『公研』2023年9月号

 「そうだ、夏休みはスコットランドの首都エディンバラに行こう」と思い立ったのは、6月のことである。この記事の読者の多くは、日本でイギリスと呼ばれる国が実際には連合王国であり、イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドという四つの地域から構成される国だということはご存じだろう。筆者はイギリスやEUの政治の研究者であり、これまでも夏休みはロンドンをはじめ、ケンブリッジやブリュッセルで資料の収集にあたってきた。しかし気候変動の影響で日本の夏の猛暑がますます耐えがたくなる中、イギリスでも北部に位置するエディンバラは夏でも最高気温が20度前後の日が多い。避暑にもってこいだと思わなかったといえば、嘘になる。

 ロンドンからエディンバラまでは飛行機でも行けるが、筆者はあえて鉄道で行くことにした。イギリスは鉄道発祥の地ではあるが、それはインフラも世界で一番古いことを意味する。新規の設備投資が不十分なため近年はダイヤの遅れや運行中止が常態化し、イギリス人が得意な自虐的ジョークの格好のネタになってきた。だが最近のイギリスは、ちょっとした鉄道ルネッサンスの感がある。イギリスは日本と比べれば涼しいとはいえ、ヨーロッパは気候変動による気温の上昇が世界で最も顕著な地域であり、飛行機や自家用車と比較して温室効果ガスの排出が少ない鉄道が再評価されている。加えて、ロンドンとそれ以外の地域との格差が拡大し、政治的分極化の一因ともなる中、均衡のとれた発展を支える役割も鉄道には期待されている。新規投資の目玉の一つが、高速鉄道向けに導入された日立製の車両で、エディンバラ行きの路線にも使われているので、これを体験してみようと考えたのだ。

 実際に高速鉄道「AZUMA(あずま)」号に乗ってみると、想像以上に快適だった。イギリスの鉄道軌道の状態は決して良くない。その上、幹線でも電化されていない区間があるため、電力とディーゼルエンジンを適宜切り替える必要があり、新規車両の設計にあたっては様々な困難に直面したと聞く。それでも「あずま」号は最高時速200キロで、ロンドン・キングズクロス駅とエディンバラの間を4時間ちょっとで結ぶ。風光明媚な田園地帯や海岸沿いを走る電車は、揺れもほとんどなく、日本の鉄道技術の優秀さを再認識した。やや意外だったのは、ロンドンを離れるほど乗車率が上がったことで、一等車でも道中半分はほぼ満席状態だった。地方ほど鉄道に依存していることを実感した。

 晴れやかな気持ちで到着したエディンバラは、コロナ明けの観光客でごった返していた。J・K・ローリングが生活保護をもらいながら『ハリー・ポッター』シリーズを執筆したカフェの向かいにある国立図書館のリーディングルームは、すこぶる快適である。スコットランドでは近年イギリスからの独立運動が盛り上がり、2014年には独立の是非を問う住民投票が行われ、僅差で否決された。スコットランド議会の第一党も、独立を支持するスコットランド国民党である。スコットランドの歴史や文化を大切にしようという意識の高まりが、図書館や博物館の充実ぶりからも窺える。

 一つだけ誤算だったのは、イギリス、意外に暑いのである。筆者の滞在中も、9月にもかかわらずロンドンの最高気温は30度を超えた。自分だけ快適であればそれで良しとするのではなく、世界全体で気候変動に取り組む必要性を痛感した次第である。明治学院大学教授

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