『公研』2021年3月号「めいん・すとりいと」

三浦瑠麗

 総務省接待問題で打撃を受けている菅義偉内閣ですが、支持率はいったん底を打ったようです。当初の高すぎる支持率から、安倍政権のモリ・カケ・サクラ問題に象徴されるスキャンダルを嫌気する票や、新型コロナウイルスで強い不安を覚える層がふたたび離れ、落ち着いたところと言ってよいでしょう。総務省幹部に対する総額50万円相当の「違法接待」問題は、国を二分するような争点でもなければ、民主主義の安定性を揺るがすものでもありません。いまだにポスト安倍政権という状況が継続しており、政権を支える派閥の熱心さには濃淡があるものの、その後の積極的な意味づけを失ったままです。

 第二次以降の安倍政権の最大の特徴は、政権運営能力に長けていたことであり、党をまとめられたことでしょう。それは選挙のたびに民意に基づく正統性を更新しつつ、大枠では正しい課題設定をし、改革の細部において踏み込みすぎを避けることで達成されました。自民党をまとめたのは、ふたたび野党に転落することへの忌避感と、安全保障や歴史問題にかかわる保守イデオロギーでした。安倍政権が敵を作ることを厭わなかったのは、この分野に集中しています。安倍政権下では左右を分断する論点が設定され、ある意味で「敵を必要とする政治」が展開されました。野党が分裂し、一強多弱のなかで「敵を必要とする政治」を行った結果、盤石な政権基盤を誇ったわけです。

 しかし、保守イデオロギーによる動員は、任期中の憲法改正の断念を通じていったん背景へと退いてしまいます。そこへ、新型コロナウイルス禍が生じた。安倍政権はコロナ禍で最も得意としていたはずの危機管理に失敗したと言われますが、それはちょっと違う。安倍政権は外交や安保法制などでリーダーシップが際立ったものの、実は多くの分野で日本的なコンセンサスを重視しました。また、安保にかかわる分野であっても、専守防衛を崩さなかった。長期政権は、進めるべき争点を慎重に選ぶことによって成り立っていたのです。パンデミックは、安保法制のように強烈に変革を推し進める分野であるとはみなされてこなかったことから、安倍政権は戦後日本特有の「弱い権力」と官僚主義によって対処せざるを得なかったということでしょう。

 安倍政権を総括すれば、右からの55年体制的なものの復活と、平成の30年にわたる大文字の「政治改革」というテーマの喪失であったと考えています。

 菅政権は、就任早々に改革を打ち出します。しかし、菅政権が設定した改革とはDXやグリーン成長など「誰も反対できない改革」であり、党の権力闘争を巻き込むような熱を帯びた改革とは異なる。政治主導の改革や小選挙区制の導入に見られるような政治改革の流れは、民主党政権の誕生と自民党政権の返り咲きを経て、いったん終わりを迎えました。菅政権が行おうとしていることは、安倍政権が行ったいわゆる正しい課題設定をもっとスピード感をもってやり遂げようということにすぎない。改革の踊り場に達した時に、「終わりなき行革」を進めることによってその抵抗勢力と戦うという構図は、菅政権に始まった話ではありませんが、いまはそれ以外の政治運動が存在しないという意味で、いわば無風状態です。

 それは、野党にとっては政策の対立軸を打ち出せないことと同義です。グリーン成長を打ち出す菅政権に反対することはできず、細かい方法論をめぐる争いにしかならない。そんななかで、無理やり「ゼロコロナ」などと言って対立軸をつくり出そうとしても、国や社会にとっても党勢にとっても百害あって一利なしでしょう。風が止まったときには、本質的に政治の弱いところが見えてくるもの。いまは、それぞれの政治勢力が原点に立ち返るときだろうと思います。 国際政治学者

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