『公研』2019年10月号「issues of the day」

大場 紀章 

 為替や株式、債券などの金融商品の取引においては、従来からアルゴリズム取引と呼ばれる機械による自動取引が主流になっている。そうした取引では、ミリ秒から数十マイクロ秒といった時間単位の超高頻度取引が行われるため、人間の役割はトレーディングではなく、むしろトレーディングをするアルゴリズムの設計と運営をすることに移っている。ゴールドマン・サックスが2000年に600人雇っていたトレーダーを17年に2人まで減らしたというのは有名な話である。

 一方、原油や鉱物資源、穀物などのコモディティ市場の取引には、このようなアルゴリズム取引は不向きで、依然として人間のトレーダーによる切った張ったのやり取りが重要と考えられてきた。その理由としては、①コモディティ取引は最終的に現物取引を伴うため在庫リスクがあること、②取引において重要な実需給の統計が公表されるのが遅く、早くても一週間、遅いと3カ月ほどのタイムラグがあり、高頻度取引に不向きであること、③それらの統計の多くは国家統計であることから信頼性に懸念があり、さらに情報が業界ごとにサイロ化されていて透明性が低いこと──などが挙げられる。

エネルギー・金属分野の自動化率は80%超

 しかしこの通説は、どうやら過去のものらしいということが近年の調査で明らかになってきている。今年3月、米商品先物取引委員会は、シカゴ・マーカンタイル取引所に上場する様々な商品先物取引の自動化率についての調査結果を発表した。その報告書によると、商品先物の分野ごとの取引自動化率は、13年から18年にかけて、為替:85%→90%、株式指数:74%→79%、国債等76%→88%、エネルギー(原油、天然ガスなど):65%→80%、金属(銅、金、銀など):60%→83%、穀物(コーン、小麦など):51%→71%と変化している。

 予想される通り、為替や株式、国債等は従来から自動化率が高く、調査期間の5年間でさらにその比率が増している。一方で従来自動化率が低いとされていたエネルギー、金属、穀物などのコモディティの分野は、13年の時点ですでに過半が自動取引となっていて近年急激にその比率が上がっていることがわかる。特にエネルギー・金属の分野では自動化率80%以上と株式分野の比率を超える水準になっている。

 ただし、報告書によると、人による取引に比べて自動取引では圧倒的に指値取引(取引価格を予め指定して行われる売買)が占めていて、必ずしも柔軟に市場価格の変化に対応した取引が行えているわけではないことが伺える。自動取引は、事前に条件が決められていれば、市場が条件を満たした瞬間に即座に取引をすることが可能なので、指値取引が得意分野であることはすぐ理解できるだろう。つまり、様々な情報を総合的に勘案して市場を分析し、相場観をもって自動取引のための条件を考え決定するのは、まだまだ人間の仕事ということだ。

衛生画像から石油タンカーの量を推定

 しかし、その市場分析、特にコモディティ市場の分野にも自動化の波は訪れつつある。例えば、石油市場の自動分析を行うVortexaやOilxといったスタートアップが次々と誕生している。これらの企業は、これまでの石油関連統計のタイムラグと不確実性という問題に対し、衛星画像データをAIで解析することによって、石油タンカーのトラッキングから石油貿易量を、あるいは石油精製設備のタンクの屋根の高さやフレアスタック(余剰ガスの焼却処理)の量から石油在庫や設備稼働率を推定し、実際の統計が市場に出る前にリアルタイムに推計データを提供するというサービスを行っている。すでに大手石油企業や投資銀行に対して取引を開始している。

 このようなことが可能となったのは、自動で画像分析を行うAIの技術革新に加え、近年の宇宙ビジネスの低コスト化競争によって、小型衛星の画像データが従来より安価に入手できるようになったことが背景にある。

 また、石油市場においては地政学リスクが重要になることが多いが、ニュースヘッドラインやSNS上での文字情報のやり取りを自然言語処理することで、人々やトレーダーのセンチメントを分析し、一定程度の地政学リスクを自動市場分析に織り込むという試みもなされている。

 衛星データやSNSデータなどのリアルタイム情報を用いて数時間後の短期予測を行うことをナウキャストと呼ぶが──最も典型的なものが天気予報──、短期予測が難しいと言われてきたコモディティ市場においても、技術の進歩によって徐々にナウキャストが可能になりつつあるのである。

 こうして見ると、トレーディングにおける人間の役割はますます小さくなりそうだが、一方でOPECの意思決定や中東情勢をめぐる国際政治、あるいは各国の政策金利など、本質的に予測不可能な人為的な判断によって市場が左右される要素はまだ大きい。そのような不確実性に対峙することが、最後に人間に求められる役割なのかもしれない。エネルギーアナリスト

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