2022年6月号「issues of the day」
日本のメディアではほとんど報道されない国際情勢の一つに、西アフリカ・マリ共和国の政情不安がある。マリには現在、親ロシア政権が存在し、首都バマコでは、ロシアのウクライナ侵攻を支持する市民のデモがしばしば行われている。デモの背景を調べていくと、アフリカ諸国の政治的混乱に付け込み、SNSによる世論操作を通じて「親露国家」を作り上げていくプーチン政権の巧妙な対外情報戦略が見えてくる。
1960年にフランス植民地から独立したマリは、90年代に民主化が進展したが、2012年3月のクーデターで権力の空白が生じると、イスラーム主義者を中心とする反政府勢力が北部地域の分離独立を宣言した。事態を重く見たフランスは翌13年1月、マリ政府の同意を得たうえで派兵し、ジハード組織の掃討を開始した。国連PKO部隊の展開も始まった。
だが、フランスのマクロン大統領は2022年2月、仏軍のマリからの撤収を宣言した。最大時には5,000人の仏兵を投入してきたが、治安悪化に歯止めがかからず、9年に及ぶ軍事介入は見るべき成果もなく終焉を迎えた。
マリでは、2019年ごろから反仏感情の高揚が見られた。旧宗主国フランスへの反感は以前からあったが、20年1月には首都で仏軍撤収を求めるデモが始まり、フランス国旗を燃やしながら「フランスくたばれ」のプラカードを掲げる市民が多数現れた。デモを主導したのは、「Groupe des patriotes du Mali(GPM)」と称する市民組織であり、「フランスはマリを支配するために、裏でテロリストを支援して派兵を正当化している」と陰謀論を展開した。そして、興味深いことに、GPMは「フランス軍の撤収」と合わせて「ロシアによる軍事介入」を求め始めた。
マリではそのころ、反仏感情だけでなく、治安を回復できないイブラヒム・ブバカール・ケイタ大統領への不満も高まり続けていた。20年6月には大統領辞任を求める大規模なデモ隊と治安部隊との衝突で多数の死傷者が出た。退陣要求が強まる中、アシミ・ゴイタ大佐率いる国軍の一部は8月18日にクーデターを決行。翌21年5月24日にもクーデターがあり、ゴイタ氏が暫定大統領となった。首都ではクーデターを支持し、仏軍撤収を求めるデモが行われたが、ここでもまた、ロシアの介入を求める声が相次いだ。
なぜ、ロシアの派兵を求める声がマリで台頭したのか。Facebook(現Meta)は2019年10月、アフリカ8カ国の親露派政権・与党を支持する目的でフェイクニュースを拡散させているなどとして、ロシア発の複数のアカウントの凍結に踏み切った。当時のマリの政権は親露派ではなく、この8カ国には含まれなかったが、Facebookによる一連の対応は、ロシアが自国を売り込む情報をSNS空間で拡散し、アフリカ諸国の世論に影響力を行使しようとしていた事実を示唆している。
ロシア・SNSで親露世論を醸成
さらに、米国のシンクタンク「Atlantic Council」が運営する「Digital Forensic Research Lab(DFRLab)」の2022年2月の調査報告書は、プーチン政権の関係者などによるSNSを使った情報操作がマリを含む西アフリカの仏語圏で行われた可能性を指摘している。
ロシアには、プーチン大統領に近い実業家イェフゲニー・プリゴジン氏が出資する「Wagner(ワグネル)」という民間軍事企業があり、ウクライナ、シリア、リビア、中央アフリカ共和国などに傭兵を派遣して戦闘や国軍の訓練を担っている。ロイター通信が21年9月、マリのゴイタ政権とワグネルが接触していると報じたところ、ロシアのラブロフ外相は記者会見でこの事実を認めた。そしてワグネルは、同年末からマリへの展開を開始し、22年に入ると国軍と合同でジハード組織の掃討に従事するようになった。
DFRLabの報告書によると、ワグネルがマリに展開し始める直前の21年9月から12月にかけて、マリや隣国ブルキナファソを中心に、西アフリカからの仏軍の撤収とロシアの介入を主張する投稿がSNSで急増した。例えば、米国大統領選でドナルド・トランプ氏を利する世論操作を主導したとして、米財務省の制裁対象になっているロシアのシンクタンク「Foundation for National Values Protection(FZNC)」のトップ、マキシム・シュガリー氏は21年10月、インターネットメディアのインタビューで、マリの仏軍や国連PKOこそがテロ組織を生み出していると発言し、発言はSNSで瞬く間に拡散された。こうした陰謀論的な情報の拡散が繰り返された結果、西アフリカの仏語圏では、仏軍追放とワグネルを支持する世論が徐々に形成されていったと考えられる。
米国におけるトランプ支持が象徴するポピュリズムは、アフリカでは反仏感情の拡大というかたちで台頭し、マリではゴイタ政権がその波に乗っている。ポピュリストは陰謀論を使い、民衆を虐げてきた「敵」として国内のエリート層を攻撃し、特定の外国を敵に仕立て上げ、SNSがその言説を爆発的に拡散する。マリでは、このプロセスの中心にロシアがいるのである。
立命館大学国際関係学部教授 白戸 圭一