『公研』2024年10月号「対話」※肩書き等は掲載時のものです。

 

トランプ政治と陰謀論は、なぜここまで相性がいいのだろうか?

11月に大統領選を控える今、アメリカ政治と陰謀論の関わりについて考える。

 

 


からすだに まさゆき: 1997年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2003年同大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。16年同大学法学研究科にて博士号を取得。博士(法学)。専門は政治コミュニケーション研究、メディア社会論、ジャーナリズム論。武蔵野大学現代社会学部、政治経済学部准教授を経て、現職。著書に『シンボル化の政治学―政治コミュニケーション研究の構成主義的展開』、共訳に『陰謀論はなぜ生まれるのか』、共編著に『ソーシャルメディア時代の「大衆社会」論:「マス」概念の再検討』など。


まえしま かずひろ:1990年上智大学外国語学部英語学科卒業。ジョージタウン大学政治学部(M.A.)、メリーランド大学政治学部(Ph.D.)。専門は現代アメリカ政治・外交。敬和学園大学人文学部専任講師・助教授(准教授)、文教大学人間科学部准教授などを経て、2014年より現職。アメリカ学会会長(226月~246月)。著書に『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』、共著に『アメリカ政治』、共編著に『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』『現代アメリカ政治とメディア』など。


 

米大統領選挙運動で脈々と続く正攻法ではないやり方

 烏谷 来る11月5日はアメリカ大統領選投票日です。そこで本日は「陰謀論から考えるトランプ政治」をテーマに、現代アメリカ政治がご専門の前嶋先生とお話していきたいと思います。

 前嶋 よろしくお願いいたします。

 烏谷 最初に少し自己紹介をさせてください。私が専門とするのは政治コミュニケーションという領域です。特に関心があるのが、政治シンボル論です。政治シンボル論は、国旗やナショナルカラーなどの国家のシンボリズム(特定の意味体系や世界観を表すシンボルの集合体)に関する研究が盛んですが、私は人々にとって身近な政治シンボルと言える、民衆を強く惹き付けるカリスマ的政治指導者やその人が発する言葉に関心を持っています。

 その最たる人物がドナルド・トランプです。彼のように陰謀論を積極的に活用しながら大統領となり、そして一度負けながらも、再度大統領選に出馬するというのは、私が考える政治の常識を越えています。彼は一体何者なのか?元々はTVスターだった有名人が政界に入り込み、政治的なカリスマとして活躍していくそのプロセスを、メディアと政治の領域で研究したいと考えたのです。今年1月には米国のジャーナリスト、マイク・ロスチャイルドの翻訳本(邦訳『陰謀論はなぜ生まれるのか』慶應義塾大学出版会、2024年)を上梓しました。これは、シンボリズムとしての陰謀論がどのように社会に浸透し、政治に利用されるのかという観点からアメリカの政治とメディアについて研究してみたいと考えたからです。

 とはいえ、これまではトランプの陰謀論に狭く集中した調査を中心に研究を進めてきたので、今回は「アメリカ政治とメディア」に関わる非常に幅広い視点をお持ちの前嶋先生から勉強させていただきながら、お話しできればと考えています。

 前嶋先生は今のご専門である、「アメリカ政治とメディア」という研究テーマに、どのようなきっかけからご関心を持つようになったのでしょうか。

 前嶋 最初のきっかけは、1988年のアメリカ大統領選です。共和党副大統領のH・W・ブッシュ(父ブッシュ)と民主党のマサチューセッツ州知事のマイケル・デュカキスの選挙だったのですが、ブッシュ陣営のネガティブキャンペーンがあまりにも酷かった。当時大学生だった私は、「こんな酷いやり方がまかり通っていいのか」と、強い衝撃を受けました。

 ネガティブキャンペーンの有名な例を一つ挙げると、当時、デュカキスが州知事を務めるマサチューセッツ州には、受刑者の社会復帰を促すために、刑務所から受刑者が一時的に出所できる制度がありました。その制度を使って出所した受刑者ウィリー・ホートンが、一次帰休中に強姦殺人を犯したのです。ここに目をつけたブッシュ陣営は、ウィリー・ホートンを取り上げて、デュカキス陣営を攻撃します。ウィリー・ホートンの顔写真入りのテレビ広告を繰り返し流し、「犯罪者に甘いデュカキスと厳しいブッシュ」というイメージを全米に流布しました。しかし、受刑者の一時帰休制度はデュカキスが知事の時代に制定されたものではなく、前任の共和党州知事が始めた制度です。ブッシュ陣営はまったくの嘘をばら撒いたのです。

