高市総理の発言によって意図せぬ日中間の緊張を招いたのであれば、政権としてそれを緩和する努力が必要です。

 私は中国の動きについては、DIME──Diplomacy(外交)、Information(情報)、Military(軍事)、Economy(経済)──の四つの視点から見ることにしています。今回の件について言えば、中国は外交や情報では激しく反応しましたが、軍事や経済についてはトーンが落ちている印象があります。

 11月7日に高市発言があり、対日批判が強まったのはそれから1週間くらい経った後でした。メディアの報道によれば、中央の指導部から対日批判に関する指示が出た可能性が高く、それを受けて中国外務省は批判のトーンを引き上げていきました、23日には王毅外相が「レッドラインを超えた」という発言をしています。さらには国際機関の場を利用した抗議活動も展開しています。国連事務総長に2度書簡を出し、国際原子力機関(IAEA)の理事会でも高市政権を批判しています。

 情報面では在日中国大使館や在フィリピン中国大使館がX(旧Twitter)を使って、国連憲章の旧敵国条項を持ち出したり、軍国主義の復活をイメージさせる漫画を掲載するなどの情報戦を繰り広げている。中国外務省からすれば、「弱腰外交だ」と国内で批難されることは絶対に避けたいのでしょう。とにかく面子を潰されることを嫌いますから、中国外務省の名誉と生存をかけて情報戦を展開しているのだと思います。

 歴史を振り返ると、中国は昔からこういった情報戦をやっています。戦前で言えば、1927年の「田中上奏文事件」は特徴的な例です。このとき中国は偽の文書を作って国際社会で日本への批難を流布するというプロパガンダ外交を繰り広げました。当時の日本は、国際連盟の場でこの件について答弁しなければならない事態にもなっています。今やっていることも当時と同じですよね。日本は中国が展開するプロパガンダやナラティブに対して戦前から弱いところがありますから、ここは改める必要があります。中国が間違ったことを言っているのであれば、日本はすぐに訂正する情報をどんどん出さなければなりません。

 経済面の反応について言えば、現状では中国人の日本観光の自粛、日本産水産物の輸入停止、日中間の航空便の減便、日本関連のコンサートなどのイベントの中止といった段階に留まっています。制裁に本腰を入れるのであれば、レアアースの日本への輸出停止や中国にいる日本人ビジネスマンの拘束なども考えられますが、まだそこまではいっていません。

 軍事面では、12月6日に沖縄本島南東の公海上で中国軍機が自衛隊機に対してレーダー照射を行う事例が起きています。これは非常に危険で、我々としては断じて許すことのできない行為です。これが果たしてどういう指示に基づいて行われたのか、よく見極める必要があります。党指導部から直接の指示があったのか、あるいは現場が忖度して行ったのか、ここは総合的に考えなければなりません。

 もう一つ気になる動きとして、12月9日にロシア軍と中国軍の爆撃機が東シナ海から四国沖に向けて長距離共同飛行をしています。中国とロシアは定期的にこういうことをやっています。統合幕僚監部のニュース・リリースをひもとくと、直近の共同飛行は2024年11月で、この時は日本海で合流して、対馬海峡を経て東シナ海まで共同飛行しています。その翌日には沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に進出している。ですから冷静に考えれば、今回の高市発言の件とは関係なく、訓練の一環として毎年、段階的に行っているものと見ることができるのではないか。高市発言を契機に、中国軍が軍事的に急に緊張を猛烈に高めたわけではないのだと思います。

日本の頭越しにいろいろな物事が
決められていく?

 小谷 鈴木先生から高市発言はタイミングも悪かったというご指摘がありましたが、私もその通りだと考えます。発言の直前の10月末に米中首脳会談があり、翌日に日中首脳会談がありました。トランプ大統領は、貿易に関する協議を前に進める機会として習近平氏との首脳会談を非常に重視していました。ほぼすべてを賭けていたと言っても過言ではありませんでした。今のトランプ氏の頭の中にあるのはレアアースの安定供給の問題で、習近平氏からこれを勝ち取ることでした。ですから首脳会談では経済の話題ばかりで、台湾の話はしなかった。政治や安全保障の問題はすべて棚上げして、とにかく今のトランプ氏は中国との経済関係の安定を求めている時期だったわけです。

 日中首脳会談では、高市総理はこれまで通りの論点に基づいて話をしています。ただ、これまでとは違っているポイントがあります。それは総理自らが、新疆ウイグル地域の人権問題について話し合ったと発言していることです。これまでも岸田総理や石破総理が話題にしていますが、外務省のリードアウトでは新疆ウイグルの「状況」について話し合ったという表現になっていました。けれども今回は「人権」という言葉まで使ってしまっている。

 しかも公式の高市・習近平の写真は、やや距離もあって笑顔のないままの握手でしたが、高市総理は自身のXで習近平氏が微笑んでいる写真を出してしまった。しかも、直後に台湾側の代表と会っている写真も投稿しています。そこに台湾有事発言が続いたわけですから、タイミングはやはりよくなかった。

 まさに責任を負っている中国外務省の王毅外相からすれば、日本に面子を潰されたと受け取ったとしても致し方がないところがある。このため、中国外務省を中心に強く反発しているのだと思います。

 それではトランプ氏はこの問題について一体どのような立場をとっているのでしょうか。11月25日に高市総理と電話で会談していますが、一部の報道では、「これ以上中国を刺激しないように」というアドバイスがあったようです。日本政府はその発言はなかったと否定をしていますが、その後も断続的にトランプ氏から釘を刺されたという報道が出ています。私自身もトランプ政権の関係者から、「トランプ氏は、米中はもちろん日中間の安定も望むと伝えた」と聞いています。やはりアメリカはこの件に関しては、同盟国である日本を支援したくないというスタンスが明らかになってきている。

