鈴木 一人 『公研』2020年3月号「めいん・すとりいと」

 大学の授業がない2月、3月は海外出張が多く入るシーズンである。今年は欧州での仕事が多かったが、どこへ行っても米中対立が激しくなる中で欧州や日本がどのように対処すべきか、という話題ばかりであった(仕事を離れると話題は新型コロナウィルスばかりだった)。一方で、ファーウェイをはじめとする中国製品を使って次世代通信ネットワークである5Gの構築をすることに対してアメリカは強い圧力をかけ、他方で中国は欧州を一帯一路の終点と見て猛烈な勢いで欧州各国に投資攻勢をかけてきている。こうした狭間に立たされ、欧州は米中の「覇権争い」に巻き込まれているという感覚が強くある。

 しかし、果たして米中は欧州で「覇権争い」をしていると言えるのだろうか? そもそも国際政治における「覇権」とは、覇権国家が他国に対して圧倒的な力をもって支配的な役割を果たす一方で、その覇権を秩序化するために国際的な制度を設定し、その制度から一定の利益を導き出すことを意味する。第二次大戦後のアメリカとソ連はそれぞれ覇権国家として他国に対して影響力を持ち、世界を二分する形でそれぞれ国際秩序を形成していった。

 ところが現代のアメリカ、とりわけトランプ政権のアメリカは、「アメリカ・ファースト」を掲げ、自らの利益を他国に強要する一方、その覇権を制度化して国際秩序を維持するという関心を持たず、支配的な存在として君臨するというよりは、わがままな超大国という振る舞いに徹している。欧州に対して貿易交渉を持ちかけ、都合の悪いことに対しては報復関税をかけてアメリカの都合の良い合意を得ようとし、NATOの同盟国に対しては防衛費の増大を要求し、イラン核合意や中東和平案をめぐっても欧州の制止を振り切ってアメリカの都合だけで行動している。

 また中国は、自国の利益を前面に出して経済的な活動を活発にし、欧州にとって重要な貿易パートナーとなり、多くの投資をもたらすが、欧州における覇権をアメリカから奪おうとするわけでもなく、何らかの支配的な存在として影響力を行使しようとしているとも思えない。中国は自国の人権問題や香港、台湾に関する問題については敏感に反応し、経済的な影響力を行使してそうした干渉を排除しようとするが、外向けに何らかのビジョンを構築し、新たな国際制度を構築して国際秩序を一新しようという姿勢は伺えない。

 こうした点から見ると、米中は「覇権争い」を繰り広げているのではなく、あくまでも米中の狭い国益を実現するために有り余る力を行使しているだけであり、欧州に対して支配的な立場を確立しようとしているとは思えないのである。つまり、米中の争いは欧州から見ると超大国が自らの利益を実現するために、他国にご都合主義的に影響力を行使しているに過ぎず、あくまでも米中の二国間の利害を争う「大国間対立」でしかない。

 しかし、日本では米中の争いは「新冷戦」のようなイメージで描かれることが多い。これは日本が中国と対立するアメリカと利害を共有し、また日米同盟の下で冷戦時代と同様に、日本が米国の支配的な立場を受け入れることで国際秩序を安定させることが望ましいと見ているからであろう。

 言い換えれば、米中の争いは、東アジアにおいては「覇権争い」の様相を呈しており、米国の影響力に中国が対抗して韓国や台湾に影響力を行使しようとしているのに対し、欧州においては「大国間対立」を繰り広げている。米中の「新冷戦」は地域的なものでしかなく、グローバルな秩序とはなっていないのである。 北海道大学教授

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事