2023年1月号「issues of the day」

 

 ロシアによるウクライナ戦争は、冷戦終結後、大国による戦争はもはや起き得ないと信じていた人々に大きな衝撃を与えた。そして長期化が予想されるこの戦争は、世界の「エネルギー地政学」にも極めて大きな変化をもたらしている。

 

二分化するエネルギー供給

 最も重要な変化は、グローバルなエネルギー供給の二分化である。G7(米英仏独伊加日およびEU)を中心とした「西側諸国」は、ロシアに対し厳しい経済制裁を行い、ロシアからのエネルギー輸入をやめる方針にある。特に、ロシア依存度の高かったEUは、22年8月に石炭輸入を禁輸、主要な天然ガス輸入はロシアによって止められ、12月以降はロシア産原油の90%を禁輸し、23年2月からは石油製品の禁輸にも踏み切る。

 一方、世界を見渡せば、「西側諸国」以外のほとんどの国は経済制裁を行っていない。つまり、「西側諸国」がロシア産エネルギーの輸入を減らした分は、必然的に「非西側諸国」が輸入を拡大することになる。

 世界を、中東・ロシア・欧州・中国・米国含むその他、の五つの地域に分けると、地域単位で化石燃料を輸出しているのは中東とロシアのみで、ロシアは世界の化石燃料純輸出の4割を占めている。また、ウラン濃縮においてもロシアは世界シェアの4割を占める。つまり、世界のエネルギー輸出のおよそ4割はロシアであり、ロシア抜きに世界のエネルギー供給システムは成り立たない。これからの世界は、ロシアからエネルギーを直接輸入できる国と、できない国に二分化されていくのである。

 これが示唆することは、これまで米国覇権がもたらしてきたグローバリゼーションの明確な終焉である。世界最大のコモディティであるドル建ての石油は、米国主導のグローバリゼーションの象徴で、それがもはや誰とでも自由に取引できなくなるということは、世界経済は真にブロック化に向かっていることを意味している。

 世界経済のブロック化を示す他の兆候として、BRICSの拡大が挙げられる。元々は単なる「巨大新興国クラブ」に過ぎなかったBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、昨年イラン、アルゼンチン、アルジェリアの3カ国の加盟申請を受けた。他にも、サウジアラビア、トルコ、エジプトが加盟に強い意欲を示している。

 中国・インドという大国、ロシア・サウジアラビア・イランという産油国等を含むこれらの国々は、人口・エネルギー生産量・食糧生産量等の主要指標で4割から5割の世界シェアを持つ。イランのライーシー大統領は、BRICSを「国連に並ぶ組織として強化する必要がある」と述べた。現在、さらに多くの国々が新規加盟候補リストに並んでいると言われている。

 

人民元建て取引が行われるのか?

 ブロック化の兆候のもう一点は、石油の人民元建て取引の議論がにわかに活発化していることである。2212月9日、中国の習近平国家主席は、訪問先のサウジアラビアで「石油や天然ガス貿易の人民元決済を展開したい」と述べた。この訪問は、ウクライナ戦争開始直後の3月、米国に不信感を募らせるサウジアラビアが習主席を招待したことにより実現した。

 サウジアラビアが本当に石油の人民元建て取引を行うかどうかは、その影響の大きさを考えると多くの疑問点がある。しかし、このような議論が表立ってなされていること自体が、時代の大きな変化を感じさせる。すでに中国は、ウクライナ戦争以降、ロシアからの原油輸入を人民元で決済している。そして、現在ロシアからの天然ガス輸入を継続している欧州諸国は、ドル決済から間接的なルーブルによる決済への変更を行っている。米国の「ペトロドル」覇権のほころびは、すでに始まっている。

 ブロック化の兆候の3点目は、脱炭素政策の保護主義化である。ウクライナ戦争は、エネルギーは安全保障と不可分であるという現実を多くの国々に突きつけた。そのことが各国の脱炭素政策の保護主義的な要素を正当化しているように思われる。EUは国境炭素税(CBAM)の導入を決定し、米国は中国製品の輸入規制の側面がある「インフレ削減法」を成立させた。日本では産業保護色の強い「GX基本方針」が発表された。このような保護主義的政策が大きな批判を浴びないことが、グローバリゼーションの終焉を示唆している。

 ウクライナ戦争が始まると、日本はG7の一員として対露制裁に積極的に参加し、ロシアからの石油輸入を停止した。今や石油中東依存度は過去最高の98%となった。一方、サハリン2からのLNG輸入は死守する方針である。ブロック化が進む世界経済、厳しさを増す安全保障環境、「エネルギー地政学的」な大きな変化の中で、アジア唯一のG7の加盟国として、日本が国際情勢の機微を生き抜く道は極めて険しいだろう。今年、日本はG7議長国である。

ポスト石油戦略研究所代表 大場紀章

 

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