『公研』2024年9月号「issues of the day」

 

 「私は検察官としてすべての種類の犯罪者を相手にしてきた。女性を虐待する者、消費者を騙す詐欺をする者、自分の利益のために規則を破る者──。私はトランプのようなタイプをよく知っている」。

 バイデン大統領の替わりに民主党の大統領候補となったカマラ・ハリス副大統領は7月23日にこう発言し、その後の演説で使う決まり文句となった。この選挙を「正義を追求する検察官と常習的犯罪者の闘い」と位置づけた。つまり善と悪との闘いだ。

 バイデン大統領はこうした戦術をとらなかった。トランプ支持者は「トランプは悪いことはしておらず、政治的な理由で(政敵から)訴追されている」と信じている。三権分立の下、政権が裁判に直接関与することはないのに、訴追に積極的だと誤解されるような発言は、かえってトランプ支持者の信念を強固にする。

 だが、そのバイデン氏は撤退し、民主党は白人男性のトランプ氏と対極に位置する女性マイノリティーのハリス氏を大統領候補に選んだ。

 ハリス氏は西部カリフォルニア州の中でも特にリベラルなオークランド出身で、同州で検察官、州の検察を率いる司法長官の任務についていた。犯罪者や麻薬密輸犯罪組織を相手にするだけでなく、サブプライムローンの破綻で家を失った数百万人のために住宅ローン詐欺捜査を率い、違法な差し押さえや不正を働いた金融機関を追い詰め、計200億ドル近い補償金を勝ち取っている。

 本質的には闘犬。押されれば押し返すワークスタイル、真っ向から戦うタイプだ。両陣営のキャンペーンは戦闘的にならざるを得ない。さらに激しく対立するだろう。

 

ハリスの懸念材料

 「トランプと戦う大統領候補としては良いと思う。良い大統領になるかはわからないが……」。激戦州の一つである中西部ミシガン州で、民主党支持者がつぶやいた。検察官は法廷で短い持ち時間で詰問し、見せ場をつくる。その手腕は上院議員時代に公聴会で十分に見せた。ハワード大学時代はディベートをやっていた。民主党支持者はハリス氏がTV討論会でトランプを打ち負かすことを期待しているのだ。

 ハリスを大統領候補に選んだ時点で、民主党は中道をとりに行くよりは支持基盤を固める方向に動いた。若者、マイノリティー、リベラルをまとめるオバマ戦略の踏襲だ。

 今年も、民主党員は「誰が民主党の候補になっても支持する」という人が多数だ。だが、その勢いは2020年ほどではない。

 「今年は、トランプではないというだけでは勝てない。具体的にどんな政策を打ち出すのか知りたい」。今年初めて投票するというオハイオ州に住む19歳の女性の言葉だ。ハリス氏にそれができるか? それが勝敗のカギを握る。

 最大の問題は景況感が悪いことだ。世論調査機関CIVIQSによると、「あなたの家計は昨年より悪くなったか」という質問に対し、9月1日時点で米国民の48%が「悪くなっている」と解答している。「良くなっている」は16%にとどまる。新型コロナウイルスが感染拡大した2020年以降、回復していない。ハリス氏が必要としている1834歳の若者や無党派層もそれぞれ45%、55%が「悪くなった」と答えている。トランプ政権時の景況感は良かったため、国民は「トランプのほうが経済政策に長けている」と感じている。

 

乗り気ではないリベラル若者層

 さらに、パレスチナ自治区ガザ地区の状況が悪化していることに対する若者の怒りへのハリス氏の反応が鈍い。リベラル派の間では検察官あがりのハリス氏はもともとそれほど人気がない。リベラル派は検察官や警察官を「権力側」と見る傾向がある。米国の刑事司法制度において法の適用は不平等で、マイノリティーは十分な証拠がなくても疑いをかけられるなど不利益を被るケースが多いからだ。つまり、最初からハリス氏にあまり乗り気でないリベラルな若者たちが、イスラエル支持を続けるハリス氏にさらなる不満をためているのだ。これは全米最大のアラブコミュニティーがある激戦州の中西部ミシガン州では命取りになりかねない。

 大統領選で勝つため、ハリス氏はこれまでのリベラルな政策からは軸足を移している。20年大統領選予備選では、地下岩盤に化学物質を含む高圧水を入れてシェールガスを抽出するフラッキングの禁止を訴えていたが、シェールガス採掘が盛んなペンシルベニア州が選挙勝敗のカギを握るため、取り下げた。市場に出回っている殺傷能力が高い軍用の武器の買い取り策も諦め、禁止にとどめた。

 接客サービス業が盛んなネバダ州が激戦州であるため、トランプ氏に続き、チップに対する連邦税免除も打ち出した。8月16日には、中間層向けに「1億人以上に恩恵がある減税政策」も打ち出した。

 支持基盤を動員できるか、僅かな浮動票を奪い取れるか。ハリス氏の現在地は20年のバイデン氏よりも厳しい。

 カマラというファーストネームはサンスクリット語で「蓮の花」という意味だそうだ。この11月、蓮の花は咲くか。目が離せない。

毎日新聞記者

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