『公研』2016年9月号「issues of the day」

白戸 圭一

 ある日本人のアフリカ研究者から、こんな話を聞いたことがある。この研究者がアフリカの某国政府の役人から、その国の前年の穀物生産量についてレクチャーを受けた。ところが、資料に記載された各地方の生産量を足し算したところ、国全体の合計生産量として記載されていた数値と一致しない。研究者がその点を指摘したところ、役人はしばらく考え込んだ末に、なんと統計を書き直して辻褄を合わせてしまったそうだ。

「本当の人口」は誰も知らない?

 アフリカにおける統計の信憑性の問題を取り上げた書籍に、2015年7月に出版された翻訳書『統計はウソをつく アフリカ開発統計に隠された真実と現実』(青土社)がある。著者のモルテン・イェルウェン氏は、経済史を専攻するカナダのサイモンフレーザー大学の准教授。2007年に訪れたザンビアの統計局で、同国のマクロ経済統計が一人の職員の手で行われている実態に衝撃を受け、アフリカ各国での現地調査を経て本書を執筆した。

 イェルウェン氏は、アフリカの各種統計が実態とかけ離れている問題を同書で報告している。例えば、西アフリカのナイジェリアは人口約1億8220万人(2015年推計)のアフリカ最大の人口大国だが、実は同国の国勢調査結果は1960年の独立以前から一度も実態を正確に反映したことがない。独立前の自治政府は英国への納税額を減らすために人口を過少申告し、独立後の地方政府は逆に中央政府からの補助金額や地元選出の国会議員定数を増やすために、人口を過大報告してきたからだ。人が多いことは事実だが、同国の「本当の人口」は誰も知らないのである。

 ナイジェリアのGDPは2014年に突如として前年の1・9倍に膨れ上がり、南アフリカを抜いてアフリカ最大となった。政府はそれまで1990年を基準年としてGDPを計算していたが、1990年代初頭には存在しなかったIT産業などが発達したため、基準年を2010年に変更して計算方法を見直したのだ。

 その結果、アフリカ随一の経済大国となったのはご同慶の至りだが、問題はGDPが突如1・9倍に膨らんだことのほうだろう。政府が開発計画を策定し、国際社会がこれを支援しようと思えば、まずは統計によって社会の実態を正確に把握しなければならない。その統計が実態と乖離していたのでは、痛みの原因を知らないまま見当違いの薬を処方することになってしまう。

数値水増しの背景

 今日、統計の信憑性が疑われているのはアフリカだけではない。世界に及ぼす影響の大きさという点で最も深刻な問題は、中国の経済統計の信憑性である。そこでは、ナイジェリアと同じく政治が統計に影を落としている。
中国政府は2015年のGDP成長率を6・9%と発表したが、中国のGDP統計については、経済政策の司令塔である李克強首相自身が就任前の2007年に「信頼できない」と公言した有名な逸話がある。李氏が経済の実態を正確に把握するために代わりに持ち出した統計が、①鉄道貨物輸送量、②電力消費量、③銀行融資残高──の「李国強指数」だ。

 だが、富士通総研の柯隆主席研究員は2015年12月のレポートで「李克強指数は中国経済のトレンドを捉えるための参考にはなるが、GDPにとって代わるものではない」と述べ、例えば銀行貸出は政府の影響を受けるため客観的データとは言えないことなどを理由に挙げている。

 GDPは政府の統計局が国内の様々な産業部門や行政機関から一次データを収集し、計算式に基づいて算出される。実態を反映した数値が算出されるには、一次データが客観的であることが大前提なのは言うまでもない。だが、柯氏は①中国の場合、地方レベルで集計される生データの客観性が欠如している、②名目GDPを実質化する段階で消費者物価指数が人為的に低く抑えられ、実質GDPが過大評価されている──ことなどを挙げ、中国のGDPが水増しされている可能性を指摘している。

 GDP水増しの背景を突き詰めていくと、政治体制の問題に行き着く。強権体制下では、地方政府や各省庁の高官にとって経済成長は実績であり、逆に成長率が国家目標を下回るようであれば自らの左遷や更迭につながりかねない。そうした構造の下で、偽りの高成長を報告する傾向が強まるのは必然とも言える。左遷を恐れる管理職が都合の悪いデータを社長に隠す大企業の如き行動様式が国家全体に蔓延するのである。

 統計とは科学だ。科学の科学たる所以はその客観性にあり、客観性は組織目標や権力から独立して初めて担保される。つまり統計の客観性は、言論の自由や民主政治と不可分である。したがって、中国はもちろん、民主政治が確立していない多くの新興国に、公正で客観的なGDP統計を期待するのは困難と考えるほかない。我々はそうした前提で世界経済を観察し、世界同時不況への警戒を高める必要があるのではないだろうか。立命館大学教授

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