『公研』2024年2月号「めいんすとりいと」

 

 大学生や若い卒業生たちと接していて感じていることの一つは、今の若者は我々中高年世代の若い頃とはかなり違った悩みに直面している、ということだ。社会が大きく変わっているのだから当たり前と言えばそれまでだが、多分これからの社会が向かっていく方向を、彼らの悩みは示唆しているのではないか。

 筆者の周りでは毎年、少なからぬ学生が交際相手との「遠距離恋愛」への不安を抱えながら卒業していく。例えば、男女が別々の有名企業に就職予定の同級生カップルの場合、彼女の就職先は東京勤務限定なのに対し、彼氏が就職する企業は入社式後、北海道から九州のどこに配属するかを発表する。何百キロも離れた地方に配属されれば、月に一度会えるかどうか。そんな暮らしが3、4年も続いたら──? こんなケースがザラにある。

 筆者も30年前、学生時代から付き合っていた相手と就職後に「遠距離恋愛」した。相手は京都、筆者は初任地の鹿児島。月に一度会う暮らしを1年半ほど続けた後に結婚したのが今の妻だが、我々の世代の男には当時、「最後は彼女が仕事を辞め、俺の転勤についてくる。遠距離恋愛は一時の我慢」という、身勝手な発想が心の底にあった。これに対し、現代の若い女性の多くは仕事の継続を真剣に考え、男性たちも彼女たちの思いを理解している。だからこそ、どうすれば互いに働き続けながら交際できるかを真剣に悩んでいる。男の勝手な都合で人生設計していたオジサンの経験など、今の若者には何の参考にもならない。

 リクルート社が大学生4年生を対象に2022年12月に実施した調査では、「就職先を確定する際に最も決め手となった項目」の第2位に「希望する地域で働ける」(15.9%)が挙がった。若者たちの志向を「甘え」や「勘違い」と捉える中高年世代もいるかもしれないが、社員を駒のように転勤させる企業のシステムは、確実に曲がり角を迎えているように思う。

 現代の若者に顕著な悩みは他にもある。先述の調査で「就職先を確定する際に決め手となった項目」の第1位は「自らの成長が期待できる」(47.7%で)だ。この結果は筆者の実感と符合しており、学生たちと話していると、「自分を成長させること」へのこだわりの強さに驚かされる。転職が当たり前になった結果、今の若者は「どこの企業でも通用するスキルを早く身につけたい」「入社後の下積み期にも、何のためか分からない仕事はしたくない」との思いが、我々の若い頃とは比べ物にならぬほど強いと感じる。

 強い「成長願望」にSNSが拍車をかけている面もあると思われる。若い卒業生が、「友人のインスタグラムを見ていると、自分は成長していないのではと焦ることがある」と話してくれた。スマホの中の同級生はキラキラ輝いて見え、自分と比較してしまうのだという。

 筆者は若い頃、大学院修士課程で国際関係学を専攻したが、卒業後は新聞社に入り、最初の7年間の大半を九州での「サツ回り=警察取材」に費やした。「このままでいいのか?」と悩みながらの地味な20代。それでも会社を辞めなかった理由の一つは、今にして思えば、かつての大学院の同級生たちが英国で博士号を取得したことや、国際機関に就職してワシントン在住であることを知らずにサツ回りに没頭できたからだった。彼らの華麗な活躍を知ったのは、ずっと後のこと。スマホもSNSもない時代。仮にあの時、インスタの向こうで輝く同級生を毎日眺めていたら、あの下積みに耐えられただろうか。

立命館大学教授

 

 

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