 つまりトランプ政権あるいはトランプ大統領の対中姿勢が経済にシフトしてしまっていて、政治や安全保障面で同盟国と共に協力していくことは優先される課題にはなっていないのだと思います。昨年12月に発表された「国家安全保障戦略(National Security Strategy:NSS)」を見ても、その傾向を見て取ることができます。トランプ政権は1期目で中国を既存の国際秩序に挑戦する修正主義国家と位置づけ、大国間競争をやっていくという方針を出していました。しかし今回は中国を脅威と見なす記載もなく、両国にとって利益のある経済関係を重視している。

 トランプ氏が何度か触れているように、少なくとも今のはアメリカは米中G2の関係改善に重きを置いています。そうなると、日本の立場は相当難しいものになります。それを踏まえれば、やはり台湾問題という機微な問題で、中国を今刺激することが果たして得策だったのかどうか。そこをよく考えた上で、国会での答弁にも臨んだほうが良かったと言えます。

 もう一つの側面は、日本の世論は基本的に高市発言を支持していることです。とりわけ高市総理の周辺にいる人たちは、「これでよかったのだ」と言っています。中国に遠慮して物を言わないのはよくない、と考える人たちが総理の周辺にはいるわけです。しかし、発言によって日中はもちろん日米にも悪影響がおよぶ可能性があります。日本の世論はそこをまだ甘く見ているのではないか。アメリカの対中姿勢を昔の感覚で、なんだかんだ言ってもアメリカは中国に厳しく出るのだろうという感覚が日本の世論の中にはまだあります。

 私はトランプ大統領の任期中、そして有力候補とされているJ・D・ヴァンス副大統領が次の大統領になった場合は、米中G2という方向性が続いていくと考えています。そうなると、日本の頭越しにいろいろな物事が決められていき、日本の安全保障についても顧みられることがないという状況になることも想定されます。台湾についても、ある意味では見捨てる事態もあり得る。我々としては、そこは強く警戒する必要があるだろうと思っています。

 磯部 今年のアメリカの主な政治日程を見ていくと、7月4日の独立記念日に建国250周年を迎えます。トランプさんはこの記念日を政治的に最大限活用するでしょう。それから11月3日には中間選挙がある。与党共和党は大統領・上下院のすべてを牛耳る「トリプルレッド」という有利な状況で、トランプさんにとっても理想的な状況です。が、現在のトランプ政権の支持率は40パーセント前後と低迷しています。当然トランプ大統領の頭の中には、中間選挙で何としても「トリプルレッド」を維持したいと考えているでしょう。

 そうすると小谷先生がおっしゃったように、中国との経済交渉をうまく乗り切ってアメリカに利益をもたらすことで、世論を自分の味方につけることを優先しているのだと思います。ですから高市発言によって日中関係が緊張することは、トランプさんにとってあまり好ましくない状況です。本来であれば、もっと頻繁に電話会談するなどしてトランプさんとの関係を緊密なものにする発想が必要だったのではないでしょうか。日米首脳会談では強固な日米同盟を謳ったわけですからね。日中関係が緊張したのであれば、最初に日本側からトランプさんに状況をインプットしておけば事態はもうちょっと違っていたのかもしれません。

必要なのは「フットワークの軽い外交」

 小谷 そうですね。10月末に初めて日米首脳会談をやったときに、トランプ氏は「困ったことがあったらいつでも電話してくれ」と高市総理に伝えています。今回の発言によって日中間で緊張が高まっているのであれば、やはり真っ先に高市総理のほうから電話をして、状況を説明する必要がありました。結局トランプ氏が習近平氏に電話をして、それから高市総理に電話するかたちになった。あたかも中国から文句を言われて、その文句を日本側に伝えたかのようになってしまいました。これはやはりよろしくなかったと思います。

 これからトランプ氏と付き合っていく上で求められるのは、フットワークの軽い外交だと思うんですね。欧州を見ても、頻繁にトランプ氏と電話したり会ったりしています。ゼレンスキーとトランプが会ったら、すぐに欧州の首脳が駆け付けて、ホワイトハウスで会うことで、トランプ氏にずっとインプットを続けているわけです。日本もそれをやっていかなければなりません。

 国際会議に合わせて首脳会談の機会を持つのではなくて、必要があれば、その都度電話したり、ホワイトハウスに駆け付けたりすることが必要でしょう。安倍元総理はそれを実践していたところがありました。頻繁にトランプ氏に電話会談して、おそらく年間5、6回は直接会う機会を持っていました。そうした緊密な関係を構築しながら、日米関係を強固なものにすることが、米中の貿易交渉、米中の戦略的競争の管理などにとってもアメリカのプラスになるというメッセージを日本側からきちんと伝えることが一番大事だろうと思います。

 このままではトランプ氏のなかで、日本がお荷物のようなイメージが根付いてしまいかねないので、真っ先にそこを変える必要があります。従来の日本は、下から積み上げていき最終的にトップ同士で決めるところだけ決めるというスタイルで外交をやってきました。官僚はそれを好みますし、総理もそのほうが楽だったわけです。けれどもそれではトランプ氏には全然打ち込めないでしょう。一番大事なのは、官僚の用意したペーパーで議論するのではなくて、本当にトップ同士で、重要な問題について話し合うことが大事です。そのためには総理自身が外交のビジョンを持つ必要があります。

 トランプ氏は今年4月に中国に行く予定があるので、今官邸ではそれまでには一度ホワイトハウスを訪問することが検討されているようです。しかし、それだけではとてもトランプ氏にインプットはできないでしょう。国会の縛りがあることもわかりますが、もっとフットワークの軽い外交をやる必要があるのだと思います。

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