『公研』2020年1月号「issues of the day」

大場 紀章 

 最近の中国の経済問題は、もっぱら米中貿易戦争がどのように決着するかということに注目が集まっているが、その背後で貿易戦争が中国のエネルギー政策に大きな影響を与えている。

 米国から中国へのLNG(液化天然ガス)輸出は、2017年の米中の貿易不均衡是正に関する合意を受けて急増し、17年の輸出量は前年の6倍にあたる約3bcm(10億立方メートル)に達した。

 しかし、翌年の18年から、今度は米中貿易戦争が勃発、トレンドは逆転する。中国政府は米国からのLNG輸入に対し189月から10%、196月から25%の報復関税を課した。その結果、輸入量は急減し、19年の5月からは輸入量ゼロの状態が続いている。

世界一のシェールガス資源量?

 このような背景があり、中国政府としてはますます自国の天然ガス生産量を増やし、エネルギー安全保障を高めたいという思惑が強まっていると考えられる。国家エネルギー局は8月末、「国内におけるシェールガス開発をさらに加速すべきである」との方針を明記した報告書を発表し、テコ入れを図ろうとしている。

 中国政府は、国内エネルギー需要の高まりに加え、大気汚染問題の解決と石炭産業の統廃合を進めるため、天然ガスへの燃料転換を奨励している。その結果、天然ガスの消費量が急増し、18年の消費量は前年比2割増の280bcmとなった。

 その消費量のうち123bcmが輸入量で、18年に中国は日本を抜き世界最大の天然ガス輸入国となった。特にLNGの輸入量は前年比4割増と著しく、LNG輸入量としては依然として世界一の日本に迫る勢いである。その結果、天然ガスの輸入依存度は44%に達し、輸入依存度が約70%とますます高まっている原油と共に、エネルギー安全保障上の懸念となっている。

 一方、中国は「世界一のシェールガス資源量を持つ」と言われており、いずれは米国のような「シェール革命」が起きてエネルギーを自給していくのでは、というイメージを持っている方もいるだろう。

 しかし、ことはそう単純ではない。元々、中国がシェールガス資源量で世界一と言われるようになったのは、EIA(米国エネルギー情報局)が2011年に発表したレポートで、中国のシェールガス資源量を3611tcm(兆立法メートル)と評価し、その値が世界一となったことに始まる。後の13年度改定版で3156tcmに下方修正されているが、EIAの評価では現在でも世界一である。

相次ぐ撤退

 一方、中国にも独自の資源量評価がある。2010年の国土資源部による初めてのシェールガス資源量の評価では、およそ30tcmだったが、その後の12年の調査で2508tcm、15年の調査で21・8tcmと下方修正された。実はこの数値をそのまま13年改訂版のEIAレポートに当てはめると、中国はアルゼンチンの22・7tcmを下回り世界第2位になる。

 しかも、これらの値は採掘時の経済性を加味しない「資源量」と呼ばれるもので、経済性を考慮した「埋蔵量」評価では、資源量の約20分の1の1tcmにまで小さくなり、これは現在の消費量の3・5年分に過ぎない。

 中国政府は、2020年のシェールガス生産目標値を、12年当初は1年あたり60─80bcmと設定していたが、14年に目標値を半減させて30bcmとした。しかし、18年の生産量は未だ11・3bcmで、業界では20年頃は政府目標値のおよそ半分の15─17bcm程度(現在の消費量の約5%)になるだろうと予想されている。

 計画どおりに開発が進まないのには、中国のシェールガス資源特有の難しさがある。まずは資源が分布する地域が山岳地帯が中心であることだ。しかも地震多発地帯であり、地下構造が複雑なため開発に必要な水資源の確保にも課題があり、開発コストを押し上げている。さらには米国のようなガスパイプラインのネットワークがないので、供給のインフラ面でも不利である。

 シェールガス開発の技術ノウハウは圧倒的に米国を中心とする国際石油メジャーが抱えており、中国のシェールガス開発においても、当初はエクソンモービルなどの企業が参画していた。しかし、なかなか良い成果が得られず次々と撤退。19年4月には最後まで残っていたBPが撤退を発表し、今後は残された国営石油企業が開発をするしかない。

 このような苦しい状況の中、さらに開発に力を入れよという方針を出した背景には、エネルギー政策をめぐる政府内の権力闘争があるとも言われている。シェールガス開発をテコに勢力拡大を目論む新興エネルギー派閥が、過大な目標を立てることで予算を得て、既存勢力に対抗しようとしていた。しかし、目標の下方修正、さらにその目標も未達の見通しと追い込まれる中、あえて米中貿易戦争を契機として勢力の巻き返しを図ろうとしているのではと想像するのは、邪推に過ぎるだろうか。エネルギーアナリスト

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