2023年9月号「issues of the day」

 9月9日、ラグビーワールドカップ 2023がフランスで始まった。前回 大会はコロナ禍が猛威を振るう直前の 2019年秋に日本で開催され、日本代表がベスト8に進出したこともあり、大きな盛り上がりを見せた。筆者自身も、日本代表がアイルランド代表やスコットランド代表を破った試合を含め、14試合を現地観戦した。

 ラグビーでは、ニュージーランド代 表のことを「オールブラックス」と呼ぶように、代表チームに愛称がつくこ とがあるが、日本代表は「ブレイブ・ ブロッサムズ」と呼ばれる。日本人と して誇らしさを感じられる愛称だが、 これは日本側が自らつけたのではない。オーストラリアで開催された20 03年大会で、フィジカルな劣勢にもかかわらず足元に飛び込む勇気あるタックルを繰り返した日本代表チームを見て、現地マスコミがつけたものである。

 ラグビーワールドカップは1987年に初めて開催され、日本はすべての大会に出場している。しかし、145点を失った1995年大会のニュージーランド戦など、長い間苦しい試合が続いてきた。その最大の理由は、フィジカルにおける劣勢であった。

「戦い方」を定め、準備する

 スポーツ観戦が趣味である筆者だが、「スポーツと軍事の戦略に共通点があるか」ということをしばしば聞かれる。これは実は難しい質問でもあるのだが、筆者は相違点と共通点と双方あると答えることにしている。

 まず相違点だが、最大のものは、スポーツは「フェア」であることである。 どんなスポーツでも、試合に臨む人数は対等である。プロチームが街のアマ チュアクラブとサッカーの試合をする ことを考えてみよう。選手の報酬の額は圧倒的にプロチームのほうが高いが、試合に同時に出場できるのは両 チームとも11人と同数である。一方、戦争における戦略で重要なことの一つは、相手より多くの兵力を戦場に展開させることである。スポーツと違い、同数の兵力でなければならない制約はどこにも存在しない。その意味で、ルールの下で行われるスポーツのほうが、はるかに「フェア」であると言える。

 一方、共通点はどこか。それは、自分たちの比較優位を踏まえて戦い方を定め、その効果を最大化できるようにチームなり部隊なりを編成し、練習なり訓練なりを行うことが成否の鍵を握 ることである。こうした「準備」をきちんとできなければ、スポーツでも軍事でも望む結果を得ることは難しい。ラグビー日本代表で言えば、フィジカルにおける劣勢をどう克服していくかを考え抜き、戦い方を決め、選手を選び、練習を積み重ねていくことが、「準備」である。

日本ラグビーの注目ポイント

 日本のラグビーが大きく変わったのは2015年大会だった。この時、エディ・ジョーンズ監督が指揮した日本代表は、世界最強チームの一つである南アフリカを、接戦の末に破った。筆者は試合前、100点近い差で負ける可能性もあると思っていた。しかし、ジョーンズ監督は、それまで劣勢だったフィジカルを強化し、伝統のスピー ドとうまく融合させ、それまでは夢見ることさえできなかった強豪国からの勝利をもぎ取ったのである。

 そして地元開催の2019年大会では、日本はアイルランドやスコットラ ンドといった強豪国にも勝利し、史上初めて予選プールを突破し、準々決勝 に進出した。相手は因縁の南アフリカ。前半こそ接戦だったが、後半にはフォワードの力の差が出て完敗を喫した。

 その悔しさから立ち上がっての今年の大会の目標は、準々決勝を突破しての準決勝ということになる。日本にはその目標を達成できるだけの「準備」 ができているのか。その答えがまもなく出る。

 ところで、ファンとしては、ラグビーワールドカップを見る上でどのあたりを注目すればいいだろうか。ここでは戦術的なポイントを二つ挙げておきたい。一つは「ブレイクダウンからのリサイクル」である。ラグビーでは、 人が折り重なる局面が頻繁に起こる。 これが「ブレイクダウン」である。ブレイクダウンからボールを出すのを 「リサイクル」と呼ぶ。リサイクルしながら次のブレイクダウンをつくっていくのが現代ラグビーの基本戦術で、 ブレイクダウンから素早く(3秒程度)ボールが出せていれば、攻撃側が意図した形で攻撃できていることが 多い。

 もう一つの注目点は「階層的な攻撃」である。現代ラグビーにおいては、 ブレイクダウンを基準点として、2段ないし3段の攻撃陣形を奥行きのあるかたちでつくる。こうすると防御側のタックルが難しくなるからである。うまくタックルをずらしながら2段目や3段目にパスができれば、相手の防御を切り裂き、大きく前進することができる。

 ラグビーをあまり見たことがない人でも、このあたりに注目しながら見て みると、戦術的な駆け引きの一端を楽しむことができるのではないかと思 う。そしてこの2点こそ、日本代表が戦う鍵なのである。 防衛省防衛研究所政策研究部  防衛政策研究室長 高橋杉雄

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