 烏谷 受刑者が刑務所の出入り口の「回転扉」をくるっと通って、そのまま出ていくというCMが有名ですよね。「デュカキスは犯罪者をどんどん出所させ、ウィリー・ホートンのような事例を全米に広めようとしている」という嘘のメッセージが広められた。

 前嶋 ありましたね。あんな子どもだましの映像でも、多くの人が嘘を信じてしまった。

 結果として、民主党大会直後には支持率で20ポイント近くブッシュを上回っていたデュカキスですが、ネガティブキャンペーンの攻撃を受け、形勢はどんどん不利になっていき、最終的には敗北します。当時のアメリカは今のように政治的に分断しておらず、多くの人が真ん中にいたこともあって、民意が動きやすかったのでしょう。大学生だった私は、「これが民主主義なのか」とブッシュ陣営のやり方に強い怒りを覚えました。ブッシュのように人柄が穏当で、現職の副大統領、かつCIA長官も務めたエスタブリッシュメント側の人間がこんな酷いことをするのかと。この大統領選でのデマや誇張への不信感が出発点となり、現在のアメリカ政治とメディアの研究に至ります。

 烏谷 88年の選挙で言いますと、デュカキス陣営はブッシュ陣営のネガティブキャンペーンと真っ向からやり合おうとせず、対応が遅くなってしまったとも言われていますね。それが勝敗に大きな影響を与えたと。

 前嶋 そうですね。デュカキスの真摯な政治への姿勢にも、共感を持ちました。マサチューセッツの純朴で真面目に政治を考えている人の姿が、まだ世の中の見方がシンプルだった大学生の私の目に素晴らしく映ったのです。だからこそ、そんな人に酷い攻撃をしかけたブッシュ陣営に一層の怒りが湧きました。

 当時、ブッシュの後ろには、FOXニュース初代CEOとなるロジャー・エイルズや、トランプの政治顧問を務めたロジャー・ストーンもいました。彼は「選挙に勝つためにはどんな手も使う男」と言われています。

 烏谷 正攻法ではない汚いやり方で選挙キャンペーンをする人たちですね。これは今のトランプのやり方にも通じるところがあります。こういった汚れ仕事を厭わない人たちが大統領選挙で活躍してきたという歴史がアメリカにはある。そうした手段を選ばない選挙運動の行き着いた先が、陰謀論の活用だったのかと思います。陰謀論は何もないところから降って湧いてきたわけではなく、ネガティブキャンペーンの歴史的水脈と繋がっているのだということが、先生のお話から見えてきますね。

 

今年の大統領選には陰謀論を生む「完璧な土壌」がある

 烏谷 私は、今回の大統領選でも「陰謀論がどうやって使われていくのか」に注目しています。中でも、2020年の選挙で大規模な不正があったとされている不正選挙陰謀論を、トランプはどのように活用しながら支持を獲得していくのかという点です。前嶋先生は、今回の選挙のどのような点に注目されているのでしょうか?

 前嶋 一つ申し上げると、今年の大統領選は陰謀論を生む「完璧な土壌」があるということです。理由の一つが、かつてない程にアメリカで政治的分極化(political polarization)が進んでいるという点です。ここ数年、国民世論が保守とリベラルというイデオロギーに大きく分かれている状態が続いています。南北戦争時より、社会の分断が進んでいます。

 二つ目が、政治的分極化とも関係するのですが、支持率の拮抗です。上院では民主党(民主党と統一会派を組む無党派議員も含む)が51、共和党が49議席。下院でも10議席以内の差と非常に両党が拮抗した状態にいます。というのも、第二次世界大戦後から1960年代、70年代ごろまでは民主党が共和党を議席数で圧倒する時期が続いていて、下手すると下院435議席のうち、民主党が300議席ほどを占めていました。それがここまで議席数が拮抗するほど、アメリカ政治の勢力図が変化してしまったのです。

 分断が深まるアメリカ社会で、どちらか一方が圧倒的な支持を得ていないからこそ、両者は自分たちの意見が正しいと信じる傾向が強まります。そして納得できないものを受け入れるという考えには至らず、「相手が何かを仕掛けている」と考え、陰謀論を唱えるわけです。

 その最たる例が2020年の不正選挙陰謀論です。選挙結果を受け入れることができず、「トランプ陣営の郵便投票の票が盗まれた」とまったくの嘘を唱えました。驚くべきことに、今でも共和党支持者の7割が「2020年の選挙は不正選挙であった」と信じているというデータがあります。我々のリーダーが負けるはずがないと信じ切っている。さらにトランプ自身もその主張に乗っかってしまったので、どんどんとこの陰謀論が拡大していきました。

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