2023年12月号「issues of the day」
3年前、菅義偉首相(当時)が脱炭素宣言を行ってから、政府のエネルギー関連政策やメディア報道は「脱炭素」一色に染まってきたが、最近では「GX(グリーントランスフォーメーション)」という表現を目にする機会が増えている。日経新聞は2022年11月、脱炭素関連のデジタルメディアとして「NIKKEI GX」を創刊した。また、海外メディアでの報道を見ると、EUの「欧州グリーンディール」、米国の「IRA(インフレ抑制法)」に並んで、「GX」が日本のエネルギー・環境政策全体を表すキーワードとして確立しつつある。
脱炭素をGXと言い換えるような風潮
政策文書の中で最初にこの言葉が登場したのは、恐らく2021年10月に策定された「第6次エネルギー基本計画」の中で、DXに並ぶ「大きな変換のうねり」として一度だけ言及されている。この用語を最初に発案したのが誰かはわからないが、経団連は4カ月前の2021年6月に発表した「グリーン成長の実現に向けた緊急提言」の中で、「イノベーション、投資の好循環、エネルギーシステムの次世代化を通じて、経済社会全体の根底からの変革(GX:グリーン・トランスフォーメーション)を進めていかなければならない」としてすでに言及している。経団連はその後の提言や、十倉雅和会長の会見等でたびたびGXに言及しているので、恐らく経団連が発信源なのだろう。
組織名としては、2021年12月に経済産業省の産業構造審議会の下に設置されたGX推進小委員会にその名があるが、この委員会は資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会下の小委員会(筆者も委員の一人)との合同会合だったため、会全体の略称としては「CES(クリーンエネルギー戦略)検討合同会合」と呼ばれていた。CESとしての提言は、翌年5月に中間整理として岸田首相に報告されたが、その後内閣官房にGX実行会議が設置されると、「GX実現に向けた基本方針」が策定され、CESでの検討内容はすべてこの中に組み込まれた。結果的にCESとしての最終的な成果物はなくなってしまった。
その後は、GX基本方針実現の一環として、2023年5月に「GX推進法」と「GX脱炭素電源法」が相次いで成立した。しかしそれらは略称で、正式な法律名に脱炭素の文字はあるがGやXは一文字も入っていない。続いて7月に「GX推進戦略」が閣議決定されるが、こちらも正式名称は「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」である。また、排出量取引等を推進している「GXリーグ」も、元々は「カーボンニュートラルトップリーグ」と呼ばれていた。これらの言い換えを見ていると、まるで脱炭素をGXと言い換えているように思える。
広範囲な産業変革を想像させる表現
日本でなぜこのような言い換えが起きているのかはわからないが、誰かの一存というよりは、日本の意思決定層の中に、脱炭素やカーボンニュートラルよりもGXという表現を好む人が多かったからなのではないかと想像できる。脱炭素というと、温室効果ガス排出量の削減が至上命題となり、再エネ推進によるコスト増、あるいは「脱」という文字から脱成長を思わせるネガティブなイメージが想起される。一方で、GXと言えば、単純に排出量を削減するというよりは、DXからの類推から、グリーンを起点としたより広範な産業変革を想像させる。
実際、経団連の提言における定義もそのようなものになっている。脱炭素政策を、排出削減や「再エネか原発か」といった単純なエネルギー供給の問題としてではなく、エネルギーを使う側の需要の問題、つまり産業政策を含めたものとして捉えるべき、という気持ちが、その言い換えをよしとする人の心理にあるのではないだろうか。
パリ協定にもとづき日本が宣言した2030年46%減も2050年脱炭素も国際公約ではあるが、パリ協定は京都議定書とは違い罰則規定はないので、数値目標の達成を絶対視するよりも、それを一つの方向性として、本来必要な変革の推進力とするという発想で、GXという表現を使うことは理に適っている。また、社会全体の脱炭素化をめざそうとすれば、電力などのエネルギー供給だけではなく、製鉄や化学など需要側の変革が必要なことは明らかで、脱炭素よりもGXというスローガンが受け入れられやすいことも理解できる。
それでは現在のGXの取り組みの実態はどうだろうか。GX基本方針では、主な項目として省エネ、再エネのための大規模系統整備、原子力の稼働延長と新増設、カーボンプライシング(排出量取引と炭素賦課金)、GX経済移行債の発行、などが並んでいる。筆者の知る限り、どの項目も前途多難、あるいはいかにも日本的な新たな利権の温床となりつつある。いくら元のコンセプトが良くても、言うは易し行うは難しだ。
ポスト石油戦略研究所代表 大場紀章